「じゃ……申し訳ないですけど……」
遠慮しながらそう言って、彼女はゆっくりと立ち上がった。
『本当に気にしなくていいから。もう夜も遅いし……当然でしょ?』
僕はそんな彼女に、少しでも気を遣わせないようにと笑いながら言った。
じつは、僕が彼女にしつこく声を掛けたのにはもう一つ理由があった。
僕にはその日の少し前から迷っていることがあったのだ。
僕の中でそのことを相談できるのは間違いなく彼女ただ一人だった。
僕は彼女にナビをしてもらいながら車を走らせた。
彼女は助手席でも申し訳なさそうに、シートに浅く座っていた。
「あ、そこ、次の信号を左に曲がって……」
『うん、次だね。』
「そこからちょっと走ったら左にコンビニがあるんで……」
『そこでいいの?』
「あ、はい。そのすぐ近くにアパートがあるんで」
『了解。意外と近くだね』
「そうですか?でもタクシーだと二千円くらい取られますよ?」
それには驚いた。
そんなに距離を走ったようには感じていなかった。
僕は彼女の言うとおり、コンビニの駐車場にゆっくりと車を停めた。
店内の照明がスポットライトのように眩しく二人を照らす。
栞はすぐに車を降りようとはしなかった。
僕が何かを言おうとしているのを察していたのだろうか。
少しの沈黙があった後、僕は口を開いた。
『おつかれさま!』
「はい、おつかれさまです!すいません、わざわざ送ってもらって……」
『ううん、全然……』
僕はその後の言葉を詰まらせた。
栞は一瞬不思議に思ったのか、一度顔をこっちに向けて微笑んだ。
僕が言葉を濁していると、彼女は一度小さく息を吐き、その手をドアノブに掛けた。