「……──姫様。もし姫様がどなたかと結納される際は、私も勿論着いてゆきますから。貴女様の最初の侍女として、例え行先が火の中でも世界の果てでも、今度こそ必ずや…………最期まで、お供します」

 ハイラがそう言って、後ろから優しく抱き締めて来た。
 ハイラのこれは、きっと恋ではない。だけど……恋でなくとも私への愛情らしきものは強く感じる。ハイラは本当に私を大事に思ってくれているのだと、彼女の言葉の端々からよく伝わってくる。

「重いわよ、ハイラ。そもそも貴女は侯爵でしょう?」
「その時がくれば、妹にでも爵位は譲ります。それと……女性に重いと言うのは如何なものかと。私でなければ、流石の姫様でも失礼に当たりますよ?」
「分かってて言ってるでしょう、貴女。その言葉や決意が重いのよ」
「ふふ、見抜かれましたか」

 下から覗き込んだハイラの顔は柔らかく綻んでいた。

「むぅ、マリエル様! わたしが今告白したばかりなのに、目の前でアミレス様といちゃいちゃしないで下さいっ」
「誤解です……とはあえて言わないでおきましょうか。私も勿論姫様の事はとーっても大事に思っておりますので」
「はっ、もしかしてこれが姑……!?」
「あら、嫁いびりをご所望ですか? そもそも……私はまだ、メイシア様を姫様のお相手として認めた訳ではございませんよ」

 私を挟んでバチバチ火花を散らさないで欲しい。それに、当たり前のようにハイラが姑ポジションになっているのがとても不思議だわ。
 でも確かに、実際もし万が一私が誰かと結婚する日が来たとして、私の母親はいない訳だから……私の育ての親のような存在であるハイラが姑ポジションになるのは、まぁ、納得出来る。
 でも貴女はそれでいいの? 姑と呼ばれる事を、何故受け入れられるの??
 ハイラの事は未だによく分からないわ。これでも六年以上一緒にいるんだけどなぁ……難しいな、対人関係。

「はぁ…………」

 小さくため息を吐く。その後も暫し、メイシアとハイラは仲良く火花を散らしていたので、私は何とかハイラの腕の中から抜け出して、シルフの所に避難した。
 だがしかし、シルフ達も様子が変だった。何だか本調子じゃないような……皆が皆、何か考え込んでいる様子だったのだ。


♢♢


 ───まさか、十歳近く歳の離れた少女の言葉に感銘を受けるとは。

 あの少女のひたむきな恋心に、その燃え盛るような熱量に、こっちまで感化されてしまいそうだった。
 諦めるべきだと、頭ではそう分かっていても……そうはいかないものだってある。まさに、この感情がそれ(・・)だった。
 どれだけ可能性が少なくとも、全く無い訳ではないのなら……それは諦める理由にはならない。

 ああ、そうだ。その通りだ。

 どうやら、俺はその言葉を望んでいたらしい。
 誰かがそうやって背中を押してくれる日を待っていたのだろう。誰かがこれを受け入れ認めてくれる日を待っていたのだろう。
 こんなもの、全てを壊すだけの最悪な爆薬でしかないと思っていたのに……あんな風に、関係が壊れる事をも恐れず恋の炎を煌めかせた少女を目の当たりにして、何もせずになどいられない。
 …………そろそろ、俺も覚悟を決めるべきかな。
 これからも俺が俺らしく生きられるように。これから先、こんな時限式の爆薬を抱えたまま生きなくても済むように。
 この状況に、終止符を打とう。

 嫌われる事もこの関係が壊れる事も怖いけど。でも、きっとあの少女の言うようにいずれ我慢出来なくなるから。
 それならば、もういっその事──自分から終わらせた方がいい。

 その方が、きっと…………傷は浅く済むだろうから。