話の後は夕食だった。それを終えてから、即位式が中止になったならば私達は明日にでも帝都に戻る事にすると、後ろ髪を引かれる思いで私はレオ達に伝えた。
 ──悲しきかな。私にはこの一ヶ月で溜まりに溜まったであろう仕事が待ち受けているのだ。
 それに、今ふと思い出したんだけど……そう言えばシュヴァルツの誕生日を祝うのを忘れていたのよね。カイルへの連絡手段を持っていく事を失念していた。その為、シュヴァルツの誕生日にお祝いしてあげる事が出来なかったのだ。

 なので少しでも早く帰りたい。本当はもう少しのんびりしていたいのだけど、あんまりにも長く帝都を離れていると後が怖い。だから、急ではあるが翌日に帰宅する旨を伝えた。
 仕事が溜まってるので……と補足すると、大公達も何かを察したようにこれに納得してくれた。
 レオとローズも、渋々とばかりに首を縦に振ってくれた。お陰様で、私は明日の昼前に帰られる事になったのだった。

 今晩は長旅前にゆっくり体を休めておく為にも、早く寝る事にした……のに、何故かシルフとセツが延々と睨み合うものだからあまり寝付けないのと、単純にシルフが傍にいて落ち着かないのとで結局いつもと同じぐらいの時間に就寝した。
 朝起きて、真隣で胸元をはだけさせるシルフの寝顔を見た時は心底驚いた。起き抜けに見るものじゃない……後光が射すかのごとき眩さを放つシルフを見たら、眠気なんて一瞬で吹き飛んでしまった。
 ドレスに着替える事、数十分。着替えやすさ重視で作った我がブランドのドレスでも、自分一人ではやはりそれなりに時間がかかってしまう。

 その間シルフはずっと眠っていた。多分途中からは起きてたんだと思うけど、私が着替えているのに気付いて、こちらに背を向け寝たフリをしてくれていた。
 着替え終わってから、「おはよう、シルフ」と声をかけると、「お、おはよう……」とぎこちない返事が返ってきた。もしかして緊張してる? と、シルフの態度には何だか微笑ましい気持ちとなった。

 さて朝食を食べに行こうかと部屋を出る時、シルフは一度精霊界に戻ると言って、目を逸らしながら光に包まれ消えていった。
 シルフも忙しいんだなあ。そう呟いて、私はセツと一緒に部屋を出た。
 いつもの団服と侍女服に身を包むイリオーデとアルベルトを伴い、食堂に向かって歩き出す。
 実は昨日の夕方頃に、カイルがこっそりこちらに来て汚れたりボロボロになっていた服を全て元通りにしてくれた。二人共今日は慣れ親しんだ服を着られたから、心無しか落ち着きが窺える。
 昨日の服もよく似合ってたんだけどなぁ。

 あっという間に食堂に辿り着く。これがディジェル領でする最後の食事になるからと、朝からそんなに食べれないってぐらい豪勢な料理の数々がテーブルに並ぶ様は壮観だった。
 出来る限り残さないようにたくさん食べ、皆で頑張って七割は食べた所で私は胃の限界が。あえなくここでリタイアとなった。
 そうやってのんびりとディジェル領で過ごす最後の時間を終え、ついに帝都に戻る時が来た。
 皇家の紋章入りの馬車が城門の前に停まっている。アルベルトに全ての荷物を任せ、私はセツを抱きながらレオ達との別れを惜しんでいた。

「絶対、絶対十五歳になったら帝都に行くから。それまでどうか、私達の事を忘れないでください」

 ローズがポロポロとその目尻から涙を零しては、レオがそれを拭ってあげている。
 ……それにしても。さっきから気になっていたのだけど、ローズが今日着てるドレスってヴァイオレットのドレスよね。凄く見覚えがあるわ。春服として作ったけど、実際問題冬でも全然いけるよね……ってメイシアと談笑してたあのドレスよね。
 しかもかなり生産数の少ない限定品…………まさかそれをローズが持っているとは。ディジェル領にまで広まっていたのか、ヴァイオレットは。とシャンパー商会の辣腕に舌を巻く。

「貴女達こそ、私の事を忘れないでね?」

 冗談交じりに返答する。
 自分の事を忘れられるのは、酷く怖い事だから。そんな、誰が言ったのかも分からない言葉が心に浮かび上がる。
 二人共、きっとこれからの半年間はとても忙しくなる事だろう。もしかしたら私の事なんて忘れてしまうかもしれない。
 そんな情けない不安から、つい圧をかけるような事を言ってしまった。しかしレオとローズはぱちくりと目を丸くして、

「忘れるなんて絶対に無理ですよ。俺はきっと……ううん、絶対、貴女と出会えた日の事は忘れられませんから。寧ろ……俺みたいな男が、貴女と過した日々を鮮明に覚えておく事をお許し下さい」
「アミレスちゃんと出会ってからまだ一週間しか経ってないけど……この数日間は、私の人生で一番キラキラしてたおとぎ話みたいな日々でした。だから、絶対に忘れてなんかやるものですか」

 兄妹そっくりの笑顔を浮かべた。天才のレオと、その妹のローズがここまで言ってくれるならきっと大丈夫だろう。
 二人共、これからも私の事を覚えていてくれる。いつまでも、忘れないでいてくれるだろう。