「……ありがとう。レオ、ローズ。帝都で待ってるわ」
「「はい!」」

 レオと握手をしたり、ローズとハグをしたり。そうやって別れを告げていると、遅れてセレアード氏とヨールノス夫人、そして大公がやって来た。

「まだ雪も深いですし、どうか旅路にはお気をつけ下さい」
「こちら、つまらないものですが……薬草を煎じて作った健康にいい薬草茶というものです。体が冷えた時にでもお飲みいただければ、体が温まるかと思います」

 セレアード氏に続くように、ヨールノス夫人が布に巻かれた特殊な瓶を手渡して来た。布越しでも伝わる瓶の温かみ。中身はなんと薬草茶らしく、とてもありがたいものを戴いてしまったものだ。

「お二人共、心遣い感謝します」

 まだ薬草茶を飲んでないのに、既に心が温まったよう。そんな嬉しさからニコリとお礼を告げると、次は大公が一歩前に出て酒瓶を差し出して来た。

「こちらはワシお気に入りの蒸留酒でして。王女殿下がご成人なされた際にでも、是非」

 大公がニッと歯を見せて笑うものだから、私も思わず笑いがこぼれた。「はい、喜んで」と返し、アルベルトに管理を任せる。
 すると大公が満足気に一歩下がろうとしたのだが、ここで私はある用事を思い出し、大公を引き止める。

「大公、少しお話ししたい事がありまして」
「む、何ですかな」

 大公を手招きし、皆から少し離れた場所に連れて行く。あの場にいた全員に怪訝な目で見られながらも、私は口元を隠して小声で口を切った。

「信じて貰えないかもしれませんが、今後一年以内に確実に魔物の行進(イースター)が発生します」
「なっ──!? それは本当なのですか……?」

 大公は顔を険しくして、驚愕を口にした。

「はい。(わたくし)の推測が正しければ、早くても一年以内には」

 嘘であってくれと顔に書いてある大公に向け、私はキッパリと断言した。アンディザ二作目は、ミシェルちゃんの住む村が魔物の行進(イースター)の被害に遭い、ミシェルちゃんに天の加護属性(ギフト)が発現する所から始まる。
 それはミシェルちゃんがまだ十三歳の時の話だったと書いてあった。そしてアミレスはミシェルちゃんの一つ歳上……つまり私が十四歳の時に、魔物の行進(イースター)は起こる。

 私の十四歳の誕生日が三週間後とかだから、そこから約一年。来年の二月までに魔物の行進(イースター)という名の魔界からの一斉侵略が発生する。
 我が帝国がこれまでさほど魔物の脅威に晒されずにいられたのは、ひとえにこの領地──帝国の盾があるから。
 しかし今回の件でディジェル領はかなりの損害を被った。今後発生する魔物の行進(イースター)の際に支障をきたしたりすれば……帝国全土が危うい。
 勿論、いざその災厄が訪れたならば、私も権力フル活用で出来る限りの援助も援護もする。だがそれでも、この領地を守る為には彼等自身にも備えておいて欲しいと。
 そんな、自分勝手な事を考えていた。

「まさかそんな……一年以内に魔物の行進(イースター)が起こるなんて」
「いたずらに混乱を招く訳にもいきませんし、大公にだけこの件を共有しておきたいと思ったのです。実際に起こるにしろ起きないにしろ、備えておく事に越した事は無いでしょうし」
「そうですな……何も用意せず突然魔物の軍勢に押し寄せられるぐらいなら、いつ来るかも分からないものにとりあえず備えておく方がよっぽど良い」

 頬に脂汗を滲ませて、大公は口元に手を当てた。

「当然、有事の際には(わたくし)共も全力で支援します。ですがそれだけでは足りない。一人でも犠牲者を減らす為に……どうか、ディジェル領の方でも備えておいてくれませんか?」

 魔物の行進(イースター)の恐ろしさはよく知っている。ゲームをプレイする度に、プロローグでその凄惨さを何度も目の当たりにしたから。
 そんなものが実際に起きて、あのプロローグのような事態が全国各地で発生するなんて……そんなの地獄以外の何物でもないだろう。

「貴女の采配に格別の感謝を。王女殿下のお言葉に従い、我々の方でも来たる魔物の行進(イースター)に備えておきましょう」

 大公は深く背を曲げて、魔物の行進(イースター)の件については任せてくれと言ってくれた。
 これまでもテンディジェル大公を務めあげた人だ、きっと今回も大丈夫……そう信じたい。
 大公との個人的な話を終え、皆の元に戻ると、

「王女殿下、伯父様と何の話をなされていたのですか?」

 レオが先程の内容に興味を示した。だが正直に話す訳にもいかないので、「普通の世間話よ」とはぐらかしておいた。
 どこか腑に落ちない様子ではあったものの、これ以上追及した所で私は口を割らないだろうと判断したのか、レオもそれ以上は追及してこなかった。