「おまたせ、二人共。待った?」
「んーん、ぼくも今来たところだよぉ」
「私もでございます。もっとも……王女殿下をお待ちする時間もまた、至福の時ではございますが」

 相変わらず世辞が上手いなあと思いつつ、ちらりと二人の服装を見物する。
 シュヴァルツは初めて会った時の、上品なイメージを抱く格好だった。しかしその胸元にあるリボンは、いつかのお土産にシュヴァルツへ渡した青いリボン。
 かれこれ数年間ずっと侍女服を着ていたから、シュヴァルツがこうやって少年らしい服を着ていると、ちょっとした違和感すら覚える。慣れって怖いな。

 イリオーデはフォーマルなズボンとシャツに、きっちりとしたベストを着てネクタイをしめている。手袋を外し、袖を捲ってボタンでそれを固定しているからか、彼の筋肉質な腕や手指が無防備に晒されているではないか。
 スラリと伸びた足元は水に強い素材の革靴。一見して、どこかの社交場にでも向かうのかと問いたくなるような、紳士的な軽装だった。しかし、私と同じように腰にソードベルトを巻いて愛剣を帯びている模様。
 その手には二本の傘が。なんでもシュヴァルツの上着は防水仕様らしくて、フードさえ被れば雨なんて気にならないらしい。
 ……それにしても、二人共、その見た目で本当に目立たない自信があるのかしら。

「わぁ、おねぇちゃん眼鏡も似合うね! いつもと雰囲気違う!」

 目敏いシュヴァルツが私の顔を覗き込み、嬉しい事を言ってくれる。その頭を撫でながら、「そうでしょうそうでしょう」と私は満足げに頷いた。

「確かに、いつも以上に理知的で聡明な印象を抱かずにはいられません。眼鏡一つでここまで変わるとは……流石です、王女殿下」

 相変わらずイリオーデは大袈裟だ。しかしまぁ、頭が良さそうと言われて嬉しくならない人はいない。なので、これも素直に褒め言葉として受け取る事にした。

「それじゃあそろそろ行きましょうか。シュヴァルツ、貧民街の近くまで瞬間転移出来る?」
「もっちろーん。お任せあれ!」

 シュヴァルツがまるでアイドルのようなウインクと笑顔で、鮮やかに指をパチンッと鳴らす。すると私達の足元に白い魔法陣が広がり、それは光り輝く。
 光に視界を奪われ、視界が元に戻った時には……私達は貧民街すぐ近くの路地の軒下にいた。
 目立つ訳にもいかないので、イリオーデから傘を受け取って自分で持ち、それじゃあラーク達の所に向かおうかと踏み出した時、シュヴァルツが大きなフードを被って「待って、おねぇちゃん」とこちらを呼び止めた。

「こんな事もあろうかとね、集合場所決めておいたんだ! ふふっ、さっすがぼく。超気が利くじゃん」
「本当に気が利くわねぇ〜〜! 偉い!」
「ふふーんっ」

 やけに可愛らしく胸を張るシュヴァルツの頭を、フード越しにわしゃわしゃと撫でる。シュヴァルツってなんか子犬みたいなところがあるから、こう……つい構ってあげたくなるのよねぇ。
 犬みたいな人、って言えばイリオーデもアルベルトもそうなんだけど。どうして私の周りには犬みたいな人が多いんだろうか。
 犬と言えば……セツは今頃どうしてるのかしら。朝からナトラが東宮内を散歩してくれているんだけど、セツってかなり気まぐれだから、いつも通り全然散歩は進んでなさそう。
 忙しい私に代わっていつもありがとね、ナトラ。また今度ドライフルーツのケーキでも買ってあげよう。

「えーっと、確かこの辺なんだけどぉ……あ、あそこだ」

 大雨でも人通りの多い貧民街。傘が人に当たらないように気をつけて、シュヴァルツに案内されるがまま歩いていると、謎の人集りを見てシュヴァルツが反応する。
 きゃあきゃあと、雨の日の憂鬱を吹き飛ばすように色めきたつ女性達の後ろから、何度かジャンプしてその先を見てみると、そこにはシャルとシアンの二人がいた。
 流石はうちの部下。かなりモテているようだ。

「はいどいてどいてー。人の往来で足止めるとか邪魔だろー」

 なんちゅーダイナミック通行。女性達の間を強引に進んでいくシュヴァルツに、私は僅かながら恐れを抱く。
 とりあえずシュヴァルツの後ろを進んでいくと、無事人集りを抜けてシャル達の前に出る事が出来た。

「む、ラークの言う通りだな。本当に来た」
「もう。どれだけ待たせるんだよ、姫」

 こちらに気づいた二人が立ち上がる。雨音で少し声が聞こえずらいが、二人はどうやらラークに言われて私達を待っていたらしい。