「……シルフって髪長いよね。しかも凄く綺麗」
「わぁ、突然褒めてくるね君は。特にこれに利点を見い出せた事は無かったのだけど、君に褒めてもらえるのならこの髪にも意味はあったんだね」

 ふふ、と上品な笑いを零してシルフは己の髪に触れていた。
 地に届き、引き摺る程の長髪。しかし髪が荒れている事はなく、完璧なケアを受けているのだと分かる美しさだ。
 この世界にシャンプーやリンスがあれば、間違いなく広告に抜擢されるであろう髪と美貌。師匠から聞いていた通り、シルフはこの世の何よりも美しい存在に思える。

「──その言葉、美容師として最も嬉しいものだな。また俺様の美的感覚を認める者が増えたか」

 聞き慣れない声が突如部屋に響く。シルフの「うげっ」という声が重なるように漏れ出たと思ったら、彼の後ろには一人の男が立っていた。
 それはこれまた美しい男性。頭の先からつま先まで計算され尽くした黄金比の美しさ……とでも言うべきだろうか。そんな男が、随分と楽しそうにシルフの髪に触れているのだ。
 突然現れた知らない男に、イリオーデとアルベルトが警戒態勢に入る。それに気づいた男は、これまた楽しげに目を輝かせた。

「フーン、いいじゃん、オマエ等。どうよ、この俺様自ら美しく(メイクアップ)してやってもいいぜ?」
「おいやめろベルズ、アミィに絡むな!!」
「えーいいだろ別にー」
「駄目だからわざわざ言ってるんだよ。さっさと帰れ!」

 早足で私達に詰め寄って来た男の襟元をシルフが掴み、その動きを強引に制止させていた。

「えっと、まず、どちら様?」

 多分精霊さんである事には間違いないと思うけど。
 純粋な疑問から首を傾げていると、男は妖艶な笑みをたたえて顎を引いた。

「お初にお目にかかります、我等が一番星(エストレラ)。俺様は美の魔力を司る精霊、ベルズと申します。主人……──シルフ様、でしたっけ? シルフ様の世話係をしている者です」

 エス……なんて? それに何だ、世話係って。やっぱりシルフってそこそこ偉い精霊さんなのかな……師匠みたいな強い精霊さんも言う事聞くぐらいなんだから、きっとそこそこ偉いんだろうな。

「えっと、ベルズ……さん」
「こんなの呼び捨てでいいよ、アミィ」
「えぇ……?」

 こんなのって。めちゃくちゃ扱いが雑じゃないの。
 本当にいいんですかと、ベルズに視線で訴えかける。

「ん? 主じ……シルフ様がああ言ってるんだから俺様も異論はない。それにお姫様は割と俺様好みの髪質(タイプ)だし、特に許す」
「好みのタイプ!?」
「好みのタイプ……だと……っ!?」
「……精霊って殺せるのかな」

 衝撃発言にギョッとする私達。特に私は、綺麗な男性にそんな事を言われたからか少し顔が熱くなってしまっていた。
 そんな私の後ろでは、イリオーデとアルベルトが眉間に険しい皺を作っていた。

「紛らわしい発言するなよこの変態が…………一応訂正しておくけど、こいつは極度の髪好き変態なんだ。他者の髪に興奮するタイプの変態。だからこいつの発言は全く気にしなくていいよ、アミィ」
「よせやい。俺様はただ髪が好きなだけだっつの」
「別に微塵も褒めてないからな、これ」

 まるで漫才を見ているかのようだった。実際に見た事はほとんど無いと思うんだけど、多分、漫才はこういうものなんだろう。
 ふむ、ベルズは極度の髪フェチなのか……危ない危ない。危うく勘違いするところだった。恋愛経験ゼロの私には受け流すのが難しい言葉だったぜ……。

「しゅじ……シルフ様の髪も当然俺様がいつも世話してんだ。他にも肌に指先に服装にと、しゅ……シルフ様の全てを俺様が世話してるんだぜ」
「ところでさ、お前何回名前間違えるつもりなの??」

 キラッと白い歯を輝かせ、ベルズは鼻高々に宣った。それに横から鋭くツッコむシルフ。やはり漫才か。

「ベルズがシルフの髪を手入れしてるから、シルフの髪はこんなに綺麗なの?」

 話を進めようと切り出すと、

「ああその通りだ。そもそもしゅじ──、っごほん。シルフ様程の美しさを持つ精霊、俺様以外の誰に世話出来るんだって話だぜ?」

 ベルズは胸を張って言い切った。それはシルフのお世話が本当に好きなんだと分かる、嬉々とした声音だった。
 しかし、ベルズ程の美形をして言わしめた最美のシルフはというと……非常にゲンナリとした顔で、重くため息をついていた。