ちょつと沈黙の時間が流れた後、女はまた話し始めた。

「橘さんにホテルに行こうと言われて、今日は嫌だと言ったら髪の毛を掴み引っ張られて、無理矢理ホテルに連れて行かれそうになったんだけど、
橘さんは普段からそういうところがあるの?」

尚哉の本性が見えてきた瞬間だったが、でも私は「知らない……」と答えた。

 浮気相手の女は、私から何を聞き出そうとしているのか……。次から次へと不快な質問をされ、この怒りや嫉妬の感情は今は女に向かっているが、本当の怒りをぶつけるところは夫の尚哉だ。
 
 女がまた話し始めた。
「橘さんは手の甲を怪我した時があったけど、あれはどうしてなの?」

「ガラスで切った」

それは少し前に尚哉は、私に対する怒りから(怒りの訳は分からない)、室内の格子になった引き戸のガラスを拳で殴ったのだ。
ガラスは鋭角に割れ、尚哉の拳からは血が流れていたことがあった。
 床に散らばったガラスの破片、尚哉の拳から流れ出した血が床にまで落ちているその光景は、あまりにも恐ろしく、心と体が凍りつき、その場から動くことが出来なかった事を思い出した。

 女はこんな言葉を繰り返し聞いてきた。
「ほんとうに奥さんとは、セックスしていなかったの?」

私、「‥‥‥‥…」

これが一番知りたかったことなのだろうか……。
私が返答しないので、再び同じ質問を聞いて来た。この質問が不快でならなかった。

少しの沈黙の後、女はまた話し始めた。

「私、ほんとうに既成事実なんか作らなくて良かった!」

女は勝ってにしゃべって、勝ってに満足して、電話を切った。
嵐のような時間が去った。