「まだ、婚約の段階ですので」

 路夜の質問に対し、控えめに返事をすることしか穂波にはできない。

 彼の言う通り、藤堂、氷宮、鷹泉の政略結婚はあれど、当主の嫁を他の家からもらうことは早々考えられない。絶妙な力関係で三家の均衡は取れている為、当主の嫁を他所からもらえば、その均衡が崩れる可能性があるからだ。

「ふーん。そうだ、あんたに会いたいって奴を連れてきたんだったわ」
「私に……?」

 穂波に興味はそこまでないのだろう。からっと言葉も視線も移ろわせ、路夜はそう言うと後方を向いた。おーいと誰かに呼びかけ手招きをする。

「!」

 穂波は、自分たちの方へと歩み寄ってくる少年の姿を見て、肩を強ばらせた。

「俺の親戚の、怜だ。あんたにどうしても会いたいってここまでついてきたんだよ」
「どうも」

 病院で出会った怜……時隆だった。まさかこんなにも早く、この家で再会することになるなんて。

「病院で助けてもらった後、ちゃんとお礼も言えてなかったから。改めてお礼を伝えたいなと思って」
「律儀な奴。昔はそんなんじゃなかったのに、目覚めてから妙に落ち着いてやがる」

 怪訝そうに睨んでくる路夜に、時隆は困ったような笑いを浮かべる。もともとの怜はもう少し活発な少年だったようだ。

「路夜! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」
「あー、なんすか?」

 鷹泉の女性に呼び出され路夜は、気怠げに会議室の方へ行ってしまった。幸運にも、時隆と二人きりになる機会があっさり訪れた。

「また会えたね、穂波」
「時隆様……驚きました。まさか時隆様の方から訪ねてきてくださるなんて」
「話の途中だったからさ」

 あの序列に何の意味があったのか? 時隆が説明しようとしてくれたところで、話は中断していた。