「あ、じゃあ俺様はこの辺りで。シルフ様の髪が褒められてる気がして出て来ただけだからな」
「お前さあ……そんな理由で越界するなよ」
「そうお堅い事言いなさんな。せっかく世界間の移動が自由になったんだからさ」
「もうやだこの男自由過ぎる」

 難しい話をして、シルフはベルズをシッシッ、と手で追い払った。ベルズは随分と楽しそうに「じゃあな、お姫様!」と言って、ぐにゃりと生まれた空間の歪みに入っていった。
 なんというか、嵐のようなヒトだったな。それにしても……私の知ってる精霊さんって今のところ全員美形なんだけど、精霊ってそういうものなのかな。

「あ、そうだ。師匠は今どうしてるの?」

 ベルズがいなくなって、ふぅ……と一息ついていたシルフに質問を投げ掛けると、

「エンヴィー? うーん、多分仕事でもしてるんじゃないかな」

 裏がありそうな笑顔でシルフは答えた。
 精霊さんって、私達が思うよりもずっと仕事が多くて忙しいんだな。昔から、シルフもよく『仕事が溜まってて……』と愚痴を零していたし。
 ところで精霊の仕事ってどんなものなんだろう。魔力を司る存在だから、魔力を生む仕事……とか? いや、違うな。

 この後、シルフも交えて皆で紅茶を嗜みつつ、テンディジェル家側から何かアクションがあるまで私達はのんびり待っていた。
 本来の姿で紅茶を飲める事が嬉しいらしく、シルフはかなり上機嫌に紅茶を飲んでいた。本当に紅茶が好きなんだな、シルフは。
 結局私達が呼び出されたのは夜。それは夕食の席だった。
 セツは食堂まで着いてきて、シルフは姿を見られる訳にはいかないと、わざわざ姿を消していた。
 昨日と比べると少し質素な晩餐を囲み、話題は彼等の出した結論へと自然に移っていった。

「……改めて。王女殿下、このような辺鄙な領地までお越しいただいたと言うのに、我々の問題に巻き込んでしまい大変申し訳ない」

 何か見覚えがあるわね、この状況。
 昼間と同様に、大公が頭を下げるとそれに続くようにセレアード氏達も一斉に頭を下げた。

「我々の出した結論としましては──即位式は中止。ワシの退位を遅らせ、レオが二十二歳になるまではワシが大公を続ける事となりました。この旨の謝罪と申告、及び今回の件の報告書は全てワシの方から皇帝陛下に提出します」

 大公の言葉に、私は少し嬉しくなった。
 レオが大公になる。それまでの代役としてセレアード氏に大公位を譲るのではなく、大公がこのまま継続して大公として働くのだと。
 次期大公がレオに確定した上で、大公がこのままその役を担ってくれるのであれば、もう内乱が起きるような事はないだろう。
 既に多数の犠牲を出した私に、このような事を言う権利などある筈もないが……一安心だ。
 しかも皇帝への報告もやってくれるらしい。何気に凄く助かる。

「二十二歳になるまでの間、レオには帝都で大公代理……つまり名代として、様々な会議や大公の職務を任せる事になりまして。ローズもそこそこ頭が切れるので、ローズはその補佐という形で帝都に向かわせる事になりましたが、よろしいでしょうか?」

 大公がこちらの意見を伺ってくる。まぁ、そういう名分があった方が彼等も帝都で過ごしやすいでしょうし。何より──、

「そうとでも言わなければ、領民が納得しないでしょうしね」
「ハハ、やはり見抜かれておったか。領民達にとってレオは絶対的君主、ローズは宗教にも近い崇拝対象となっている……そんな二人が長期的に領地を離れるとあっては、それこそ領民達が暴動を起こしかねない」
「だからこそ、『領地から離れた地で大公としての職務を経験させる』──という建前を作り、レオはあくまでも領地と領民の為に故郷を離れ学びに行く……そういった体を取ろうとしたのですね」
「ええ、全くもってその通りです。やはり、王女殿下は随分と聡明でいらっしゃる」

 はははは。と二人で笑い合う。こういう腹の探り合いみたいなのは苦手なんだけど、大公が気のいい人だからまだ気が楽だ。
 自分達の為だと領民達に思わせる事に成功したならば、きっと彼等もレオとローズが長期間帝都に行く事に納得するだろう。
 お互いに考えが一致し、大公と話すの楽しいな〜。なんて楽観的に考えていた時。おずおずとセレアード氏が口を開いた。

「あの、王女殿下。このような事、わざわざ言うのもなんですが…………うちの子供達は二人揃って思い込みが激しい所があって、正直なところ、この二人だけで帝都に向かわせるのが酷く心配なんです。勿論使用人や護衛はつけますが、やはり不安なものは不安で。なのでもし良ければ──……」

 眉尻を下げ、セレアード氏が困ったように言うと、

「思い込みが激しいだなんて、失礼だな父さん」
「そうですよ! 私とお兄様はただ少し妄想癖があるだけです!」

 レオとローズが食い気味に反論する。それにより、セレアード氏の言葉は妨げられた。
 果たして、妄想癖があるというのは反論として成り立つのか……という疑問は残るものの、私は彼の不安を払拭しようと口を開く。