春を迎えたばかりの神殿都市は、とても活気づいていた。それは近々行われる春の祭事、花迎祭(ガーデニング)に向けての盛り上がりであった。
 春は花々が咲き乱れる。いと尊き神々はそれを見て花見酒をすると言い伝えられており、人間界に降りてきて下さった神々への感謝と歓迎を示す祭りが、この花迎祭(ガーデニング)なのである。

 この祭りではそれまでに祈りを込めて一人一本の花を育て、祭り本番でその花を灯篭に乗せ空に送る。
 そうする事で、花見酒をする神々に信徒の願いが届く──と、言われている。
 なので誰もが花の世話と祭りの準備とで忙しいのだが……本来最も忙しくあるべき存在は、案外のんびりとしていた。

「姫君、プレゼント喜んでくれたかなぁ」

 時は四月の頭。かれこれもう二ヶ月近く、国教会のトップにして人類最強の聖人ことミカリアは、こうしてだらしない顔で物思いに耽っていた。

「……ハァ」

 それには流石のラフィリアもうんざりする。最早ツッコむ事すら諦めて、ラフィリアはとても面倒な状況に陥ったと頭を抱えていた。
 一度こうなったミカリアは、暫く戻らないのだ。

(主、本当ニ壊レテシマッタ。当方ハ確カニ『恋ヲシタラ壊レル』ト言ッタガ……ダトシテモ、早スギル)

 面の下で、ラフィリアの表情がぐっと歪む。ラフィリアはミカリアが恋をした日には壊れてしまう事も、大まかなその時期さえも把握していた。神々から、知らされていたのだ。
 だがしかし。今やミカリアはラフィリアの予想よりも数年早く、あっという間に恋に落ちては壊れていった。

「ねぇラフィリア、僕の話聞いてる? 今、プレゼントを受け取った姫君の反応を予想してたんだけど……君はどう思う?」
「当方、無関係」
「なんだとぅ! 君は僕の従者なんだから僕の話を聞いてくれないと困るよ」
(……面倒。超、面倒)

 ぷんぷんと怒るミカリアが延々と絡んでくる為、ラフィリアは苦虫を噛み潰したような表情となっていた。
 しかしラフィリアはミカリアの為だけに造られた自律型魔導人形(オートマタ)。ミカリアに逆らうなどという機能は、端から存在しない。
 よって、ラフィリアは嫌々ミカリアの妄想惚気話に付き合わざるを得ない。例えどれだけ無意味かつ面倒極まりない事だろうとも。
 これが、近頃ラフィリアからミカリアへの当たりが強い最たる理由だった。

「姫君もこれでようやく十四歳かぁ、まだまだ幼いなぁ。僕との歳の差っていくつだろう……百ぐらいはあるのか……まあ、百歳差なんて誤差の範囲だよね!」
(ソンナ訳アルカ!)

 ミカリアの大雑把な物言いに、ラフィリアも思わず胸中でツッコミを入れていた。

「でもほら、僕のこの見た目は二十歳ぐらいの時のものだろう? 実年齢は百を超えているけれど、見た目だけなら姫君と並んでも全く問題ないと思うのだけど」
「……」
「沈黙は肯定の意だね。ふふ、そうだろうそうだろう! やっぱり僕と姫君はとてもお似合いなんだ!」
(何言ッテンダ、コノ聖人)

 ついにはラフィリアでさえも軽く引いてしまった。
 それ程に、ミカリアが暴走している事が分かる。