「あー、マジで疲れた……殿下も急にガキみたいに暴れやがって…………」

 王女殿下達が帰った後、ディオは椅子にどっかりと座り、酒を飲んだ後のような乾いた声を漏らしては天井を仰いでいた。
 突然、王女殿下が執事のルティさんと一緒に逃走したので、俺達全員がその捕獲に駆り出された。シルフ様とララルス侯爵とシャンパージュ嬢による指示は的確で、何度か惜しい所まで行ったのだが……結果は奮わず、毎度ルティさんには逃げられてしまった。

 時間にして一時間近く彼等を追いかける羽目になり、いくら鍛えたと言っても俺達はもうボロボロ。ユーキと俺なんか割と早い段階で脱落してしまったからね。
 結局、野生の勘でジェジが王女殿下を発見し、『へへ、捕まっちゃった』と笑う彼女をシルフ様達の元に連行してこの逃走劇は終幕。
 街中を走らされたディオは頬に青筋を浮かべて王女殿下に詰め寄っていた。イリオーデやマクベスタ王子はと言うと、何故か王女殿下ではなくルティさんに詰問していたな。

 ……それにしても、本当に見れば見る程ルティさんはサラに似てたなぁ。俺含め、サラを知る面々は皆初めて会った時なんかめちゃくちゃ驚いてたし。
 笑った顔やムスッとした顔がサラそっくりで、見ててとても懐かしくなった。サラは今頃どこで何をしているのか…………元気なら連絡の一つでも寄こしてくれたらいいのに。
 話を戻そうか。激しく疲労した夕方を経て、今は夜。晩御飯を食べようかとディオの家に皆で集まっていたのである。

「でも楽しかったじゃないか。昔、クラリスの父親から皆で逃げ回ったのを思い出したぞ」
「あっ、こらシャル! その事は忘れなさいよ! あんなクソ野郎の事なんか!!」

 シャルが懐かしい思い出を話題に挙げると、すぐさまクラリスは目を釣り上げて食ってかかった。そんなクラリスを宥めるように、バドールが「まぁまぁ」と優しく語りかけていた。
 その後、バドールとユーキが作ってくれた晩御飯を皆で食べて、時刻は夜の十一時。
 寝る前に少し話があったので、ディオの姿を捜していたのだけど……家の中にはなかった。外かな、と思い捜しに出て数分とかだろうか。
 あの空き地に、ディオはいた。
 俺達が初めて会った場所。親も兄弟もいない俺達が身を寄せあい偽物の家族になった場所。俺達の始まりの場所。
 あの日と同じように。古びたベンチに座って、ディオは月を見上げていた。

「ディオ、こんな時間に何してるの?」
「ん、ラークか。ちょっとバドールとクラリスの事で色々と考え事してた」

 相変わらず世話焼きだな、と苦笑しながら彼の隣に座る。

「バドールの奴、俺達があれだけお膳立てしてやったのに、それに全然気付かずチャンスを何度も逃すからなぁ。いつになったらクラリスに求婚(プロポーズ)するつもりなんだろうね、あいつ」
「シュヴァルツからこの仕事言い渡されて、もうかれこれ半年近く経ってんのにな。未だ進捗はなし! 俺達は一体いつになったらこのお膳立て係を卒業出来んだァ?」

 ガシガシと頭を掻き乱すディオを見て、乾いた笑いが漏れ出てしまった。
 一生懸命、バドールとクラリスの為に皆で作戦を立てたり後押ししたり。確かにこの半年は慣れない事を沢山して来たなーと、ふと思い出し笑いをしてしまったのだ。

「バドールもここまで来るとわざとなんじゃないかって疑うぐらいだよね。『ランディグランジュ領の式場を押さえる準備は出来てるから、いつでもオーケイ!』って王女殿下には言われてるけど……それ以前の問題なんだよなあ」
「つぅーか、あの人は何でそんなにバドールとクラリスの結婚に前のめりなんだよ……たまに、『好きな人いないの?』とか『さぞモテてるんでしょ〜〜』とか言って来るが、あの人も年頃のガキらしく恋愛ごとに興味あんのかねェ……?」

 はぁ……と大きなため息をつくディオに、ふと疑問を投げかける。

「じゃあ、そう言うディオはどうなの? ディオは恋愛ごとに興味あったりする?」

 眼帯で隠されていない、彼の濃紺色の瞳が見開かれる。全く予想外の質問に、かなり戸惑っているようだ。ディオは気まずそうに視線を泳がせて、

「…………興味ねぇよ。んな余裕だってねぇし」

 何とも聞き取りずらい、木々のさざめきに掻き消される程の小声で答えた。
 昔から子供達の事ばかり考えて、働いたり鍛えたりとそればかりにかまけてきたディオらしい答えだった。せっかく容姿も良い方で女にモテる感じの……なんて言うの、ワイルド? な雰囲気に成長したのに。
 本人がこれだからなぁ……まぁ、そこがディオらしいと言えばディオらしいんだけども。

「何笑ってんだよ。つぅかお前こそどうなんだ? 女の誘い断る時、いっつも好きな人がいるから〜〜とか言ってるだろ、お前」

 フフッ、と笑っていたのをディオに見られたらしい。ディオはそれに気を悪くしたようで、俺の横腹を小突いてはわざとらしく話を振ってきた。
 どうやら、これ以上は触れて欲しくないのだろう。ホント……見かけによらず純粋なんだから。

「返答によっては街の女共が騒ぎ出すぜ?」

 どこか冗談交じりに彼は問うてくる。まるで、まだ俺に逃げ道を残してくれているかのように。
 だからこそ、俺は。
 不器用なこの優しい男に、これ以上嘘をつきたくない。