「『度重なる選定をするも、皇太子妃選ばれず。やはり帝国の新たな太陽に寄り添う月は、そう簡単には見つからないのか』……まぁ、やっぱりとしか言えないわねぇ」

 パサリ、と机に今日の朝刊を置いて、朝から優雅に珈琲を飲む。最近、あまり紅茶を飲む気になれず珈琲ばかり飲んでいるのだが……皆も徐々に珈琲の良さに気づいてくれたらしい。
 アルベルトが紅茶に続き、珈琲を入れる事をも極めようとしてくれているお陰で、毎朝目覚めに美味しい珈琲を飲めて実に優雅である。
 珈琲豆に関しては、シャンパージュ伯爵がとても嬉しそうにオススメの物をいくつも教えてくれたので、日々違う味わいや深みを楽しんでいる。
 そして珈琲カップの隣には珈琲に合う軽いデザート。うーむ、なんというエレガント。

「やっぱり、とは……主君は皇太子妃選定が失敗に終わる事を予見していらしたのですか?」

 空になった珈琲カップを回収するアルベルトが、私の言葉に関心を寄せた。
 ゲームのフリードルは十七歳とかだったのだが……その時点でも、彼には婚約者はいなかった。つまり、皇太子妃選定が失敗していたのだ。
 だから私は、今はまだフリードルに婚約者が出来ない事も、この一年に及ぶ皇太子妃選定が失敗に終わる事も分かっていた。

「まあね。だって、あんな冷血漢の兄様に耐えられ……ごほん、兄様に相応しいようなご令嬢が、そう易々といる筈がないもの」

 それこそ、ミシェルちゃんレベルの天使な女の子じゃなければ、フリードルの愛なんぞ勝ち取れないのだ。フリードルの婚約者になんかなった所で、すぐ死ぬか後で死ぬかの二択だ。
 そんな最初から燃え盛ってる綱を渡るような行為、誰がしたいんだって話よね。

「成程。確かに皇太子殿下の相手が務まる令嬢などそうそう見つからないでしょう」

 アルベルトがうんうんと頷くと、

「身分云々と年頃の令嬢のいる家門であれば……アルブロイト公爵家、テンディジェル大公家、ララルス侯爵家、オリベラウズ侯爵家、シャンパージュ伯爵家などでしょうか。分家筋なども含めると、まだ候補は増えそうですね」

 顎に手を当てて、イリオーデが淡々と有力家門を挙げていく。
 それを聞いた私はすぐさま口を挟んだ。

「ローズとハイラとメイシアは絶対に兄様の婚約者になんてしないわ。何があろうと私が絶対守る……! あんな男の所になんて嫁がせるか……!!」

 勿論ミシェルちゃんも! と私は大事な友達や推しを守る為に闘志をメラメラと燃やす。
 そんな私の背後を取り、椅子の後ろから抱き締めてきたのはシルフだった。シルフは私の髪を触りながら、なんてことなさげに呟く。

「そもそも……ハイラは一つの家門の当主で、メイシアも次期当主とかなんでしょう? 流石にその二人は選ばれないと思うけど──って、あいたっ! もう何だよこの犬!!」
「ゥウウ……ッ」

 私の膝の上で穏やかに眠っていたセツが、急に目を覚まして勢いよくシルフの手を叩いた。今も威嚇するように唸っており、私を挟んでシルフとセツが火花を散らしている。
 それはともかく……確かに、言われてみればララルス侯爵家当主のハイラと、シャンパージュ伯爵家次期当主のメイシアは候補にもなり得ないか。
 皆を守らないとって頭に血が上って、簡単な事を見逃してしまっていた。
 じゃあつまり、私がフリードルの魔の手から守るべきなのはローズとミシェルちゃんって事ね! よし、頑張るぞ!

「兄様なんて一生独身でいいと思うんだけど、でもそれじゃあ後継者問題がなぁ…………まあ最悪、アルブロイト公爵家あたりの令息に王子になるよう言えばいいかしら。一応、アルブロイト公爵家も皇家の血筋ではあるのだし。雪の魔力だって実質氷の魔力みたいなものだから、皇位継承権だって与えても大丈夫でしょ……」

 ぶつぶつと考える。フォーロイト帝国が皇帝になる為の皇位継承権……それは、『氷の魔力を持つ者』にのみ与えられる。
 そして、基本的に氷の魔力はフォーロイトの一族にしか発現しない為、自動的にフォーロイト家のみがこれまで百年近く皇位を争って来たのだ。
 そんなフォーロイト家から枝分かれした血筋、アルブロイト公爵家は氷の魔力に近しい雪の魔力を、代々持って生まれるらしい。分類で見ればほぼ氷の魔力なんだし、最悪の場合はアルブロイト公爵家の人間にも皇位継承権を与えたらいいんじゃないかと私は考えたのだ。
 ちなみに、私には当然皇位継承権が無い。氷の魔力を持ってないんだから当然だ。まあ……皇位とか全く興味無いから全然いいんだけどね。