『ごめん……遅くなっちゃって』


そう言いながら僕は彼女の隣に座った。


「いいんですよ。嫌だったら帰ってますから」


彼女は表情を変えなかった。(微笑んでくれていた)

それが本心なのかどうかはわからなかったが、僕はいつもそんな彼女の言葉を訊いて安心していた。

それでもいつ彼女がここに来なくなるのか……と思うと、今日遅くなったことが一つの要因に成りかねないと感じた僕は彼女に声を掛けた。


『でも遅くなったし……送っていくよ。』


彼女の住所がどこなのかは知らなかったが、電車を使ってここまで来ていることは前に聞いたことがあった。

それが彼女をこの先もここに引き留める理由になるとは思えないが、少しでも嫌だと感じたのならばその穴埋めくらいにはなるはずだ。


「え、そんなの……悪いからいいですよ!」


彼女は初めてその表情を変えた。

すごく申し訳なさそうに言う。

それは中途半端な社交辞令ではなくて本心のようだった。

だからこそ、僕はもう一度声を掛けた。


『気を遣わないでいいから……もう終電も終わってるんじゃない?僕は車なんだから遠慮しないで』


「え?でも……」


彼女は視線を膝に置いてあった鞄に落として迷っているようだった。


何を迷うことがあるのだろうか。

僕からしてみれば、それは遅くなったお詫びでもあるし、何よりいつもここで聴いてくれているお礼でもあったのだ。

もちろんそんなことくらいではお礼にはならないくらい僕は彼女に感謝していたけれど。

だから僕はいつもの自分らしくないと思いながらも彼女にしつこく声を掛けた。