大公領での一件が終わり、新たにセツが増えた私達の帰路は、行き同様かそれ以上の混沌とした旅路になっていた。
 たまにシルフが馬車の空いたスペースに突然現れたりもして、その度に私達はびっくりとしていた。いくら皇族の馬車と言えども、成人男性二人とドレスを着た私、そして私の背の半分程はある犬が乗っていれば、それなりに狭くなるのも無理はない。
 そこにスラリと伸びた長身のシルフが現れたとなれば……もう馬車の中はぎゅうぎゅう詰め。しかもセツとシルフが中々に険悪で、セツがシルフの服を噛んだならばその報復にとシルフがセツの耳を引っ張る。

 これは動物愛護的な観点から見てセーフなのかしら……? と度々疑問に首を傾げつつ、私はその都度「シルフもセツも落ち着いてー!」と仲裁に入っていた。
 最初こそシルフの美貌とその自由っぷりに戸惑っていたイリオーデとアルベルトも、今や慣れてしまった模様。相変わらず順応性が高いなぁ。

 そんな馬車の旅の中のある一日。その日は運悪く何処かの屋敷などに辿り着けず、泣く泣く野宿をする事に。
 こんな事もあろうかとアルベルトが持ってきておいた、野宿セット(内訳:テント、寝袋、暖を取れる諸アイテム)を御者に渡し、馬と御者がきちんと疲れを取れるように配慮した。そして私達三人は、狭いけど馬車の中で寝ると伝えた。
 シルフが気を利かせて精霊界に戻ってくれたので、私はセツを抱えて椅子に寝転がり眠った。アルベルトとイリオーデは二人揃って座ったまま。何だか旅行の車中泊というもののようで、密かに楽しいと思っていたのはここだけの秘密だ。
 次の日、御者には悪いが早朝から最寄りの街に移動して貰い、今日一日はここで自由行動にしよう。と提案した。

 御者もやはり疲れが溜まっていたようで、少しお小遣いを渡して「難しいかもしれないけれど……今日一日、可能な限り羽を伸ばしなさいな」と告げると、「ありがとうございます王女殿下!!」と泣きながら喜ばれてしまった。
 明日朝、同じ頃にここに集合で。と告げて御者とはここで別れる。ローブを目深に被って銀髪を隠しているので、市民に私の正体がバレる事もそうそうないだろう。
 さて時刻はまだ朝の六時頃……これなら十分間に合う。懐中時計で時刻を確認して、私は、朝起きてからずっと口元をムズムズとさせていた大人達を見上げる。

「さて。それじゃあ一旦帰りましょうか、私の家に!」

 今日は二月十六日──……私の誕生日なのだ。
 帰らなかったら後で確実に文句を言われる。人の誕生日を祝うのが好きらしい皆の事だから、絶対後が面倒だ。
 だから私達は、わざわざ今日一日は自由行動にして、一旦東宮に帰る算段をつけた。
 そこで私は懐よりカイルから『そう言えば渡し忘れてたわすまん』と渡された、ルービックキューブ程の大きさの通信専用ミニサベイランスちゃんを起動する。
 すると、ミニサベイランスちゃん略してミニイランスちゃんに青い光が灯る。やがてそこからジジッ、と砂嵐のような音が聞こえて来て。

『──あー、もしもしぃ?』

 その言葉の端々に舌足らずさを感じ、声も少し張り付いている事から寝起きだと思われる。寝起きで電話に出た人ってだいたいこんな感じでしょうし。

「……おはよう、カイル。ちなみに今日が何の日か分かる?」
『えぇ? あぁ、おたおめ〜〜』
「いや軽いわね。別にいいけど。それでなんだけど、今から東宮に戻りたいから約束通り迎えに来て貰えると助かるわ」
『今から……? はぁ、別にいいけど……せめて十分待っててくれ。今割とガチで寝起きだから今すぐは無理』
「そりゃあ、送り迎えを頼んでる身だから勿論待つけど。それじゃあ、貴方が来るまで皆でのんびり待ってるわね」
『おー。じゃあのー……ふぁ、あ〜〜』

 通信が切れる寸前。カイルの大きな欠伸がこちらにも聞こえてしまった。
 ミニイランスちゃんを懐にしまい、私はすっと顔を上げた。するとそこでは、まるで爆発寸前の風船のように頬を丸くして、口を必死に閉じているイリオーデとアルベルトが。

 ……どうせ後で東宮に戻ってから散々言うのだから、東宮に戻るまでは別に言わなくてもいいでしょう? って昨夜伝えたら、二人共朝起きてからずっと何か言いたげに口を真一文字に結んでいた。
 どうやら、二人共限界が近いようだ。私至上主義過激派の二人は、私の誕生日を祝いたくて仕方無いらしい。何故か、私の周りには人の誕生日を祝う事が好きな人が多いのだ。
 まだ東宮に戻るまで時間がかかるようなので、会話のネタにと私は二人に「そんなに私の事を祝いたいの?」と聞いてみた。すると二人は大役を与えられた勇者かのような面持ちで、

「「はい」」

 と力強く即答した。
 喜ぶべきなのか、戸惑うべきなのか。一周回ってそんな風に考える余裕すらある。
 あんまりにもお祝いされると、私はすぐにキャパオーバーしてしまうから、何かと大袈裟に語る二人にはまだセーブしておいて欲しいんだけど……一気に怒涛のお祝いラッシュを受けるぐらいなら、今少しだけでも受けておいた方が後の負担が減るかもしれない。そう思い、私は「いいよ、もう好きに喋っても」と言ってしまった。
 これを私は、きちんと後悔する事になる。
 私からの許可が降りてすぐ、目を輝かせて二人は語り始めた。最早誰の話をしているのかと困惑するような、想像以上の饒舌っぷりに圧倒される。