妹に出した招待状には、一人で来るようにも書いておいたのだが……この女は律儀に一人でここまで来たらしい。
 金魚の糞のように常に傍にいるランディグランジュの騎士が見当たらないので、確かだろう。
 随分と居心地悪そうにしている妹を真っ直ぐ見つめ、憎悪と愛情に心をぐちゃぐちゃと掻き乱されながら、僕はおもむろに口を開いた。

「……──アミレス・ヘル・フォーロイト……息災だったか?」

 あの本の指示に従い、妹との関係改善を試みる。

「……………………は?」

 するとどうだ。我が愛しの妹は何とも間抜けな顔で素っ頓狂な声を漏らしたぞ。

「息災だったかと聞いている。答えろ」
「…………気分は最悪ですが、それ以外は概ね健康ですよ。気分以外は本当に」
「そうか、健康ならばいい」

 今すぐにでもこの場を離れたいと顔に書いてある。どうやら本当に居心地が悪いらしい……それもそうか。僕だって少し前までならこのような場、一秒だって耐えられなかっただろうからな。

「……ああ、そうだ。悪魔召喚について何か心当たりがあれば話せ」

 あの時の悪魔……あれについて何か話すべき事はないかと促すも、妹は「悪魔……?」と怪訝な顔をするのみ。
 演技などではなさそうだが、あの悪魔は妹が召喚したものではないのか? 自ら人間界に出て来られる悪魔と言えば、魔界の扉を通り抜けられる自我も存在も希薄な下位悪魔ぐらいだが…………いやしかし、あれ程の存在感を放つ悪魔が下位悪魔な訳がない。
 ならばどうやって、最低でも中位以上の悪魔が自ら人間界に出て来たというのか。……あれ程の悪魔が通り抜けられるぐらい、魔界の扉が開かれつつあると言うのか?
 これは、後で改めて魔界の扉について調べた方が良さそうだな。妙に、嫌な予感がする。

「無いならいい。世間話だ」
「はぁ……?」

 妹は変わらず訝しげにこちらを見てくる。何なんだよこいつ、みたいな顔をしているな。
 ふむ。この女……皇族としては致命的な表情の豊かさだな。それ自体は別にいいと思うが、せめて人の目がある場では無表情を貫け。相手に心中を悟らせるな。どれだけ憎悪していようとも、それを表に出すな。
 演技力が無駄に高い割に、こういった部分は詰めが甘いのだな。

「殿下、紅茶等をお持ち致しました」
「そうか」
「……紅茶?」

 紅茶やケーキを乗せたワゴンを押して、ジェーンが姿を見せた。
 それに気づいた妹が顔を引き攣らせる。まあいいか、この女の機嫌など僕には関係無い。あの本曰く、共に食事をし、会話をし、挨拶を交わす事が重要らしいからな。

「さて、アミレス・ヘル・フォーロイト。これから僕とお茶会をしようではないか」
「──は? お茶……会?!」

 妹は目を丸くして、冷や汗を浮かべてギョッとしていた。
 それにしても…………フフッ、こうして妹が露骨に顔を引き攣らせ、バツが悪そうに視線を泳がせる姿を見るのは──……とても、気分が良いな。