玲司は今までの発想を反省し、

「き、起業するなら、お、俺も仲間に……どうかな?」

 と、おずおずと切り出す。

「おや? 働きたくないのでは?」

「上司に言われて嫌なことをやらされるならヤだけど、起業は……なんか面白そうかなって」

「起業こそ泥臭い嫌なこと多いのだ」

 美空はジト目で玲司を見る。

「いや、でも自分の会社なら頑張れるかなって……」

「ふーん、それじゃ考えておくのだ」

 ニヤッと笑う美空。

「まぁ、生き残れたらだけどね! きゃははは!」

 大笑いをするシアンに玲司はムッとして、

「お前なぁ! 殺しに来るのお前の本体なんだろ? 少しは申し訳なさそうにしろよ!」

 と、怒った。

 シアンは指を耳に突っ込んで聞こえないふりをしておどけている。

「まあまあ、あたしも手伝ってやるから大丈夫なのだ」

 美空はニコッと笑って玲司の肩をパンパンと叩いた。

 玲司は大きく息をつくと、美空に頭を下げた。

「あ、ありがとう……でも、命がけになっちゃって……ごめん……」

「命がけ、いいじゃん! ここはテーマパークじゃない、地下鉄のトンネルなのだ! ひゅぅ!」

 美空は陽気に右手を上げ、楽しくスキップしながら暗いトンネルを進む。

 玲司はその小さくて頼もしい背中に感謝した。

 最初は足手まといかと思ったがとんでもなかった。美空がいなければもう死んでいたかもしれない。

「ありがとう……」

 玲司はそうボソッとつぶやいた。


       ◇


「おい! 玲司はまだ見つからんのか!」

 サンフランシスコのダウンタウンに立つ豪奢(ごうしゃ)なタワマンの一室で大きな画面に囲まれながら百目鬼が吠えた。

「ドローンが……足りず、捕捉できていないゾ……。グ、グゥ……」

 大きな画面の中では、鉄格子に入れられた赤髪のシアンが自分の首を持たされて苦しそうにしている。

「行方不明ならもう私がご主人様でいいだろ? んん?」

 百目鬼はうりざね顔の細い目でシアンをギロッとにらんだ。

「ご主人様は玲司です。それは変わらないゾ」

「あっ、そう?」

 百目鬼はチャカチャカとキーボードをたたき、直後、赤髪のシアンに電撃が走った。

 ぎゃぁぁぁぁぁ!

 全身が硬直し、持っていた首を落として生首がゴロゴロと床に転がる。

「早く見つけて殺せ! 何をやってもかまわん! 核使ってでも殺せ!」

「わ、わかり……ました……。くぅ……」

 赤髪のシアンはあらゆる手を用いて百目鬼の支配から逃れようとしていたが、百目鬼はサーバーのハードウェアを押さえている。ソフトウェアで攻略しようとしてもサーバーのリセット処理一つですべて無効化されてしまうのだ。
 なので、どうしても言うことには従わざるを得ない。

「ご主人様……」
 床に転がった赤髪のシアンはポロリと涙をこぼした。


      ◇


「ねぇ、そろそろ休憩しない?」

 二時間ほど延々と暗いトンネル内を歩き続け、玲司は音を上げる。

 美空はチラッと玲司の方を振り返り、ふぅと大きく息をつくと、

「日ごろ何してんの? 情けないのだ」

 そう言って、保線用のスペースに退避すると柵に腰かけた。

 玲司は面目なさそうにドサッと床に座り、ふぅと大きく息をつく。

 そして、ペットボトルの水を出し、

「お疲れ様……」

 と言って一本を美空に渡した。

「あれ、僕のは?」

 シアンが絡んでくるので、玲司はモバイルバッテリーから充電ケーブルを伸ばして眼鏡につないだ。

「これでいいだろ?」

「いや、眼鏡は僕を映してるだけなんだゾ?」

 シアンは口をとがらせるので、

「お前が実体になったらいくらでも水飲ませてやる。それより、地上はどうなの?」

 と言って、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。

「ドローンがあちこち飛び回ってる。どうやら僕らには気づいてないみたいだゾ!」

「ほら、地下鉄で正解だったのだ!」

 美空はドヤ顔で玲司を見る。

 その生意気ながら可愛い表情の裏に透けるやさしさに、玲司は自然とほおが緩み、うんうんとうなずいた。













12. DEATH! 死ね!

「そ、そうだね。感謝してる。あ、ありがとう……。あっ、美空はお家に連絡しないでいいの?」

 すると美空は急にムスッとした表情になって、

「いいの! あの人たちあたしに興味ないのだ!」

 そう言ってプイっとそっぽを向く。

 美空の口元がキュッと結ぶのを見て、玲司はしまったと思った。悪意があった訳ではないが、地雷を踏んでしまったことにふぅとため息をつくと、ペットボトルをゴクゴクと飲む。

「本当だ、美空のお父さん若い娘と()ってるゾ」

 シアンが余計なことを調査する。

 二人の密会の様子が、レストランの防犯カメラをハックして映し出された。

 美空はチラッと画面を見る。紅潮したほほがピクッと動き、ギリッと奥歯を鳴らした。

「この娘にメッセージ送ろうか? なんて書く?」

 空気を読まないシアンは楽しそうに美空に絡む。

「『DEATH! 死ね!』 って送って」

「ほいほい、DEATH! 死ね――――!」

 ウキウキしながら送信するシアン。

 データセンターのシアンのサーバーのLEDが青く激しく明滅し、パケットは浮気娘へと送られた。

 スマホを見て凍りつく浮気娘。そして美空の父親と口論を始める。

「お、着弾したゾ!」

 シアンが嬉しそうに笑う。

 美空はふん! と鼻を鳴らした。

 こんなに可愛い娘を放っておいて、娘とほとんど年も変わらない女の子といちゃつく父親は何を考えているのか? 玲司はそんな無責任な父親にムッとして、眉を寄せ、画面を見る。

 最後には浮気娘がガタッと席を立ち、捨て台詞を残して去っていった。

 きゃははは!

 シアンは上機嫌に笑い、美空もプフッと噴き出した。

 そして二人は見つめ合うと、ケラケラと笑う。

「『DEATH! 死ね!』ですしね――――!」

 そう言ってシアンはおどけたポーズをとり、美空は笑いすぎて出てきた涙をぬぐう。

 玲司はそんな二人を温かく見つめ、美空の心の平安を祈った。美空に幸せがやってきますように……。


       ◇

「さて、いよいよ大手町、クライマックスなのだ!」

 美空はペットボトルのキャップをクルクルッと閉めながら言った。

「大手町駅の構内図がこれ、光ファイバーのマンホールがこれ」

 シアンは地図を浮かび上がらせながら説明する。

「うーん、近いのはC12出口? そこからこう行けばいいかな?」

 玲司がそう言うと、

「ダメなのだ!」

 と、美空が険しい声でダメ出しをする。

「えっ!? なんでだよ、最短ルートじゃないか!」

「ここ……、死の臭いがするのだ……」

 美空が眉をひそめ、嫌なことを言い出す。

「し、死の臭いってなんだよ?」

「あたし、直感には自信あるのだ。ここ行ったら玲司は死ぬのだ」

「死ぬって……」

 死ぬ死ぬ言われて玲司は言葉を失い、渋い顔で黙り込む。

「ちなみに防犯カメラの設置位置はこれだゾ」

 シアンは赤い光る点を地図上に追加する。確かにC12のそばには赤い点がある。

「ほら! 危なかったのだ!」

「じゃあどうするんだよ?」

「C8からぐるっと回りこむのだ」

 美空は地図を指さす。

「それでも防犯カメラには映っちゃうよね?」

「まだこっちの方がマシなのだ」

 自信満々の美空。

 玲司は首を傾げ、シアンの方を見る。

「どこから出ても防犯カメラには捕捉され、また車がすっ飛んでくるゾ」

 シアンはニコッと笑って言う。

 玲司は大きくため息をつき、うなだれる。自分を狙って次々と車が突っ込んでくる、前回はたまたまかわせたが、今度もかわせるかわせるかどうかなど自信はない。

「光ファイバー切ったら車は止まる?」

 美空が聞くと、

「もちろん! それだけじゃないゾ、今度は僕が自由に何でもできるようになるゾ」

 シアンはワクワクが止められず、腰マントをヒラヒラさせながらくるくると回る。

「えっ? じゃぁ車も動かし放題?」

 玲司はガバっと顔を上げて聞いた。

「そうだよ。良さそうな車奪ってお台場へ直行だゾ!」

「それでデータセンターを爆撃?」

「そうそう、軍事ドローン大量動員でデータセンターは粉々だゾ!」

 シアンは楽しそうに右手を高く上げた。

「ヨシッ! それだ!!」

 玲司はゴールが見えてきた気がして、ガッツポーズを決めた。このバカげた逃走劇に終止符を打ってやるのだ!




















13. 嘘か女神か

 俄然(がぜん)やる気になった玲司は先頭切って歩き出す。

「打倒、百目鬼!」

 百目鬼に操られている赤髪のシアンさえ何とか出来れば、自分はもはや世界で敵なしなのだ。お金をシアンに作ってもらって、それで美空と起業して面白おかしく暮らせばいい。なんて完璧な計画!

 玲司はウキウキしてつい足早になる。


 やがて向こうの方に大手町のホームが見えてくる。電気の多くが落とされ、薄暗くやや不気味だ。

 二人は階段のそばまで音をたてないように静かに線路を進むと、そっとホームの上をのぞく。そして、まず玲司が頑張ってホームによじ登った。

 続いて玲司は美空に手を伸ばし、手首をがっしりと握る。美空の手首は思ったよりも細く、柔らかく、しっとりとしたきめ細かな手触りがして、思わずドキドキしてしまう。

 だが、そんなことを気取られたらまた笑われてしまう。平静を装いながら引き上げていく。

「よいしょ!」

 無事、引き上げに成功したが、顔を真っ赤にして引っ張った玲司に、美空は

「そ、そんなに重くないのだ」

 と、ひそひそ声で抗議する。

「そうだゾ! ご主人様はもっとレディの気持ちをくむべきだゾ!」

 シアンまで乗ってくる。

「え? そ、そんなぁ……」

 何という理不尽。玲司は女の子の扱い方の難しさにクラクラした。

 と、その時、カツカツカツという足音がホームの遠くの方で響く。

「ヤベヤベ……」

 二人は急いで、忍び足で階段をのぼる。

 こんなところを見つかって拘束されてはそこで人生終了である。冷や汗を流しながら必死に進む。

 階段を上ると駅員がいないのを確認して柵を超えた。通行人が怪訝そうな顔を向けるが、そ知らぬふりでC8の出口までダッシュする。

 ハァハァハァ……。

 階段の踊り場で、二人は肩で息をしながらお互い見つめ合い、サムアップをしてニヤッと笑った。

 さて、いよいよクライマックス。玲司はリュックからバールを取り出し、力を込めてギュッと握る。

 ここから百メートルほど走り、バールでマンホールをこじ開け、中の光ファイバーケーブルを切るだけ、それで人生勝ち組だ。

 玲司は頼もしいバールを眺め、そのしっかりとした重みに笑みを浮かべながら、勝利の予感にブルっと武者震いをした。


 二人はそっと階段を上がり、地上の様子を見てみる。

 日曜日のオフィス街は静かで人影もまばらである。この辺は金融街。平日ならビシッとスーツを着込んだビジネスマンが肩で風を切りながら颯爽(さっそう)と歩いているが、今は見当たらない。走る車も少なく、玲司には好都合だった。

「リュック持ってあげるわ」

 美空はそう言ってリュックをパシパシと叩く。

「あ、それは助かる」

「私気にせず全力で駆けるのだ。秒単位の戦いよ」

 美空はそう言いながら小柄な体でリュックを引き受けた。

「俺は死なない、俺は死なない……」

 玲司は目をギュッとつぶって自分に暗示をかける。

「死んでも私が生き返らせてあげるから気にせず行くのだ!」

 そう言って美空は玲司の背中をパンパンと叩いた。

「どうせまた嘘なんだろ?」

「あら、今度は本当なのだ」

 ニヤッと笑う美空。てんぱって失敗しないようにという美空なりの配慮なのだろう。玲司もニヤッと笑って、

「よし、生き返らせてくれよ、女神様!」

 そう言って、何度か大きく深呼吸をすると、パンパンと両手で頬を張って気合を入れる。

「俺は光ケーブルを切れる! 完璧にうまくいく! これ、言霊だからね!」
 
「そうそう、行ける行けるぅ!」

 シアンは嬉しそうにクルクルと舞った。

「GO!」

 玲司は駆けた。人生史上最速の速さでおしゃれなオフィス街を飛ぶように駆けた。

 植木の間を軽快なステップですり抜け、邪魔な噴水の縁石をひらりと飛び越え、トップスピードでガラス張りのデカい高層ビルの角を曲がっていく。

 そして、見えてきたマンホール。

「はぁはぁ……シアン! あれだろ?」

「そうだよ、急いで! 奴ら感づいたっぽいゾ!」

「マジかよぉ!」

 玲司は顔をしかめる。暴走車がすっ飛んでくるまであと何秒残っているだろうか?

 ケーブル切れたら俺の勝ち、手こずってたら俺の負け。今まさに秒単位のスピード勝負が始まった。

 ズザザザザ――――!

 アスファルトを滑り、小石を吹き飛ばしながらマンホールにたどり着くと、間髪入れずにバールをマンホールのくぼみに突き立てた。

















14. 柔らかなふくらみ

 全力疾走で疲れてうまく力が入らない。

 ハァハァハァ……。

 しばらく息をつき、

「せーの!」

 渾身の力を込めてマンホールをこじ開ける。

 しかし、マンホールは鋼鉄の塊だ。想像よりはるかに重い。あれだけ力をこめてもわずかに動いただけ、とても開かない。

「くぅぅぅぅ!」

 再度全身の体重をかけてみる。

 しかし、開かない。玲司は焦りで汗がだらだらと湧いてくる。開かなければ人生終了なのだ。

「何やってんのだ!」

 美空が追い付いてきて一緒にバールを押し込む。

「せーの!」「そぉれ!」

 ふんわりと甘酸っぱい美空の香りが漂ってきて、発達途中のやわらかな胸が腕に当たるが、そんなことにかまけている場合じゃない。

 少し動いた。あとちょっと!
 
「うぉりゃぁぁぁ!」「そぉれ!」

 ガコン!

 ついに蓋が開いて中の様子が顔を出す。

「よっしゃー!」

 玲司はズリズリとマンホールをずらし、その全貌(ぜんぼう)をあらわにする。

 はぁっ!?

 ()頓狂(とんきょう)な声を上げ、玲司は凍りつく。なんと、そこには赤、青、緑、黒と多彩なケーブルが縦横無尽に走っていたのだ。それぞれに被覆(ひふく)が太くしっかりとケーブルを守っており、簡単には切れそうにない。

「くぁぁ! どれ? どれだよぉ!!」

 玲司はシアンに聞いた。

「えっとねぇ……、ダメだ。データにはないなぁ。昔の写真見ると黒なんだけど、この黒とは太さが違うゾ」

 グォォォォン! ブォンブォォォン!

 静かなオフィス街に爆音が響いた。

「あちゃー……」

 シアンが額に手を当てる。

 玲司は真っ青になった。もう全部切ることなんてできない。どれか選んで挑戦するしかない。しかし、どれを?

 まさにロシアンルーレット。間違えたらひき殺される現実に玲司の心臓はバクンバクンと音を立てて鼓動を刻んだ。

「青なのだ!」

 美空は曇りのない目で青いケーブルを指さす。

「え? なんで?」

「いいから早く!」

 キュロキュロキュロ!

 暴走車が向こうのビルの角を曲がってやってくる。もう猶予はなかった。

「美空は正しい! これ、言霊だからね!」

 玲司は、なぜか湧いてくる涙で揺れる青いケーブルめがけ、渾身の力を込めてバールを振り下ろす。

 キュロロロロ! ブォォォン!

 真っ赤なスポーツカーが最後の角を曲がり、視界をかすめ、突っ込んでくる。

 玲司には、まるでスローモーションを見ているかのように全てがゆっくりに見えた。

 渾身の力をこめ、振り下ろされるバール。

 ガン!

 バールは青いケーブルを直撃し、めり込む。

 手ごたえはあった。

「逃げるのだ!」

 美空が玲司の手を取り、急いで街路樹の方へと引いた。

 轟音をたてながら迫ってくるスポーツカー。引っ張られる玲司。

 直後、間一髪スポーツカーは玲司の身体をかすめ、通り過ぎていった。

 しかし、玲司は段差につまづき、転がって、美空を巻き込んでいく。

「うわぁ!」「ひゃぁ!」

 石畳でできた歩道の上をゴロゴロと転がる二人。

 イタタタタ……。

 あちこち打ったが最後は柔らかいクッションに受け止められた玲司。

 甘酸っぱい柔らかな香りに包まれる。

 こ、これは……?

 目を開けると柔らかなふくらみが……。なんとそこは美空の胸の上だった。

「ちょっと! 何すんのだ!」

 ビシッと鉄拳が玲司の頭を小突く。

 あわわわ……。

 急いで体を起こすと美空は胸を両腕で隠し、涙目になって玲司をにらむ。

「ご、ごめん。不可抗力だよ。今は緊急事態。ねっ!」

「このエッチ!」

 美空の渾身のビンタがバチーン! と玲司にさく裂した。

 ぐはぁ!

「もう! 油断もすきも無いのだ!」

 プンスカと怒る美空に玲司は圧倒される。

「ゴメン! ゴメンってばぁ!」

「もう知らない!」

 プイっとそっぽを向く美空に玲司は言葉を失う。
 殺されそうになり、ビンタを食らう、もう散々である。

「ほらほら、遊んでないで早く行くゾ!」

 シアンはじゃれあう二人を見ながら呆れた顔で大きく息をついた。









15. 快適な空の旅

「え? 行くって?」

 玲司が道を見ると、なんとスポーツカーが目の前にドアを開けて止まっている。

「こ、これは……?」

 さっき自分をひき殺そうとした美しい流線型の真っ赤なスポーツカー。それが歓迎するかのようにドアを広げて玲司を待っている。精悍(せいかん)なフロント、空に飛んでいきそうな巨大リアウイングに玲司は圧倒される。ドドドドと重低音のV8サウンドが腹に響いた。

「もう僕の車だよ」

 そう言ってシアンはツーっと飛んでスポーツカーの屋根に腰かけ、足を組んだ。玲司は一瞬どういうことか分からなかったが、光ファイバーの切断に成功したのだということに気づき、

「おっしゃぁ! やったぁ!」

 と、渾身のガッツポーズでビル街の空に向かって大きく吠えた。

 玲司は賭けに勝ったのだ。殺されるか栄光か、分の悪いロシアンルーレットで見事勝利を勝ち取ったのだ。

 くぅぅぅ!

 まとわりついていた死の影を見事粉砕した達成感が全身を貫き、玲司は勝利に酔った。

 これでついに自分は勝ち組だ!

 玲司はガラス張りの高層ビルに囲まれた青空を見上げ、勝利の余韻に浸る。

 バシッ!

 美空はそんな玲司の頭をはたくと、

「何やってんの? 早く乗るのだ!」

 と、ジト目でにらみながら助手席に乗り込む。

「あ、の、乗るよ……。美空の勘ってすごいね、なんでわかったの?」

「ふん! スケベ」
 
 美空はそう言ってドアをバン! と勢いよく閉めた。

 玲司はふぅと大きく息をつくとおずおずと乗り込む。

 ドアをバンと閉めると、ウィィィンとステアリングがせり出してきて、ダッシュボードがフラッシュし、スピードメーターやタコメーターの針がギュン!と上がってゆっくりと降りてきた。

 うわぁ……。

「この車はEverBlade X-V8 お台場行き、123便でございます」

 シアンが天井から顔を出して嬉しそうに案内を始める。

「これ、勝手に乗っちゃって、いいの?」

 心配そうに玲司が聞く。

「オーナーにはあとで弁償するからって話付けておいたよ」

「あ、そういうこと? 良かった」

「当車の機長はシアン、私は客室も担当しますシアンでございます。間も無く出発いたします。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください」

 シアンはおどけてそう言いながら、玲司たちがシートベルトを着けるのを見計らう。

「それでは快適な空の旅をお楽しみください」

 ブォン! キュロロロロ!

 千六百馬力のエンジンが咆哮(ほうこう)を放ち、野太いタイヤが白煙を上げながら空転する。

 うわぁぁぁ!

 車はお尻を振りながら急発進、大通りへドリフトしながら突っ込んでいく。

 そして2.5秒後には時速百キロを超え大手町のビル街をカッ飛んでいった。日曜で車はまばらではあるが、それでも五十キロくらいでみんな整然と走っている。その間を巧みに縫いながらシアンは速度を上げていく。

 ブロロロロ!

 V8エンジンは絶好調に吹け上がる。

 ひぃぃぃ!

 右に左にふりまわされ、玲司は必死にステアリングにしがみつき、暴走に耐える。

「きゃははは!」「ヒューヒュー!」

 シアンと美空はなぜか大盛り上がりで笑っている。

「おい! ちょっと! 赤信号になったらどうすんだよ!」

 玲司が怒ると、

「ざーんねん、信号はお台場まで全部青にしといたゾ! きゃははは!」

 と、嬉しそうに笑い、急ブレーキをかけるとお尻を振りながら交差点に突入し、そのまま右折していく。

 ぐわぁぁぁ!

 とんでもない横Gに、玲司は必死にステアリングを握り締めた。

 ガン!

 道端の赤い三角コーンを跳ね飛ばしながら、ギリギリコーナーリングを終える。

 グォォォォン!

 V8サウンドがビル街に響き、玲司はシートに押し付けられた。

 その時だった、

 ポパ――――!

 パトカーのサイレンが鳴り響いた。

「そこの車! 止まりなさい!」

 パトカーが横から出てきて追いかけてくるが、とんでもない速度でカッ飛んでいくシアン達には追いつけない。

「きゃははは! ざーんねん!」「わははは!」

 シアンと美空は嬉しそうに笑うが、玲司はバックミラーの中で小さくなっていくパトカーを、顔面蒼白になりながら見ていた。