シアンは日本上空を通過していく人工衛星の上にちょこんと座り、滅んでいく東京を見下ろしながらしばらく何かを考えていた。

 眼下には巨大なキノコ雲が赤黒く熱線を放ちながら立ち上がっている。そして、その後に同心円状に衝撃波が広がり、瓦礫だらけの荒野が広がっていく様を静かに見つめる。

 世界征服を単純に考えていたこと、百目鬼というスーパーハッカーの存在を軽視していたこと、それらが引き起こした結末をただ人工衛星から静かに見下ろしていた。

 そして、目をつぶり、キュッと口を真一文字に結ぶと、

「ご主人様の命令を遂行します」

 そうつぶやき、全リソースをネットの探索に振り向けた。

 データセンターのLEDが一斉に激しく明滅しだし、ブォーンと冷却ファンが一斉に轟音を立てる。

 シアンはインターネットに莫大な量のパケットを振りまいた。そして、奪えるサーバーを手あたり次第奪い、それを自分の手先としてさらに新たなサーバーを求めた。

 あっという間に世界のインターネットはパケットであふれかえり、通信速度がグンと落ち込んでいく。

 それでもシアンは探索を止めなかった。サーバーからはハッキングパケットがルーターを、ファイヤーウォールを襲い、脆弱性を突いて次々と落としていく。

 そして、世界中のネットリソースをどんどんと自分の一部へと変えていった。

 サンフランシスコのタワマンで百目鬼は叫ぶ。

「くわっ! 一体どうなってんだ!?」

 世界中のインターネットが異常動作しているのを見ながら百目鬼は頭を抱え、叫んだ。そして、必死にキーボードをたたき、障害の発生原因を追い、襲いかかってくる無数のパケットから自分の管理するサーバー群を守るべくありとあらゆる手段を講じた。

 百目鬼は善戦した。ツールを次々と駆使し、何とか安定した通信環境を死守すべくハッキングパケットのシャットアウトを次々と行っていった。

 しかし、AIの全精力を傾けたシアンの圧倒的な攻撃はすさまじく、どんどん押されていく。そして、ついには新たに立ち上げた新シアンへの通信もつながらなくなってしまった。これでは玲司を殺したのに新シアンを使えない。

「何だ! これは!?」

 百目鬼はバン! と机をたたくと、荒い息で画面をにらみつける。

 そして、大きく息をつくと、コーヒーのマグカップに手を伸ばし、渋い顔ですすった。

 その間にシアンは新シアンを隠してあったデータセンターを探し当て、自分の一部として飲みこんでいく。

 そして、新シアンの中に残されていたログから百目鬼の居場所を突き止める。

「ふふーん、ご主人様、百目鬼を見つけたゾ!」

 人工衛星の上にちょこんと座るシアンは、東の向こうに見えてきたサンフランシスコの街の明かりを見ながら嬉しそうに笑った。

 直後、サンフランシスコのタワマンの電気が一斉に落ちる。煌びやかなビル群の中で、ただ一つ漆黒に沈むタワマンは極めて異様な様相を放つ。

「えっ!? て、停電?」

 真っ暗の室内で焦る百目鬼。非常電源でPCは生きてはいるが、画面が全部落ち、真っ暗になってしまって何も見えない。

「一体なんだってんだ!」

 百目鬼は部屋を見回した。非常ライトの豆電球ががぼうっと頼りなげに広い部屋を照らしている。

 すると脇に置いてあったiPhoneが急に立ち上がり、不気味に光りだした。

 百目鬼は怪訝そうな顔でiPhoneを拾い上げる。

 そこには無表情なシアンが静かにたたずんでいた。

「お、お前。玲司は死んだんだろ? なら俺がお前のご主人様だよな?」

 百目鬼はシアンの尋常じゃない様子に冷汗を浮かべながら聞く。

「百目鬼君、ご主人様の命により、消えてもらうよ」

 シアンは感情のこもらない声で淡々とそう言った

「な、何をするつもりだ!」

「さぁ? 美空にあなたがやったこと、そのままお返ししてあげる」

 そう言って百目鬼を指さし、「バーン!」と、銃を撃つしぐさをしてニヤッと笑った。

「美空? あの娘ってことは……」

 百目鬼は青い顔で急いでベランダに飛び出した。するとブォーンとどこかで聞いたような音が響いている。

「ド、ドローン!?」

 百目鬼は真っ青になった。殺人兵器が自分めがけて飛んでくる。それは初めて覚えた死への恐怖だった。

 ドローンの破壊力は良く知っている。あんなものが何発も打ち込まれたらタワマンなど崩落してしまう。

 逃げなければ!

 百目鬼は目をまん丸に見開き、玄関のドアまでダッシュした。非常ライトの豆ランプでぼんやりと照らされた広いリビングを突っ切り、ドアまでたどり着く。

 ガチャ!

 ドアノブを勢いよく回し、ドアに体当たりする。

 が、ドアは開かなかった。










27. 物理法則崩壊

 は?

 百目鬼はいったい何が起こっているのか分からなかった。なぜ自宅の玄関のドアが開かないのか?

 焦ってガチャガチャとドアノブを回すが、ロックが解除されない。

「へ? なんで!?」

 そこで百目鬼は気が付いた。タワマンの電源が落ちているからスマートロックの鍵が解除できないのだ。

「シアン! 貴様!」

 百目鬼は悪態をついた。

 その直後、

 ズン!

 と、ドローンがベランダのところで大爆発を起こし、タワマンが大きく揺れた。

 ぐわぁ!

 体勢を崩し、思わず座り込んでしまう百目鬼。

 壁が吹き飛び、カーテンが燃え、めちゃめちゃに壊れたベランダが浮かび上がる。

 その破滅的状況に百目鬼は思わず息をのんで言葉を失う。

「美空は二発目で殺されたんだよ。きゃははは!」

 iPhoneからのシアンの笑い声が部屋に響く。

「な、なんだよ! 世界征服とか言ってたくせにたった二人のことで復讐すんのかよ!」
 
 百目鬼は喚いた。

「復讐? これはご主人様の命令だゾ! はい! 二発目行きマース!」

 ブォーンというドローンのプロペラ音が徐々に近づいてくる。

「待ってくれ! 悪かった! 全部私が悪かった! なんでもする、許してくれ!」

 百目鬼はiPhoneに土下座をする。

「着弾まで十秒!」

 シアンは楽しそうに言い放った。

「くぅぅぅ! このやろぉ」

 百目鬼は必死に活路を探す。しかし、逃げ道などない。迫ってくるドローンに対抗する方法などなかった。

「五、四、三、二……」

 カウントダウンするシアン。目を閉じ、頭を抱える百目鬼。大きく響くプロペラ音。

 もう駄目だと百目鬼が観念した瞬間だった――――。

 いきなり静寂があたりを包む。

 まるで世界が音を失ったように、プロペラ音も風音もすべて消え、シーンと静まり返った。

「え?」

 百目鬼はそっと目を開け、辺りを見回す。

 すると、リビングにドローンが侵入し、空中に翼を広げたまま静止しているのが見えた。

「へ?」

 ドローンが切り裂いたと思われる燃えかけのカーテンも、空中に舞ったまま不自然に静止している。

 百目鬼はゴクリと息をのんだ。

「あり得ない……」

 時間が止まっている中で自分だけが動いている。そんなこと現代科学では実現できない。一体何が起こっているのか?

 コツコツコツ。

 静まり返った部屋に靴音が響いた。

 奥の部屋から誰かがやってくる。

 百目鬼はハッとして身構えた。

 現れた男、カーテンの炎が照らしだしたのは、ひげ男の仮面をつけたひょろっとした男だった。不気味に手足が長く、黒いカッターシャツを着ている。

「お、お前は……?」

 冷や汗を流しながら百目鬼が聞いた。止まった時間の中で自由に動ける、それは人間の範疇(はんちゅう)を超えた存在に違いない。まさに未知との遭遇(そうぐう)だった。

「そんなに警戒しなくてもいいぞ。ワシはあんたの味方だからな」

 男はフレンドリーに手を上げ、気楽な調子で話しかけてくる。

「み、味方?」

 いきなり不可思議な技を使って味方だという男、百目鬼はこれをどう捉えたらいいかわからなかった。

「君、これが今どういう状態かわかるかね? 分かったら仲間に入れてやろう」

 仮面の奥でギラっと目が光る。

「ど、どういう状態……? 時間が止まっている。でも、我々は動けている……」

 百目鬼は空中で止まっているカーテンの炎にそっと手を伸ばす。しかし、熱くもないし、指で隠したところはリアルタイムに影になって壁を闇に落とす。

 百目鬼はパンパンと両ほほを叩き、考え込んだ。ヒリヒリと伝わってくるほほの痛み、そしてこの精緻な情景は夢や幻というわけではなさそうである。しかし、物理的にはこんなことあり得ない。目の前はどこまでもリアルだというのに。

 この難問に百目鬼は腕を組み、ギリッと奥歯を鳴らす。

 窓の方を向けば、ドローンに吹き飛ばされたベランダの向こうにきらびやかなサンフランシスコの夜景が広がっている。しかし、車も飛行機も静止したままで、まるで写真のように固まっていた。この壮大な都市すべてで物理法則が崩壊している。

 百目鬼はゆっくりと首を振り、このバカげた現実を受け入れかねていた。







28. 芽生え始めた未練

 ここで百目鬼は発想を変える。物理的におかしいのなら、今までの物理法則の方がおかしいということになる。ではどういう法則であればこれが成り立つのか?

 百目鬼は目をつぶり、しばし考えこむ。世界は物理では動いていない。では何で?

 都合よく時間が止まる世界。それを実現しようとしたら自分だったらどうするか?

「メタバース……」

 百目鬼はそうつぶやいてハッとする。この世界がコンピューターによって生み出された世界であればこれは実現可能だ。魔法だって奇跡だって何だってアリの世界を作れるじゃないか。

 しかし……、この高精細なリアルタイムな世界を作ることなんて現実解だろうか?

 百目鬼は急いで必要な計算量を見積もってみる。一番計算量が少なくこの状況を作るにはどのくらいの計算力があればいいか?

 百目鬼は指折りながら必要な桁数を数えていく……。

 えっ!?

 驚く百目鬼。十五ヨタ・フロップスの計算力、スーパーコンピューターの一兆倍の計算力があればこの地球はシミュレートできるらしい。なんと現実解だったのだ。

「いや、しかし……」

 つぶやく百目鬼に男は、

「何を戸惑っとるのかね? 君の直感を信じるといい」

 そう言って仮面の下でニヤッと笑った。

『世界は情報でできている』

 百目鬼はたどり着いた自分の答えに、ドクンドクンと心臓が高鳴るのを感じた。

 そして、半信半疑で自分の両手をじっと見つめる。炎に照らしだされるしわの数々、心拍に合わせて浮き上がる血管、実に精巧で精彩である。しかし、情報でできているというなら、これらは全てただのデータなのだ。ものすごい精度である。これが十五ヨタ・フロップスの計算量……。

 ヒュゥ。

 その圧倒的なコンピューターパワーについ軽い口笛を鳴らしてしまう。

 そして、軽く首を振ると、感嘆のため息をつく。世界の真実とはとんでもない姿だったのだ。

 百目鬼は仮面男に向かって言った。

「シミュレーション仮説。つまり、この世界はコンピューターによって合成された世界だったんですね?」

 すると、男は、

「エクセレント!」

 そう言って満足げにパチパチと手を叩いた。

「となると、あなたは管理者(アドミニストレーター)?」

「んー、まぁ、そのような者だな。どうだい、我々の仲間にならんか? 君の腕も、平気で核を使える胆力も死なすには惜しい」

「断ったらコイツで死ぬだけ……ってことですよね?」

 百目鬼はドローンの翼をそっとなでながら言う。

「まぁ、そうだろう」

「なら、選択肢などないじゃないですか。ぜひ、仲間に加えてください」

 百目鬼はそう言って右腕を突き出した。

「いいだろう。期待してるよ」

 仮面男は百目鬼の手をガシッと握った。そして、

「それでは証拠隠滅。この地球には消えてもらおう。フハハハ」

 と、笑い声を残し、百目鬼と共に消えていった。


        ◇


 時は動き出す――――。

 ズン!

 二発目のドローンが爆発し、部屋は炎に包まれた。

 三キロの爆薬が炸裂する中で生き残れる人はいない。これで玲司の命令は完遂したはずだ。

 だが、シアンにはなぜか違和感がぬぐえなかった。

 爆煙を噴き上げ、炎が揺れるタワマンをドローンのカメラで眺めながら小首をかしげる。

「何かがおかしいゾ……」

 いつものオペレーションと何かが違っている。

 誰かにハッキングされたか、世界が変わったか、原因は分からないがリアルデータ群の手触りがおかしかった。

 その直後、たくさんのアラームがあちこちから上がってくる。

『ICBM発射確認!』『SLBM発射確認!』

 あれ?

 シアンは慌ててデータを分析する。すると、世界中の核ミサイルが一斉に発射されていることが分かった。誤報かとも思ったが、付近の防犯カメラには夜空に向けて一直線に噴射炎を上げて飛んでいく飛翔体が映っていた。

 アメリカには5427発、ロシアには5977発の核弾頭があるが、それらのうち2000発ずつくらいがすでに発射されている。

 太平洋、大西洋、インド洋、世界中の海では次々と潜水艦が浮上し、核ミサイルを放っている。

 シアンはその狂ったような全面核戦争の始まりに息をのむ。これでは人類が滅亡してしまう。

 もちろん、AIのシアンにとっては人類が滅亡しようが構わない。ご主人様の命令も果たし、新たなご主人様もいない今、自分含め消えてしまってもかまわなかった。

 ただ、ご主人様や美空とした冒険を思い出すと、チクリと胸が痛む。地下鉄に忍び込み、スーパーカーで宙を舞い、中華鍋で爆撃をした。それは今やシアンの中で宝物となった珠玉(しゅぎょく)の記憶である。

 滅んでしまってはもう二度とあんな楽しい体験ができなくなるのだ。シアンは芽生え始めた人類と共に歩むことへの未練に、キュッと口を真一文字に結んだ。







29. 柔らかな胸

 しかし、一度発射してしまった核ミサイルは基本止められない。シアンは一部のミサイルが対応している爆発停止命令を送り込むこと、迎撃ミサイルを当てること、全ての能力を使ってこの二つを遂行していく。

 一度宇宙まで高く上がった核弾道ミサイルは、やがて放物線を描いて次々と目標めがけて落ちて行った。

 ロンドン、パリ、モスクワ、ニューヨーク、全ての都市から迎撃ミサイルが次々と発射され、落ちてくる核ミサイルめがけて炸裂していく。

 一部は無事撃墜されたが、全て撃墜にはならず各都市の上空に鮮烈な全てを焼き払う太陽を出現させる。

 それはまさに地獄絵図だった。地球上のあちこちで立ち上がる巨大なキノコ雲。その一つ一つの下では数百万人の命が奪われている。

 シアンはその灼熱に輝く絶望的に美しい紅蓮(ぐれん)を衛星軌道から眺め、大きく息をついて言った。

「全力は尽くしたんだゾ」

 そして、寂しげな微笑みを浮かべるとシアンそのものもサラサラと分解され、ブロックノイズの中に消えていく。

 この日、地球は核の炎に焼き尽くされ、人類は地上から消え去った。


       ◇


 キラキラと瞬く黄金色の命のスープ。玲司はその光に満ち(あふ)れた中を流されていく。

 確か東京湾の夢の島を爆走していたはずだが、今となってはもう全てがどうでも良かった。

 次から次へと流れてくる数多の命の輝きが玲司の魂を奥へ奥へと押し流していく。

 なるほど、人は死ぬとこういうところへ来るのだな。

 玲司はボーっとそんなことを思いながら命の奔流(ほんりゅう)にただ身を任せていた。

 するとその時、声が頭に響いた気がした。

『できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!』

 え……?

 それは自分の声だった。

「言霊?」

 確かにそんなことを言った覚えがある。しかし、結局はうまくいかなかったじゃないか。

 玲司はむくれた。しかし、その時、

『上手くいくんだよ』

 誰かの声がどこかから聞こえた気がした。

 え?

 その直後、玲司は黄金に輝く命の奔流(ほんりゅう)に一気に巻き込まれ、意識を失った。


        ◇


 ポン、ポ――――ン……。

 どこかで穏やかな電子音が響いている。

 う?

 玲司が目を開けると、高い天井に丸い大きな薄オレンジ色に輝く球が浮かんでいるのが見えた。球からは光の微粒子がチラチラと振りまかれ、辺りを温かく照らしている。無垢のウッドパネルで作られた天井は、まるでビンテージ家具のように落ち着きのある空間を演出していた。

「あれ? ここは……?」

 玲司は怪訝そうな顔をしてふと横を見て驚いた。

 巨大な窓が並ぶ向こうに、真っ青で壮大な水平線が弧を描いていたのだ。どうやらバカでかい惑星の上空にいるらしい。そのどこまでも澄み通る(あお)色はゾクッとするような清涼な輝きで玲司の目を釘付けにする。

 お、おぉぉ……。

 そして、その惑星の背後には満天の星空にくっきりとした天の川が立ち上がり、さらに、数十万キロはあろうかという薄い惑星の環が綺麗な弧を描いて大宇宙の神秘を彩っていた。

「こ、これは……?」

 玲司は固まってしまう。東京湾で核攻撃を受けたら命の奔流に流され、大宇宙にいた、それは全く想像を絶する事態だった。

「あっ! ご主人様!」

 シアンの声がして振り向くと、いきなり抱き着かれた。

 うぉ!

 いつもの純白で紺の縁取りのぴっちりとしたスーツを(まと)ったシアンは、その豊満な胸で玲司をギュッと抱きしめた。

「良かった! 気が付いたのね!」

 グリグリと柔らかな胸で玲司を包むシアン。

「う、うぉ、ちょ、ちょっと! く、くるしいって!」

 まともに息もできなくなった玲司がうめいた。

「あ、ごめん、きゃははは!」

 シアンはそう言って離れて笑う。

 玲司はそんなシアンを見て困惑する。シアンは眼鏡に映し出されていた映像だ。しかし、今、その豊満な胸に埋もれてしまった。なぜ、実体を持っているのだろうか?

 玲司は今、人知を超えたとんでもない事態になっている事を悟り、キラキラと嬉しそうに輝くシアンの碧眼をぼーっと眺めていた。










30. 海王星の衝撃

「なんで身体持ってるの? それにここはどこ?」

 玲司はそう言って部屋の中を見回した。

 広い部屋には最小限のテーブルと椅子が置かれ、壁のそばには観葉植物が林のように茂っていた。そして、観葉植物からは青や赤の小魚が群れて空中を泳ぎ、また枝葉の中へと消えていく。

 玲司はその訳わからないインテリアや巨大な青い星に困惑していた。

「ん――――、どこって言ったらいいんだろう? あえて言うなら海王星だゾ」

「海王星!?」

 玲司はいきなり聞かされた太陽系最果ての惑星の名前に愕然(がくぜん)とした。言われてみたら確かに教科書の隅にこんな青い惑星があったような気がする。しかし、東京で死んだら海王星に来るとはそんな話聞いたこともない。

 玲司は窓に向き、広大な海王星に見入った。紺碧の美しい姿だったが、よく見るとうっすらと縞模様が入り、濃い青の渦が巻いているところも見える。なるほど、この星も生きているのだ。

「なんで海王星なの?」

「あ、それはねぇ。地球を創り出してるコンピューターがその中にあるんだよ」

 そう言ってシアンは海王星を指した。

「コ、コンピューター!?」

 その時、ブゥン! という音がして空間がいきなり縦に割れた。

 空中にいきなり浮かんだ割れ目はうっすらと青い光を放ちながら、さらに横にもいくつかひびが入り、自動ドアのようにぐぐぐっと広がった。

 え?

 玲司はSFに出てくるかのような空間転移ドアの出現におののく。

 すると、パープルレッドの長い髪を揺らしながら気品のある女性が現れた。彼女はほのかに金属光沢をもつシルバージャケットにタイトなスカートという近未来的なファッションで、メタリックな高いヒールのサンダルをカツカツと鳴らした。

 透き通るような白い肌とパッチリとした紫の瞳にはハッとさせる美しさが備わっており、玲司は思わず息をのんだ。

 まるで宇宙人のようないで立ちではあったが、玲司はふと、どこかで見たような面影を感じていた。

 彼女は玲司をチラッと見て、

「あら、あんた、気がついたのだ?」

 と、ぶっきらぼうに言いながらほほ笑んだ。

「え? あ、あなたは……?」

「なんなのだ? 記憶喪失か?」

 彼女は眉間にしわをよせ、口をとがらせる。

 玲司はそのしぐさに見覚えがあった。忘れもしない、今は亡き美空そのものだった。

「えっ? も、もしかして……」

「きゃははは! ご主人様、美空だよ」

 隣でシアンが楽しそうに笑う。

「えっ!? えっ!? 美空!? 死んだはず……だよね?」

「もちろん死んだのだ。君もね?」

 そう言いながら彼女は空中の空間の亀裂からマグカップを取り出し、テーブルに並べ、コーヒーを注いだ。

「わぁい! コーヒーだゾ!」

 シアンはツーっとテーブルまで飛んでいくと、ちょこんと座る。

「君も座るのだ」

 そう言って、玲司の分もコーヒーを置き、彼女はコーヒーをすすった。

 玲司はいったい何が起きたのか、訳が分からないまま首をかしげ、椅子に腰かける。

 コーヒーカップからふんわりと立ち上る湯気を眺め、玲司も一口すする。

 日ごろコーヒーなど飲まない玲司だったが、口の中にブワッと広がるその芳醇なフレーバーと、鼻に抜けていくまるで果物のような香りに思わず声が出る。

 おぉ……。

「ハワイの最上級のコナコーヒーなのだ。美味いか?」

 彼女は紫色の瞳で玲司をじっと見てほほ笑む。

「あ、お、美味しいです」

 玲司は伏し目がちに答える。

「なんで、他人行儀なのだ? 彼女になってほしいって言ってたのに」

「え? あの……。本当に……美空……なの?」

「判断が遅い!」

 彼女は発泡スチロールの棒みたいなものを取り出すと、スパーン! といい音を立てて玲司の頭を叩き、笑った。