「それでは皆さん、またお会いしましょう」

 馬車に乗り、窓から顔を出して別れを告げる。

「またね、アミレスちゃん!」
「必ず帝都に向かいますので、その時はよろしくお願いします。王女殿下」

 二人が、手を振って見送ってくれた。それに手を振り返して、私達はディジェル領を後にした。
 さて。ここからまた一ヶ月……行きとは違う顔ぶれで、私達は帝都へと戻る旅路に出る。
 最善でも最良でもない、恥ずべき結果となってしまった今回の計画。過ぎた事だし、今更後悔したところでどうにもならない事は分かってる。
 だからこそ、この失敗と悔しさは忘れない。これから先起きるであろう、あの内乱よりもずっと惨憺とした悲劇の数々…………それを何とか阻止する為に、この思いは糧にしよう。

 次こそは必ず、最善か最良の結果にしてみせる。
 私が起こした争いの所為で死んでしまった人達と──……私自身に、そう誓おう。


♢♢


「……アミレスちゃん、行ってしまいましたね」
「……そうだね。もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「仕方無いですよ。アミレスちゃんは帝国唯一の王女殿下なんですから、お忙しいんです」
「分かってるよ、そんな事。そうやって物分りがいいように言ってるローズだって、本当は凄く寂しいくせに」
「うっ……だって、あと半年は会えないんですよ? 恋しいじゃないですかぁ…………」

 街の大通りを駆けてゆく馬車を、レオナードとローズニカは並んで見送っていた。ログバード達が先に城に戻ると言っていなくなった後も、二人はその場でずっと、馬車が見えなくなるまで立っていたのだ。
 ようやく出会えた初恋。彼等がずっと夢見ていた理想。そんな少女が僅か一週間という短さでまた旅立ってしまい、二人は既に寂しさを覚えていた。

「なあ、ローズ。ずっと聞きたかったんだけど」

 レオナードはおもむろにローズの手を握った。共依存のこの兄妹は、それが当たり前だとばかりに指と指を絡ませる。
 そして、ローズニカの返事を待たずに、レオナードは続けた。

「──俺達に、嘘ついてるよね。それもとっても大きい嘘。……父さんはともかく、俺が気づかないと思った?」
「っ!」

 真っ直ぐと前だけを見続けているレオナードは、この時ローズニカが顔を青ざめさせた事を視認していなかった。しかし彼女の反応が、その答えを物語る。

「別に責めてる訳じゃないから安心して。ただ、うん……気になったんだ。ローズが俺達に嘘つく筈がないし、その内容がよっぽどの事なんだろうなっていうのは分かってる。きっと、王女殿下関連なんだろうなっていうのも分かってるよ」

 レオナードは見抜いていた。ローズニカが何か大きな嘘をついていると。更にはそれがアミレス関連の事柄なのだとも推測していた。

「だから俺は、これ以上何も言わない。きっとその嘘は俺達の為の嘘なんだろ? だから俺はただ気づいただけで終わらせる。あのな、ローズ。俺達に嘘をついたからって、後ろめたさを感じなくていいからね」
「……お兄、様…………」

 ローズニカの顔に曇りが窺えたが、レオナードが優しく微笑みかけたものだから、それは徐々に晴れゆく。
 レオナードはこの事件の裏にある誰かの思惑の存在に気がついたが、しかし追及しない事に決めた。レオナードのその決意が、ローズニカの中にあった後ろめたさを、少し軽くしたのだ。

「……ごめんな、ローズ。俺がダメダメだったから、嘘をつかせる事になって」
「……いいえ、お兄様はダメダメなんかじゃないです。私にとって、一番のお兄様だから」
「なら、ローズは俺にとってこれ以上ない妹だよ」

 美しい兄妹は肩を寄せ合い、そして笑い合う。

「ローズ。これからも、俺と一緒にいてくれる?」
「はい。お兄様となら、どこへだって行きます」

 まるで恋人同士のように熱く見つめ合い、二人は同時に遠くへと視線を移した。それは、彼等にとってかけがえのない一人の少女が消えて行った方角だった。
 ……──だからこそ。
 そう、二人は心の中で同じ言葉を思い浮かべた。

「例えお兄様と言えども、この恋だけは絶対に負けませんから」
「俺だって、可愛い妹相手でもこの初恋だけは譲らないよ」

 互いによく似ていると自覚する兄妹は全く同じ人を好きになってしまった。
 彼等は大好きな兄妹を恋敵(ライバル)と認め、宣戦布告する。例え恋敵(ライバル)が親愛なる兄妹であろうとも、彼女への恋心だけは諦められない……そう、強く思ったから。
 そんな、よくある恋物語のような恋愛戦争を──レオナードとローズニカは、全力で戦い抜くと決めたのだった。