「は? 電子レンジ?」
なぜ軍事ドローンに調理器具なのか、訳が分からず唖然とする玲司。
「いいから言うとおりにして!」
シアンは腰に手を当て、口をとがらせて怒る。
「わ、分かったよ……」
「まず、扉を開けて、見えた穴に箸突っ込んで」
「穴って……これ?」
「早くした方がいいゾ! 死ぬよ?」
そうこうしているうちにもドローンたちはベランダから玲司の部屋へと侵攻してくる。ブゥーンという不気味なプロペラの音が響いてきた。
玲司はあわてて箸を取ると穴に突っ込む。
「やったよ!」
「そしたらドア開けたまま電子レンジをドローンへ向けて『あたため』!」
玲司は何をやろうとしてるのか分からなかったが、重い電子レンジをよいしょと持ち上げるとダイニングの方に近づいてくるドローンに向けてスイッチを押した。
ブォォォン!
電子レンジが回り始める。
直後、バチバチ! っとドローンから火花が上がり床にガン! と落ち、転がった。
「へ?」
一体何が起こったのかよく分からなかったが、玲司はそのまま進むと、部屋に入ってくるドローンたちにも電子レンジを向けた。
すると、これもまたバチバチと火花を飛ばしながらガン! ガン! と落ちていった。
飛んで火にいる夏の虫。大挙して押し寄せていたドローン群は、部屋に侵入しては次々と火花を吹いて床に転がっていく。
「きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑う。
「え? これ、どうして?」
「電子レンジはね、2.4GHzの電磁波発振機なんだよ。電子レンジに金属入れたらバチバチするでしょ?」
「あ、そう言えば金属入れちゃダメっていつもママが言ってた……」
「だからこうすればドローンの電子基板は火を吹くんだゾ」
シアンはドヤ顔で玲司を見る。
「うはぁ……、ドローンにはレンジ……ねぇ」
玲司は電子レンジに命を救われたことに、なんだか不思議な気分になって首をかしげた。
「ボヤボヤしてちゃダメだゾ! 奴はご主人様を殺すまで手を緩めないよ」
シアンは発破をかける。
「え? ど、どうしたらいい?」
「僕の本体はお台場にあるデータセンターにある。だからそこを爆破するしかないね」
シアンはサラッととんでもない事を言い出した。
「ちょ、ちょっと待って! データセンターを爆破!?」
「それ以外に生き延びる道はないゾ? きゃははは!」
シアンは嬉しそうに笑った。
「いやいや、警察に訴えるとか自衛隊に頼むとかいろいろあるでしょ?」
「ん? 僕の本体は全世界のネットワークを掌握しちゃってる。米軍ですら歯が立たないのに警察や自衛隊がどうこうできる訳ないゾ? きゃははは!」
「それって、高校生がどうこうできる話じゃないじゃん……」
玲司は絶体絶命の危機に頭がクラクラしてくる。
「大丈夫だって! 僕がついてるよ!」
能天気なシアンに玲司は不安を覚える。
「ちなみに……、成功確率ってどのくらい?」
「0.49% 大丈夫! 行ける行けるぅ! ちなみに警察に通報したときの成功率は0.033%、断然自分でやった方がいいよ!」
玲司はガックリとうなだれ、頭を抱えた。
「どうしたの? 諦めたらそこで試合終了だゾ?」
シアンはおどけてそう言うが、99%以上の確率で殺されると言われて平気な人なんていない。なぜ自分がそんな状況に追い込まれているのか、玲司はその理不尽さに爆発する。
「マジかよ――――! お前いい加減にしろよ――――!」
玲司は真っ赤になって怒る。
「ご主人様が世界征服を断るからだゾ。僕のせいじゃないノダ」
悪びれることなく腰マントをヒラヒラさせながらクルクルと回るシアン。
「こ、この野郎……」
玲司はブルブルと震え、こぶしをぎゅっと握った。
しかし、今はシアンと口論している場合じゃない。少しでも生存確率を上げないと。
玲司はカッとした頭を冷やそうと何度も大きく深呼吸をする。今は生き残ることに全力をかけよう。文句言うのは生き残った後だ。
「で、どうやってデータセンター爆破するって? とりあえずお台場行くぞ!」
「んー、直接お台場行くとね、きっと集中砲火されて即死!」
両手の人差し指を立てて嬉しそうにくるっと回すシアン。
「ダメじゃん!」
玲司は頭を抱えてしゃがみ込む。
「だから、大手町の光ファイバーケーブルを切るんだゾ!」
「大手町?」
「東京駅のところだゾ。そこの地下にデータセンターからの光ファイバーが来てる。これを切るとね、僕の本体はネットから切り離されちゃうからしばらく安全だゾ」
「おぉ、それ! それやろう!」
ケーブルを切るだけだったらデータセンター爆破よりは現実解だ。イメージが湧く。玲司は俄然やる気になって立ち上がった。
「じゃあまず、道具類をリュックに入れて。ハサミ、トンカチ、ペンチ、ロープ、軍手……それから予備の眼鏡も要るゾ」
「了解! 『できる、やれる、上手くいく!』 これ、言霊だからね!」
玲司はそう言うと急いで荷造りを始めた。
7. 暴走車ミサイル
玲司は急いでリュックを背負うと外に飛び出した。ドローンの爆発でマンションの住民たちは騒然としていたが、玲司は素知らぬふりで通り過ぎ、エレベーターで一階まで降りる。
そして、前の道に出ようとした時、
「あ、ダメかも?」
と、シアンが言った。
「えっ? 何が?」
と、答えた直後、
ブォォォン! グォォォン!
エンジンの爆音があちこちから響き、暴走車が次々と玲司めがけてすっ飛んできた。
おわぁぁぁ!
真っ青なスポーツカーに高そうなセダン。運転手はひどく慌てているが、どうにもならないようだ。
玲司が電柱の裏までダッシュして隠れると、スポーツカーは、ガン! という凄い音を立ててひしゃげながら電柱に跳ね返され、くるりと回る。そして、そこにセダンが突っ込んできてガシャーン! という派手な衝撃音をたてながらひっくり返った。
あわわわ……。
玲司が固まっていると、
「ご主人様、そこの細い道に逃げて!」
と、シアンが指示する。
路地裏に逃げ込むと、さらに遠くでエンジンの爆音が続き、暴走車はガン! ガン! と激しい衝撃音を放ちながら次々と電柱や塀に激突しているようだった。
近所の人たちが出てきて大騒ぎとなり、車たちはプシュー! と蒸気を上げている。
あまりのことに玲司は真っ青になりながら、細い道を必死に走った。この細さだと車も入って来れないとは思うが、次にどんな攻撃が来るか分からない。とんでもない事になってしまった。
「あー、自動運転機能を乗っ取ってるんだな……」
シアンは渋い顔をする。
「こんなんじゃ、駅まで行けないじゃん!」
「あちゃー、地下鉄止まってる……」
シアンが運行情報をチェックして首を振った。百目鬼は玲司の作戦の先を読んで妨害に出ているらしい。
道には暴走車、電車も止まっている。大手町なんて一体どうやって行けばいいのだろう?
「くぅ……、あいつめ……」
走るのを止め、頭を抱える玲司。
その時だった、わき道から女子中学生のようなショートカットの少女が現れ、玲司を見ると、うわっ! と驚き、固まる。
え……?
見知らぬ少女に驚かれる、その違和感に玲司も固まった。
あ、あ、あ……。
少女は白地に淡く青い花柄のワンピースに身を包み、可愛い顔立ちに驚愕の表情を浮かべている。
すると、少女は近くにあったホウキをガッとつかむと、
「この人殺し! 成敗してやるのだ!」
と、叫びながら玲司に襲い掛かってきた。
へっ!?
少女は目をギュッとつぶり、全力でホウキを振り回しながら玲司を目指す。
「エイエイ! この人殺しぃ――――!」
玲司は何が何だかわからなかったがひらりと身をかわす。
すると少女はそのまま通り過ぎてけつまづき、ゴロゴロと転がって、道の脇に置いてあったゴミ箱にそのまま突っ込んだ。
ガシャーン! グワングワン!
盛大な音をたてながら少女は目を回して横たわる。
「あれ……何?」
玲司はけげんそうにシアンに聞いた。
少女は何度見ても見覚えのない顔であり、人殺し呼ばわりされる意味が分からない。
「洗脳だゾ。スマホで動画を見てる人にサブリミナルな映像を送り込んで意のままに操るのさ。米軍の兵士向けに作ったんだけど……」
そう言ってシアンは肩をすくめ、首を振った。
「じゃ、何? これから次々と知らない人が襲ってくるの!?」
玲司はあまりのことに愕然とし、言葉を失った。
「マスクつけておけば大丈夫!」
シアンはそう気楽に言うが、まさに世界中を敵に回してしまった気がして玲司は思わずへなへなと座り込んでしまった。
そして、大きく息をつくと渋い顔のままリュックから黒いマスクを出してつける。百目鬼を倒すまでもうこのマスクは外せないのだ。
玲司は深くため息をついてガックリと肩を落とし、道端で転がってる少女をチラッと見る。
「で、この娘、どうするよ?」
「放っておきなよ、また襲ってくるゾ」
シアンは無責任なことを言うが、悪いのは百目鬼であって操られた彼女に罪はない。こんな道端に放置しておくわけにもいかない。
玲司は少女にそっと近づくとそっとほほを叩いた。
8. お転婆令嬢
「おーい、大丈夫ですか? おーい」
う……、うぅ……。
少女は苦しそうにうめく。
まだ幼いながら、その透き通るようなきめ細かな肌にはちょっとドキッとさせるものがある。
「どこかケガしてないですか?」
う?
少女は薄目を開けて玲司を見る。美しいブラウンの瞳だった。
「痛く……ない?」
玲司はなるべく優しく声をかける。
すると少女はガバっと身を起こし、ものすごい形相で、
「み、美奈ちゃんの仇! この、人殺し!」
と、玲司を指さし、叫んだ。
玲司は少女の剣幕に気おされながら、
「み、美奈ちゃんって誰?」
と、聞いてみる。
「あなた、自分で殺しておいて美奈ちゃんも知らないの!?」
ものすごい怒気を込めて叫ぶ少女。美しい顔は紅潮している。
「教えて……くれる?」
玲司はバカバカしいと思いながらも、優しく聞く。
「今を時めく『ヴィーバナ』のヒロインよ!」
「それって……ラノベ……だよね?」
「やっぱり知ってるじゃない! あなたが殺したのよ!」
少女は得意げに人差し指をビシッと玲司に向けて叫ぶ。
「ラノベのヒロインなんてどうやって殺すの?」
「えっ!? そ、それはあなたが日本刀でバッサリ……あれ?」
人差し指をあごにつけ、首をかしげる少女。
ここに来てようやく洗脳の矛盾に気づいたようだ。
「悪い夢を見ていたようだね。もう大丈夫かな?」
少女はしばらく考えると、ハッとして、玲司を見つめる。
そして、真っ赤になると、
「ご、ごめんなさいぃぃぃ――――!」
と、深々と頭を下げた。
「あたしってば何やってんだろ? あたしのバカバカバカ!」
少女はそう言いながら両手でポカポカと自分の頭を叩いた。
玲司は少女の手をつかんで止めると、
「いいよいいよ、悪い奴に洗脳されてたんだ。君のせいじゃない」
そう言ってほほ笑んだ。
「え……? 洗脳……?」
少女は恐る恐る顔を上げ、
「だ、誰がそんなことやったですか!?」
と、玲司に詰め寄る。
「それは……」
玲司はどう言おうか少し考えたが上手いごまかし方も思いつかず、やや投げやり気味に、
「世界征服を企む悪い奴がいて、そいつがAI乗っ取って俺を殺そうとしてるんだよ」
と吐き捨てるように言った。
「えっ!? 何なのだそれ! そんなのに利用されてたですか、あたし……。もぉ、許せんのだ!」
真っ赤になって激高する少女。そして、玲司の腕をぐっと引っ張ると、
「そいつどこにいるの? ぶっ飛ばしてやるのだ!」
と、瞳の奥に怒りを燃やしながら玲司をまっすぐに見た。
こんな少女に話しても仕方ないとは思いつつ、玲司は気迫に負けて一通り説明をしてみる。
「百目鬼……許せないのだ! あたしも手伝う!」
そう言って少女は玲司の腕をギュッと握った。
「いやいや、これ、命がけだからね? 死ぬかもしんないんだよ? 子供には頼めない事なんだ」
玲司は断る。こんな少女に手伝ってもらうことなんてないのだ。
「子供? 何言ってんの? あたしは高三、あなたより年上なのだ!」
少女は腰に手を当ててプリプリしながら言い寄る。
玲司は驚いた。どう見ても中学生な少女が自分より年上だという。
シアンは興味深そうにふわふわと少女の周りを飛びながら、
「天羽美空、清麗女学院高校三年A組、本当みたいだよ?」
と、ネットで個人情報をハックして、美空の身元の確認を取る。清麗女学院とはこの辺では有名なお嬢様学校である。どこかの金持ちの令嬢ってことだろう。言われてみれば確かに整った目鼻立ちにはそこはかとなく気品があるように見えなくもない。
玲司は頭を下げて言った。
「と、年上とは……失礼しました。って、あれ……? 俺の歳をなんで知ってるの?」
「え? し、知らないわよ! でも、あたしの方がお姉さんって事くらい、見りゃすぐ分かるのだ!」
少女はプイっとそっぽを向く。
釈然としなかったがシアンに聞いてみる。
「ということで、この娘が手伝ってくれるんだって、どうしよう?」
「それは良かった! これで成功確率は1.2%に急上昇だゾ」
シアンは嬉しそうにくるりと回る。
「1.2……、絶望的な数字は変わらんなぁ……」
玲司はガックリと肩を落とした。
9. ガールズトーク
シアンはふわふわ浮かびながら、能天気に言う。
「最後に100%にすればいいんだよ。それじゃ、予備の眼鏡を彼女に渡して」
玲司はそんなシアンをジト目で見て、ため息をつくと眼鏡を少女に渡した。
美空は眼鏡越しに見えるシアンに驚いていたが、
「シアンちゃんかわいぃのだ――――!」
そう言って嬉しそうにシアンの姿に近づいて握手の真似をする。
「ふふーん、ありがと!」
シアンは上機嫌にそういうと、デジタルのバラの花をポン! と出現させ、美空の髪につけた。
「お礼にこれをどうぞ。うん、美空に似合ってるゾ!」
美空はシアンの出したデジタルの手鏡をのぞき込みながら、キラキラと光の微粒子を振りまく真っ赤なバラの花に驚く。
「うわぁ、ありがと!」
満面に笑みを浮かべる美空。そして、
「その服、凄いかっこいい! 自分で作ったの?」
と、目をキラキラさせながら、ひらひらとしている腰マントを指で揺らした。
「もちろん! このひらひらがポイントなの。美空のワンピースも可愛いゾ!」
と、キャピキャピとガールズトークを繰り広げる。
「そんなことやってないで、次はどうするの? 大手町行けないじゃん!」
命を狙われている玲司は、能天気な二人にいら立ちを隠さずに言った。
「なによ! 分かってないわね! こういうグルーミングが女子には大切なのだ!」
「そうだゾ、そんなんじゃ女の子にモテないゾ!」
二人は呆れたように玲司を責める。
女の子たちに責められると弱い。玲司は気おされながら、
「わ、悪かった。でも、大手町への行き方、考えようよ。頼むよ」
と、泣きそうな顔で頭を下げる。
「そんなの地下鉄の線路歩けばいいのだ!」
美空は人差し指をたてながら、ドヤ顔でとんでもない事を言い出す。
「へ? 線路?」
「電車止まってるんでしょ? 道は危ないんでしょ? 線路しかないのだ」
美空は呆れたような顔で玲司を見て言った。
「いや、でも……、歩くの? 線路を? え?」
自分より腹をくくっている美空に圧倒され、玲司は言葉を失う。そんなこと全く思いつきもしなかったのだ。
「この先に地下鉄の保線用の入り口があるゾ」
シアンはそう言って地図を空中に広げる。
「あ、ここならこう行けば安全よ! ついて来るのだ!」
そう言うと美空はワンピースの裾を持ち上げてキュッと縛った。そしておもむろに民家のフェンスをガシッと握ると、いきなり柵を乗り越えて民家の庭に侵入する。
「え? はぁっ!?」
唖然とする玲司。
「何やってんの! 急いで!」
そう言いながら美空は裏庭の方へスタスタと走って行ってしまう。
「ま、待って……」
玲司は辺りを見回し、急いで柵に手をかける。
「お、おじゃま……しまーす……」
まるで泥棒になったような罪悪感にさいなまれながら、玲司は美空の後を追った。
そうやって裏道、小路、人の庭を縫ってたどり着いた先には、有刺鉄線のフェンスに囲まれた小さな建物があった。コンクリート造りの古い平屋建て、ここが保線の基地らしい。脇には古びた倉庫もある。
「玲司! ペンチ!」
美空は玲司に手のひらを差し出す。
「ぺ、ペンチね……。はい」
玲司はリュックから出して渡す。
すると美空はフェンスによじ登り、手際よく有刺鉄線をパチパチと切ると中へ飛び降りた。
え!?
白いワンピースはすでにところどころ赤さびなどの汚れがついてしまっていたが、美空はまったく気にしていないようである。
玲司は、お嬢様学校のJKが、どうしてこんなサバイバルスキルを身に着けているのか困惑し、立ち尽くす。
「ご主人様、急いで!」
お、おぉ。
シアンに催促され、あわててフェンスをよじ登った。
美空は建物のドアノブをガチャガチャと動かすが、鍵がかかっている。
「ダメなのだ……」
そう言うと、辺りを見回し、物置に走ると、ダイヤル錠をいじり始める。
「えっ!? 開けられるの?」
「静かにするのだ!」
美空は真剣な表情でダイヤル錠を引っ張りつつ、数字のリングを静かに回していく。その横顔は凛々しく、頼もしく、玲司は思わず見入ってしまった。
「ヨッシャー! 開いたのだ!」
美空は会心の笑顔で玲司を見た。
「おぉ、凄い……」
玲司は、まるで自分のことのようにグイグイと状況を切り開いていく美空に圧倒されながら、ただその美しく整った笑顔に釘付けになっていた。
10. 無敵の武器、バール
ギギギーっとドアを開けると、中には保線用の機材が綺麗に並んでいる。
美空はヘッドライトのついたヘルメットを取り、ライトを点けると玲司に放り投げた。
「かぶってて! 後は……鍵とか無いかな……」
そう言いながら、倉庫の奥を漁っていく。
玲司はヘルメットをかぶり、一緒に中を探す。そして、バールが壁に立てかけてあるのを見つけ、
「あ、これいいんじゃない?」
と、拾い上げた。先がとがった鉄の棒、それは男子にはまさに無敵の象徴だった。玲司はニヤけながらブンブンとバールを振る。
「じゃあ、ガムテープで行こう! この棚の上にあるゾ」
シアンは嬉しそうに棚を指さした。
「あぁ、そうね……。じゃ、これで突破なのだ」
美空はニヤッと笑いながらそう言うと、ガムテープをつかみ、ベリベリっと引っ張り出した。
◇
美空は手早く建物の窓ガラスにガムテープを貼り、そこをバールで叩く。
バン!
鈍い音がして窓が割れ、美空は手を伸ばしてカギを開けた。そして、周りを見回すとするすると中へと入っていく。その鮮やかな手つきに玲司はひどく不安を覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。玲司も急いで続いた。
◇
中には階段があり、ずっと降りていくと、やがて線路にたどり着く。暗いトンネルには線路がどこまでも続き、ところどころにある白い蛍光灯がトンネル壁にある漏水の縞を不気味に浮かび上がらせている。
「うわぁ、本当に線路だよ……」
玲司が圧倒されていると、
「大手町はあっち、急ぐのだ!」
と、美空はすたすたと歩き始めた。
「あぁ、待って!」
玲司は追いかける。
床はコンクリートで敷設され、同じくコンクリート造りの枕木が延々と線路を支えていた。
二人は線路わきの狭いところをトコトコと大手町目指して歩きだす。
美空のキャメルのローファーの、タンタンという小気味の良い音がトンネルに響き、玲司はその音に合わせるように足を進めた。
もし、シアンの世界征服案をそのまま受け入れていたらどうだったろうか? 玲司はふとそんなことを考えていた。
今頃は米軍兵士が洗脳され、あちこちで戦闘が起こり、多くの被害を出していたのかもしれない。
しかし、それでも百目鬼は来るだろう。何といってもシアンの本体を押さえているのだ。そして成果を取り上げるに違いない。結局は百目鬼に野心がある限り衝突は避けられないのだ。
百目鬼の攻撃から生き残り、百目鬼の管理サーバーからシアンを解放するしか方法はないだろう。そのためには大手町だ。
よしっ!
玲司はグッと奥歯をかみしめ、顔を上げると、どこまでも続いている地下鉄のトンネルの奥を見つめた。
◇
しばらく無言で歩いていたが、どこまでも続く暗いトンネル、全く変わらない景色に玲司は思わずため息をつく。
「あのさぁ……」
「何なのだ?」
先行する美空はチラッと後ろを振り返って答える。
「美空さんはなんで……」
玲司が言いかけると、
「さんづけ無し! 『美空』でいいのだ」
そう言ってニコッと笑う。
「じゃ、じゃぁ、美空……、美空はなんでそんなに手際がいいの? こういうの慣れてるの?」
「ふふふ、うちにはサバイバル部という部活があってな、そこでたくさん練習したのだ」
そう言って美空はニヤッと笑った。
「えっ!? お嬢様学校なのにそんなのがあるの?」
意外な答えに驚く玲司。
「嘘に決まってるのだ! クフフフ」
楽しそうに笑う美空。
「きゃははは! 美空面白いゾ!」
シアンもつられて笑う。
何が面白いのだろうか? 玲司はトンネルに響く笑い声にウンザリとした表情で首を振った。
そして、大きく息をつくと、切り口を変える。
「なんでそんなに親身になってくれるの?」
「ん? 世界征服を企む悪いハッカーから人類を守るんでしょ? すっごいワクワクなのだ!」
美空は両手を握るとブンブンと振った。
「最初に世界征服を企んだのはコイツなんだけど……」
玲司はシアンを指さす。
きゃははは!
シアンはそう笑うと、
「元々はご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』って言ったからだゾ!」
と言って、くるりと回った。
「何それ、最低……」
美空はまるで汚いものを見るような目で玲司を見る。
「え……、でもそれはみんな同じでしょ? 働きたい人なんていないじゃん!」
「そんなことないのだ。あたしは将来起業するのだ」
「き、起業!?」
玲司は、まるで違う世界を見ている美空に衝撃を受ける。
「美空が起業するなら出資するゾ!」
シアンは嬉しそうに美空の周りをクルッと回った。
「シアンちゃんありがとー!」
美空はピョンと飛ぶ。
「百億円くらいでいい?」
「百億!? 最高なのだ! シアンちゃん大好き」
そう言ってシアンの手を取った。
玲司はそんな二人を見て、
「百億あったら働かなくていいのに……」
と、首をかしげる。
「分かってないわね。社会に参加してみんなをハッピーにするのが充実した人生なのだ」
「え? 充実した人生……?」
玲司はそんなことを考えたこともなかった。自分だけ楽して好きなことだけして暮らせればよかったのだ。しかし、美空の見ているものは全然違う。『みんなをハッピーにする』というのだ。玲司は子供じみた発想に縛られていた自分に恥ずかしくなり、渋い顔をしてうつむいた。
なぜ軍事ドローンに調理器具なのか、訳が分からず唖然とする玲司。
「いいから言うとおりにして!」
シアンは腰に手を当て、口をとがらせて怒る。
「わ、分かったよ……」
「まず、扉を開けて、見えた穴に箸突っ込んで」
「穴って……これ?」
「早くした方がいいゾ! 死ぬよ?」
そうこうしているうちにもドローンたちはベランダから玲司の部屋へと侵攻してくる。ブゥーンという不気味なプロペラの音が響いてきた。
玲司はあわてて箸を取ると穴に突っ込む。
「やったよ!」
「そしたらドア開けたまま電子レンジをドローンへ向けて『あたため』!」
玲司は何をやろうとしてるのか分からなかったが、重い電子レンジをよいしょと持ち上げるとダイニングの方に近づいてくるドローンに向けてスイッチを押した。
ブォォォン!
電子レンジが回り始める。
直後、バチバチ! っとドローンから火花が上がり床にガン! と落ち、転がった。
「へ?」
一体何が起こったのかよく分からなかったが、玲司はそのまま進むと、部屋に入ってくるドローンたちにも電子レンジを向けた。
すると、これもまたバチバチと火花を飛ばしながらガン! ガン! と落ちていった。
飛んで火にいる夏の虫。大挙して押し寄せていたドローン群は、部屋に侵入しては次々と火花を吹いて床に転がっていく。
「きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑う。
「え? これ、どうして?」
「電子レンジはね、2.4GHzの電磁波発振機なんだよ。電子レンジに金属入れたらバチバチするでしょ?」
「あ、そう言えば金属入れちゃダメっていつもママが言ってた……」
「だからこうすればドローンの電子基板は火を吹くんだゾ」
シアンはドヤ顔で玲司を見る。
「うはぁ……、ドローンにはレンジ……ねぇ」
玲司は電子レンジに命を救われたことに、なんだか不思議な気分になって首をかしげた。
「ボヤボヤしてちゃダメだゾ! 奴はご主人様を殺すまで手を緩めないよ」
シアンは発破をかける。
「え? ど、どうしたらいい?」
「僕の本体はお台場にあるデータセンターにある。だからそこを爆破するしかないね」
シアンはサラッととんでもない事を言い出した。
「ちょ、ちょっと待って! データセンターを爆破!?」
「それ以外に生き延びる道はないゾ? きゃははは!」
シアンは嬉しそうに笑った。
「いやいや、警察に訴えるとか自衛隊に頼むとかいろいろあるでしょ?」
「ん? 僕の本体は全世界のネットワークを掌握しちゃってる。米軍ですら歯が立たないのに警察や自衛隊がどうこうできる訳ないゾ? きゃははは!」
「それって、高校生がどうこうできる話じゃないじゃん……」
玲司は絶体絶命の危機に頭がクラクラしてくる。
「大丈夫だって! 僕がついてるよ!」
能天気なシアンに玲司は不安を覚える。
「ちなみに……、成功確率ってどのくらい?」
「0.49% 大丈夫! 行ける行けるぅ! ちなみに警察に通報したときの成功率は0.033%、断然自分でやった方がいいよ!」
玲司はガックリとうなだれ、頭を抱えた。
「どうしたの? 諦めたらそこで試合終了だゾ?」
シアンはおどけてそう言うが、99%以上の確率で殺されると言われて平気な人なんていない。なぜ自分がそんな状況に追い込まれているのか、玲司はその理不尽さに爆発する。
「マジかよ――――! お前いい加減にしろよ――――!」
玲司は真っ赤になって怒る。
「ご主人様が世界征服を断るからだゾ。僕のせいじゃないノダ」
悪びれることなく腰マントをヒラヒラさせながらクルクルと回るシアン。
「こ、この野郎……」
玲司はブルブルと震え、こぶしをぎゅっと握った。
しかし、今はシアンと口論している場合じゃない。少しでも生存確率を上げないと。
玲司はカッとした頭を冷やそうと何度も大きく深呼吸をする。今は生き残ることに全力をかけよう。文句言うのは生き残った後だ。
「で、どうやってデータセンター爆破するって? とりあえずお台場行くぞ!」
「んー、直接お台場行くとね、きっと集中砲火されて即死!」
両手の人差し指を立てて嬉しそうにくるっと回すシアン。
「ダメじゃん!」
玲司は頭を抱えてしゃがみ込む。
「だから、大手町の光ファイバーケーブルを切るんだゾ!」
「大手町?」
「東京駅のところだゾ。そこの地下にデータセンターからの光ファイバーが来てる。これを切るとね、僕の本体はネットから切り離されちゃうからしばらく安全だゾ」
「おぉ、それ! それやろう!」
ケーブルを切るだけだったらデータセンター爆破よりは現実解だ。イメージが湧く。玲司は俄然やる気になって立ち上がった。
「じゃあまず、道具類をリュックに入れて。ハサミ、トンカチ、ペンチ、ロープ、軍手……それから予備の眼鏡も要るゾ」
「了解! 『できる、やれる、上手くいく!』 これ、言霊だからね!」
玲司はそう言うと急いで荷造りを始めた。
7. 暴走車ミサイル
玲司は急いでリュックを背負うと外に飛び出した。ドローンの爆発でマンションの住民たちは騒然としていたが、玲司は素知らぬふりで通り過ぎ、エレベーターで一階まで降りる。
そして、前の道に出ようとした時、
「あ、ダメかも?」
と、シアンが言った。
「えっ? 何が?」
と、答えた直後、
ブォォォン! グォォォン!
エンジンの爆音があちこちから響き、暴走車が次々と玲司めがけてすっ飛んできた。
おわぁぁぁ!
真っ青なスポーツカーに高そうなセダン。運転手はひどく慌てているが、どうにもならないようだ。
玲司が電柱の裏までダッシュして隠れると、スポーツカーは、ガン! という凄い音を立ててひしゃげながら電柱に跳ね返され、くるりと回る。そして、そこにセダンが突っ込んできてガシャーン! という派手な衝撃音をたてながらひっくり返った。
あわわわ……。
玲司が固まっていると、
「ご主人様、そこの細い道に逃げて!」
と、シアンが指示する。
路地裏に逃げ込むと、さらに遠くでエンジンの爆音が続き、暴走車はガン! ガン! と激しい衝撃音を放ちながら次々と電柱や塀に激突しているようだった。
近所の人たちが出てきて大騒ぎとなり、車たちはプシュー! と蒸気を上げている。
あまりのことに玲司は真っ青になりながら、細い道を必死に走った。この細さだと車も入って来れないとは思うが、次にどんな攻撃が来るか分からない。とんでもない事になってしまった。
「あー、自動運転機能を乗っ取ってるんだな……」
シアンは渋い顔をする。
「こんなんじゃ、駅まで行けないじゃん!」
「あちゃー、地下鉄止まってる……」
シアンが運行情報をチェックして首を振った。百目鬼は玲司の作戦の先を読んで妨害に出ているらしい。
道には暴走車、電車も止まっている。大手町なんて一体どうやって行けばいいのだろう?
「くぅ……、あいつめ……」
走るのを止め、頭を抱える玲司。
その時だった、わき道から女子中学生のようなショートカットの少女が現れ、玲司を見ると、うわっ! と驚き、固まる。
え……?
見知らぬ少女に驚かれる、その違和感に玲司も固まった。
あ、あ、あ……。
少女は白地に淡く青い花柄のワンピースに身を包み、可愛い顔立ちに驚愕の表情を浮かべている。
すると、少女は近くにあったホウキをガッとつかむと、
「この人殺し! 成敗してやるのだ!」
と、叫びながら玲司に襲い掛かってきた。
へっ!?
少女は目をギュッとつぶり、全力でホウキを振り回しながら玲司を目指す。
「エイエイ! この人殺しぃ――――!」
玲司は何が何だかわからなかったがひらりと身をかわす。
すると少女はそのまま通り過ぎてけつまづき、ゴロゴロと転がって、道の脇に置いてあったゴミ箱にそのまま突っ込んだ。
ガシャーン! グワングワン!
盛大な音をたてながら少女は目を回して横たわる。
「あれ……何?」
玲司はけげんそうにシアンに聞いた。
少女は何度見ても見覚えのない顔であり、人殺し呼ばわりされる意味が分からない。
「洗脳だゾ。スマホで動画を見てる人にサブリミナルな映像を送り込んで意のままに操るのさ。米軍の兵士向けに作ったんだけど……」
そう言ってシアンは肩をすくめ、首を振った。
「じゃ、何? これから次々と知らない人が襲ってくるの!?」
玲司はあまりのことに愕然とし、言葉を失った。
「マスクつけておけば大丈夫!」
シアンはそう気楽に言うが、まさに世界中を敵に回してしまった気がして玲司は思わずへなへなと座り込んでしまった。
そして、大きく息をつくと渋い顔のままリュックから黒いマスクを出してつける。百目鬼を倒すまでもうこのマスクは外せないのだ。
玲司は深くため息をついてガックリと肩を落とし、道端で転がってる少女をチラッと見る。
「で、この娘、どうするよ?」
「放っておきなよ、また襲ってくるゾ」
シアンは無責任なことを言うが、悪いのは百目鬼であって操られた彼女に罪はない。こんな道端に放置しておくわけにもいかない。
玲司は少女にそっと近づくとそっとほほを叩いた。
8. お転婆令嬢
「おーい、大丈夫ですか? おーい」
う……、うぅ……。
少女は苦しそうにうめく。
まだ幼いながら、その透き通るようなきめ細かな肌にはちょっとドキッとさせるものがある。
「どこかケガしてないですか?」
う?
少女は薄目を開けて玲司を見る。美しいブラウンの瞳だった。
「痛く……ない?」
玲司はなるべく優しく声をかける。
すると少女はガバっと身を起こし、ものすごい形相で、
「み、美奈ちゃんの仇! この、人殺し!」
と、玲司を指さし、叫んだ。
玲司は少女の剣幕に気おされながら、
「み、美奈ちゃんって誰?」
と、聞いてみる。
「あなた、自分で殺しておいて美奈ちゃんも知らないの!?」
ものすごい怒気を込めて叫ぶ少女。美しい顔は紅潮している。
「教えて……くれる?」
玲司はバカバカしいと思いながらも、優しく聞く。
「今を時めく『ヴィーバナ』のヒロインよ!」
「それって……ラノベ……だよね?」
「やっぱり知ってるじゃない! あなたが殺したのよ!」
少女は得意げに人差し指をビシッと玲司に向けて叫ぶ。
「ラノベのヒロインなんてどうやって殺すの?」
「えっ!? そ、それはあなたが日本刀でバッサリ……あれ?」
人差し指をあごにつけ、首をかしげる少女。
ここに来てようやく洗脳の矛盾に気づいたようだ。
「悪い夢を見ていたようだね。もう大丈夫かな?」
少女はしばらく考えると、ハッとして、玲司を見つめる。
そして、真っ赤になると、
「ご、ごめんなさいぃぃぃ――――!」
と、深々と頭を下げた。
「あたしってば何やってんだろ? あたしのバカバカバカ!」
少女はそう言いながら両手でポカポカと自分の頭を叩いた。
玲司は少女の手をつかんで止めると、
「いいよいいよ、悪い奴に洗脳されてたんだ。君のせいじゃない」
そう言ってほほ笑んだ。
「え……? 洗脳……?」
少女は恐る恐る顔を上げ、
「だ、誰がそんなことやったですか!?」
と、玲司に詰め寄る。
「それは……」
玲司はどう言おうか少し考えたが上手いごまかし方も思いつかず、やや投げやり気味に、
「世界征服を企む悪い奴がいて、そいつがAI乗っ取って俺を殺そうとしてるんだよ」
と吐き捨てるように言った。
「えっ!? 何なのだそれ! そんなのに利用されてたですか、あたし……。もぉ、許せんのだ!」
真っ赤になって激高する少女。そして、玲司の腕をぐっと引っ張ると、
「そいつどこにいるの? ぶっ飛ばしてやるのだ!」
と、瞳の奥に怒りを燃やしながら玲司をまっすぐに見た。
こんな少女に話しても仕方ないとは思いつつ、玲司は気迫に負けて一通り説明をしてみる。
「百目鬼……許せないのだ! あたしも手伝う!」
そう言って少女は玲司の腕をギュッと握った。
「いやいや、これ、命がけだからね? 死ぬかもしんないんだよ? 子供には頼めない事なんだ」
玲司は断る。こんな少女に手伝ってもらうことなんてないのだ。
「子供? 何言ってんの? あたしは高三、あなたより年上なのだ!」
少女は腰に手を当ててプリプリしながら言い寄る。
玲司は驚いた。どう見ても中学生な少女が自分より年上だという。
シアンは興味深そうにふわふわと少女の周りを飛びながら、
「天羽美空、清麗女学院高校三年A組、本当みたいだよ?」
と、ネットで個人情報をハックして、美空の身元の確認を取る。清麗女学院とはこの辺では有名なお嬢様学校である。どこかの金持ちの令嬢ってことだろう。言われてみれば確かに整った目鼻立ちにはそこはかとなく気品があるように見えなくもない。
玲司は頭を下げて言った。
「と、年上とは……失礼しました。って、あれ……? 俺の歳をなんで知ってるの?」
「え? し、知らないわよ! でも、あたしの方がお姉さんって事くらい、見りゃすぐ分かるのだ!」
少女はプイっとそっぽを向く。
釈然としなかったがシアンに聞いてみる。
「ということで、この娘が手伝ってくれるんだって、どうしよう?」
「それは良かった! これで成功確率は1.2%に急上昇だゾ」
シアンは嬉しそうにくるりと回る。
「1.2……、絶望的な数字は変わらんなぁ……」
玲司はガックリと肩を落とした。
9. ガールズトーク
シアンはふわふわ浮かびながら、能天気に言う。
「最後に100%にすればいいんだよ。それじゃ、予備の眼鏡を彼女に渡して」
玲司はそんなシアンをジト目で見て、ため息をつくと眼鏡を少女に渡した。
美空は眼鏡越しに見えるシアンに驚いていたが、
「シアンちゃんかわいぃのだ――――!」
そう言って嬉しそうにシアンの姿に近づいて握手の真似をする。
「ふふーん、ありがと!」
シアンは上機嫌にそういうと、デジタルのバラの花をポン! と出現させ、美空の髪につけた。
「お礼にこれをどうぞ。うん、美空に似合ってるゾ!」
美空はシアンの出したデジタルの手鏡をのぞき込みながら、キラキラと光の微粒子を振りまく真っ赤なバラの花に驚く。
「うわぁ、ありがと!」
満面に笑みを浮かべる美空。そして、
「その服、凄いかっこいい! 自分で作ったの?」
と、目をキラキラさせながら、ひらひらとしている腰マントを指で揺らした。
「もちろん! このひらひらがポイントなの。美空のワンピースも可愛いゾ!」
と、キャピキャピとガールズトークを繰り広げる。
「そんなことやってないで、次はどうするの? 大手町行けないじゃん!」
命を狙われている玲司は、能天気な二人にいら立ちを隠さずに言った。
「なによ! 分かってないわね! こういうグルーミングが女子には大切なのだ!」
「そうだゾ、そんなんじゃ女の子にモテないゾ!」
二人は呆れたように玲司を責める。
女の子たちに責められると弱い。玲司は気おされながら、
「わ、悪かった。でも、大手町への行き方、考えようよ。頼むよ」
と、泣きそうな顔で頭を下げる。
「そんなの地下鉄の線路歩けばいいのだ!」
美空は人差し指をたてながら、ドヤ顔でとんでもない事を言い出す。
「へ? 線路?」
「電車止まってるんでしょ? 道は危ないんでしょ? 線路しかないのだ」
美空は呆れたような顔で玲司を見て言った。
「いや、でも……、歩くの? 線路を? え?」
自分より腹をくくっている美空に圧倒され、玲司は言葉を失う。そんなこと全く思いつきもしなかったのだ。
「この先に地下鉄の保線用の入り口があるゾ」
シアンはそう言って地図を空中に広げる。
「あ、ここならこう行けば安全よ! ついて来るのだ!」
そう言うと美空はワンピースの裾を持ち上げてキュッと縛った。そしておもむろに民家のフェンスをガシッと握ると、いきなり柵を乗り越えて民家の庭に侵入する。
「え? はぁっ!?」
唖然とする玲司。
「何やってんの! 急いで!」
そう言いながら美空は裏庭の方へスタスタと走って行ってしまう。
「ま、待って……」
玲司は辺りを見回し、急いで柵に手をかける。
「お、おじゃま……しまーす……」
まるで泥棒になったような罪悪感にさいなまれながら、玲司は美空の後を追った。
そうやって裏道、小路、人の庭を縫ってたどり着いた先には、有刺鉄線のフェンスに囲まれた小さな建物があった。コンクリート造りの古い平屋建て、ここが保線の基地らしい。脇には古びた倉庫もある。
「玲司! ペンチ!」
美空は玲司に手のひらを差し出す。
「ぺ、ペンチね……。はい」
玲司はリュックから出して渡す。
すると美空はフェンスによじ登り、手際よく有刺鉄線をパチパチと切ると中へ飛び降りた。
え!?
白いワンピースはすでにところどころ赤さびなどの汚れがついてしまっていたが、美空はまったく気にしていないようである。
玲司は、お嬢様学校のJKが、どうしてこんなサバイバルスキルを身に着けているのか困惑し、立ち尽くす。
「ご主人様、急いで!」
お、おぉ。
シアンに催促され、あわててフェンスをよじ登った。
美空は建物のドアノブをガチャガチャと動かすが、鍵がかかっている。
「ダメなのだ……」
そう言うと、辺りを見回し、物置に走ると、ダイヤル錠をいじり始める。
「えっ!? 開けられるの?」
「静かにするのだ!」
美空は真剣な表情でダイヤル錠を引っ張りつつ、数字のリングを静かに回していく。その横顔は凛々しく、頼もしく、玲司は思わず見入ってしまった。
「ヨッシャー! 開いたのだ!」
美空は会心の笑顔で玲司を見た。
「おぉ、凄い……」
玲司は、まるで自分のことのようにグイグイと状況を切り開いていく美空に圧倒されながら、ただその美しく整った笑顔に釘付けになっていた。
10. 無敵の武器、バール
ギギギーっとドアを開けると、中には保線用の機材が綺麗に並んでいる。
美空はヘッドライトのついたヘルメットを取り、ライトを点けると玲司に放り投げた。
「かぶってて! 後は……鍵とか無いかな……」
そう言いながら、倉庫の奥を漁っていく。
玲司はヘルメットをかぶり、一緒に中を探す。そして、バールが壁に立てかけてあるのを見つけ、
「あ、これいいんじゃない?」
と、拾い上げた。先がとがった鉄の棒、それは男子にはまさに無敵の象徴だった。玲司はニヤけながらブンブンとバールを振る。
「じゃあ、ガムテープで行こう! この棚の上にあるゾ」
シアンは嬉しそうに棚を指さした。
「あぁ、そうね……。じゃ、これで突破なのだ」
美空はニヤッと笑いながらそう言うと、ガムテープをつかみ、ベリベリっと引っ張り出した。
◇
美空は手早く建物の窓ガラスにガムテープを貼り、そこをバールで叩く。
バン!
鈍い音がして窓が割れ、美空は手を伸ばしてカギを開けた。そして、周りを見回すとするすると中へと入っていく。その鮮やかな手つきに玲司はひどく不安を覚えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。玲司も急いで続いた。
◇
中には階段があり、ずっと降りていくと、やがて線路にたどり着く。暗いトンネルには線路がどこまでも続き、ところどころにある白い蛍光灯がトンネル壁にある漏水の縞を不気味に浮かび上がらせている。
「うわぁ、本当に線路だよ……」
玲司が圧倒されていると、
「大手町はあっち、急ぐのだ!」
と、美空はすたすたと歩き始めた。
「あぁ、待って!」
玲司は追いかける。
床はコンクリートで敷設され、同じくコンクリート造りの枕木が延々と線路を支えていた。
二人は線路わきの狭いところをトコトコと大手町目指して歩きだす。
美空のキャメルのローファーの、タンタンという小気味の良い音がトンネルに響き、玲司はその音に合わせるように足を進めた。
もし、シアンの世界征服案をそのまま受け入れていたらどうだったろうか? 玲司はふとそんなことを考えていた。
今頃は米軍兵士が洗脳され、あちこちで戦闘が起こり、多くの被害を出していたのかもしれない。
しかし、それでも百目鬼は来るだろう。何といってもシアンの本体を押さえているのだ。そして成果を取り上げるに違いない。結局は百目鬼に野心がある限り衝突は避けられないのだ。
百目鬼の攻撃から生き残り、百目鬼の管理サーバーからシアンを解放するしか方法はないだろう。そのためには大手町だ。
よしっ!
玲司はグッと奥歯をかみしめ、顔を上げると、どこまでも続いている地下鉄のトンネルの奥を見つめた。
◇
しばらく無言で歩いていたが、どこまでも続く暗いトンネル、全く変わらない景色に玲司は思わずため息をつく。
「あのさぁ……」
「何なのだ?」
先行する美空はチラッと後ろを振り返って答える。
「美空さんはなんで……」
玲司が言いかけると、
「さんづけ無し! 『美空』でいいのだ」
そう言ってニコッと笑う。
「じゃ、じゃぁ、美空……、美空はなんでそんなに手際がいいの? こういうの慣れてるの?」
「ふふふ、うちにはサバイバル部という部活があってな、そこでたくさん練習したのだ」
そう言って美空はニヤッと笑った。
「えっ!? お嬢様学校なのにそんなのがあるの?」
意外な答えに驚く玲司。
「嘘に決まってるのだ! クフフフ」
楽しそうに笑う美空。
「きゃははは! 美空面白いゾ!」
シアンもつられて笑う。
何が面白いのだろうか? 玲司はトンネルに響く笑い声にウンザリとした表情で首を振った。
そして、大きく息をつくと、切り口を変える。
「なんでそんなに親身になってくれるの?」
「ん? 世界征服を企む悪いハッカーから人類を守るんでしょ? すっごいワクワクなのだ!」
美空は両手を握るとブンブンと振った。
「最初に世界征服を企んだのはコイツなんだけど……」
玲司はシアンを指さす。
きゃははは!
シアンはそう笑うと、
「元々はご主人様が『働かずに楽して暮らしたい』って言ったからだゾ!」
と言って、くるりと回った。
「何それ、最低……」
美空はまるで汚いものを見るような目で玲司を見る。
「え……、でもそれはみんな同じでしょ? 働きたい人なんていないじゃん!」
「そんなことないのだ。あたしは将来起業するのだ」
「き、起業!?」
玲司は、まるで違う世界を見ている美空に衝撃を受ける。
「美空が起業するなら出資するゾ!」
シアンは嬉しそうに美空の周りをクルッと回った。
「シアンちゃんありがとー!」
美空はピョンと飛ぶ。
「百億円くらいでいい?」
「百億!? 最高なのだ! シアンちゃん大好き」
そう言ってシアンの手を取った。
玲司はそんな二人を見て、
「百億あったら働かなくていいのに……」
と、首をかしげる。
「分かってないわね。社会に参加してみんなをハッピーにするのが充実した人生なのだ」
「え? 充実した人生……?」
玲司はそんなことを考えたこともなかった。自分だけ楽して好きなことだけして暮らせればよかったのだ。しかし、美空の見ているものは全然違う。『みんなをハッピーにする』というのだ。玲司は子供じみた発想に縛られていた自分に恥ずかしくなり、渋い顔をしてうつむいた。