「妹の派閥の真意は未だ図りかねてますが、本人にその意思が無いので皇位継承に関しては何の問題も無いかと。妹がああもハッキリと『邪魔はしない』と断言したという事は、王女派の貴族達も僕の皇位継承には異論が無いものと考えております」
「……まぁ、そうですね。所感ですが……恐らくはフリードル殿下が王女殿下に何もしない限り、王女派の貴族達も異論は無いと思いますよ。王女派の貴族は損得勘定ではなく人情で動く者が多いようなので」

 というか人情で動きすぎなんですよ。特にシャンパージュ家は。調べさせた所によると、彼女の為だけに技術革命を起こしていましたし。更には彼女に巨大鉱山を丸々一つ譲渡するし。

 こんな事誰が予想出来ましたか? 
 まさか、これまで不可能と言われていた魚介類の長期間の鮮度維持を可能にするなんて……しかもその為だけの新たな移動技術まで開発して。本当におかしいですよあの家門。国の為ではなくただ一人の王女の為にやっている辺り本当におかしい。
 何より、そんな軽い革命すら起こせる家門をそこまで心酔させた彼女が末恐ろしい。そりゃあ、皇位継承権も無いのに思わぬ対抗馬として警戒される訳だ。

(……ふむ。ならば、妹を殺すのは僕が皇位を継承してからの方がいいか。流石に、あれだけの家門を同時に相手にするのは骨が折れるだろうからな)

 彼女の規格外のカリスマに思わず苦笑いを浮かべていると、フリードル殿下がまたとんでもない事を考えていて。
 ああ……結局、彼等は彼女を殺そうとするのか。
 そう、物悲しい思いになりつつも、(わたし)は話を進めようと気持ちを切り替える。

「それで……比較的悪い情報、とは?」

 (わたし)の問に、フリードル殿下は真剣な面持ちで重々しく口を開く。

「魔界の扉が、かなり開いているようです」
「──ッ! 魔界の扉が……!?」
「以前、個人的な興味から部下に魔界の扉を調査して来るよう命じました。その調査から戻って来た部下の報告によると、既に中級程度の魔物が白の山脈内を闊歩しているようで、このまま魔界の扉が開かれていけば……魔物の行進(イースター)が発生する可能性すらもあります」
「まさか、我々の代で魔物の行進(イースター)が発生するなんて…………今すぐ対策を練らなければなりませんね」

 フリードル殿下から聞かされるまさかの話に、(わたし)は頭を働かせた。今後どうするべきかを簡単に考えていたのだ。

「ひとまず、これだけ伝える事が出来て良かったです。お忙しいでしょうに、引き止めてしまい申し訳ございませんでした」
「フリードル殿下の機転で、魔物の行進(イースター)の対策を練る事が出来るのですからそう謝らないで下さい」

 小さく顎を引いたフリードル殿下に、すかさず頭を上げるようフォローを入れる。
 話が終わったからと、フリードル殿下は挨拶もそこそこに仕事に戻ったようだ。暫くは彼の背中を見送っていたが、ある程度時間が経ってから(わたし)も自身の執務室に向かう。
 そして──、

「……仕事が増えた。でも、やらなければ」

 執務机上の仕事の山を見て、覚悟を決める。
 どうしても無視出来ない大事件の可能性を前に、仕事がどうのと泣き言を言っている暇なんて無かった。今から急いで魔物の行進(イースター)について洗い直し、対策を陛下に進言しなければ。
 そうやって……(わたし)は、まだ暫くは徹夜覚悟だと下位万能薬(ジェネリック・ポーション)を常備し、いくつもの仕事を同時進行で捌いてゆくのだった。