「ほら、もう寝なさい。寝なきゃ治るものも治らないから」
「……眠るまで、そばにいてくれますか?」
「いいわよ。貴女が眠るまでここにいるわ」
「寂しいので、手を繋いでいてくれませんか?」
「それぐらいお安い御用よ」
「アミレス様の子守り唄とか、聞きたいです」
「えっ……!? こ、子守り唄か…………えぇ……子守り唄ぁ……?」

 あんまりにもアミレス様が優しいから、色々とお願いをしてしまった。こんな時じゃないと絶対言えないようなお願い。
 アミレス様の歌声を聞いた事がなかったから、ここぞとばかりにお願いしてしまったけど、なんだろう……急に歯切れが悪いな。
 もしかして、アミレス様って歌があんまり好きじゃないとか? そうだったらどうしよう、わたし、何も考えずにお願いしちゃった……!
 謝ろうと口を開いた瞬間、躊躇うようにアミレス様が語り出す。

「……いいわよ。ただ、私、音痴だから。あんまりクオリティは求めないでね。本当に音痴だから」

 音痴。音痴と言うと……歌が苦手という、あれの事かな。
 あの完全無欠のアミレス様が、音痴。
 ──何それ可愛い! 凄い……これがカイル王子の言ってたギャップ萌えってやつなのかな? そうだよね、きっとそうだ!
 アミレス様にも苦手な事があったなんて!! 照れてるアミレス様も本当に美しくて可愛いらしいわ〜〜〜〜っ!
 興奮気味に、わたしはアミレス様のお歌を心待ちにする。

「ね……ねんねーん、ころーりーよ、おこーろーり……よ……」

 耳を赤くして、恥ずかしげにアミレス様は歌う。全く聞いた事のない不思議な歌だったけど、ぎこちなく小声で歌うアミレス様がとっても可愛くて愛おしくて……とても、心が温かくなった。
 何だか不思議な曲調だなぁと思ったのは最初だけで、途中からわたしはすやすやと眠りについていたらしい。
 次に目が覚めた時、アミレス様がいなくて寂しかった。
 でも、まだ頭の中にあの不思議な歌が残っている。

「ねんねん、こーろりよ? アミレス様はどんな風に歌ってたっけなぁ」

 天井に向かってあの子守り唄を歌ってみる。だけど全然上手く歌えない。何度か記憶だよりに歌ってみたところ、

「そこの歌詞は『ぼうやのお守りはどこへ行った』よ」
「アミレス様!」

 扉を開けて、アミレス様が現れた。
 その時、扉の隙間から不安げなルティさんとイリオーデさんの姿が見えた。当然の事だけど、アミレス様一人ではなかったのね。
 帝国唯一の王女殿下だもの、護衛が伴うのは当たり前。なのにどうして、こんなにもわたしの心は苦しくなるの?

「起きててくれて丁度良かったわ。じゃじゃーん、お見舞いという事で、お粥を用意してみましたー!」
「……おかゆ?」
「簡単な麦粥だけどね。初めて作ったから味に自信が無くて、とりあえずイリオーデとルティに味見して貰ったら、二人共何故か泣き崩れたから結局味は分からなかったの。ただ、私の舌では普通の味だと思うし……お腹が空いているようであれば、食べて欲しいなーと」

 そう語るアミレス様の手には、トレーに載せられた麦粥が。
 いや、それよりももっと大事な事がある!

「あの、アミレス様が作ったんですか? その麦粥を」
「えぇそうよ。いつもお世話になってるし、何かしてあげたいなあと思って。貴女が寝てから、料理長達に教えて貰いながら作ったの。だから、見栄えが悪いのは勘弁して欲しいわ」
「アミレス様、が……わたしの、ために…………」

 どこにでもあるような普通のお粥なのに、わたしの眼には、黄金で出来たこの世の何よりも美味しそうな美食のように映っていた。
 体を起こし、わたしはじっと麦粥を凝視する。
 こんなにも麦の一粒一粒が美しく見えた事は今までになかった。大好きな人がわたしの為に作ってくれた料理というだけで、こんなにも輝いて見えるものなの?

「メイシア、ご飯は食べられそう?」

 起き上がったわたしの額に触れながら、アミレス様は聞いて来た。
 ……一人じゃ食べられないって言ったら、アミレス様が食べさせてくれるのかな。せっかくだから試してみよう!

「まだ、頭がぼーっとしてて……一人じゃ難しそうです」

 ドキドキと緊張から高鳴る心臓の音を聞いていたら、

「そっか。じゃあ食べさせてあげようか?」

 アミレス様がわたしの願望通りの提案をしてくれたので、

「はい! よろしくお願いします!」

 わたしは、病人とは思えないぐらい元気よく返事した。
 その後、本当にアミレス様が手ずから麦粥を食べさせてくれて、まさに夢心地だった。口の中はアミレス様の愛情たっぷりの麦粥で満たされ、外からはアミレス様の優しさが包んでくれる。
 ここが天国かな。と真剣に考えたぐらいだ。
 アミレス様が帰宅してしまった時は勿論寂しかったけど、寝台(ベッド)の上にいつも置いてあるアミレス様ぬいぐるみを抱え、先程までのアミレス様と過ごした時間を思い返せば寂しさもなくなっていた。

 こんな事なら……たまには風邪を引くのも悪くないかも、なんて。


♢♢


 メイシアが風邪で寝込んでると聞いて、私は急いで駆けつけた。お見舞いとして色々した訳だけど、帰路につく為、シャンパージュ伯爵邸から出た時にふと思った。

「……私のぬいぐるみ、知らないうちにめちゃくちゃ量産されてたわね…………」

 メイシアの周りに、なんか凄い数の大小様々なアミレスぬいぐるみがあった。
 一体いつの間に……?

「王女殿下、ぬいぐるみ……とは何の事でしょうか?」
「ええと、メイシアが前に私のぬいぐるみを作ってくれたの。ほら、私の部屋にも飾ってあるでしょう?」
「確かに。主君のお部屋には可愛いぬいぐるみが二つ並べて飾られてましたね」
「そのうちの一つの私のぬいぐるみをね、知らないうちにメイシアが量産してたみたいで……メイシアの寝台(ベッド)の上が私だらけだったなぁ、って思い出してたの」

 意外にもぬいぐるみに興味を持った二人に説明する。
 すると二人揃って目をギンッと見開いて固まってしまって。

「王女殿下のぬいぐるみだらけの…………」
寝台(ベッド)だなんて…………」
「どうしたの、二人共。おーい?」

 二人に向かって手を振ったりしてみる。暫く呼びかけて、ようやく二人は動きだしてくれた。

「「────羨ましい……っ!!」」
「えっ、何が??」

 羨ましい、などと口を揃えながら。