「おまえさぁ、毎回失敗してない?」
玲司は水が飛んでこないように身構えながら言った。
「なんかこううまく劇的な登場をね、考えているんだけど、なかなか難しいんだゾ」
そう言うとシアンは、濡れた犬が水を払うようにブルブルと身を震わせて辺りに水滴をまき散らした。
「おわ――――! 止めろって! 普通に来いよ!」
玲司は頭を抱えて顔を背けながら言った。
「ハーイ!」
シアンはニコニコして答えるが、きっと次も失敗するだろう。
「で、何が大変なんだ?」
玲司は呆れた顔で言った。
「あー、南極にデカいカニが出たんだゾ!」
「カニ? そんなの捕まえて食べちゃえば?」
「それが全長百キロあるんだよねぇ」
シアンは小首をかしげて言う。
「百キロ!?」
玲司は絶句する。百キロと言えば関東平野を覆うくらいのサイズである。なぜそんなカニが……。
「ご主人様、また余計なこと口走ったでしょ?」
シアンがジト目で玲司を見る。
「え? カニで?」
「あ、あれじゃない? 昨日『でっかいカニをたらふく食いてーな』とか何とか言ってたのだ」
ミィは宙を見上げ、思い出しながら言った。
「アチャー」
シアンは額に手を当てて宙を仰ぐ。
「いやいや、デカいカニって言っただけじゃん! 百キロなんて言ってないよ!」
「ご主人様、そういうのはカニを退治してからにして」
シアンは人差し指を立てて眉をひそめながら言った。
「えー。シアン退治してきてよ」
「半径百キロくらい焼け野原にしていいならやるゾ」
ニヤッと笑うシアン。しかしそんなことやられたら海面が酷く上昇してしまう。
玲司は首を振り、目をつぶると、人差し指を立てた手をグッと掲げていった。
「じゃあこうしよう! 『カニは消える、きれいさっぱり』!」
シアンは画面を浮かべ、カニの様子をLIVEで表示するが……、
「消えないゾ」
と、ジト目で玲司を見る。
「えぇ? おかしいな。『カニは消えるぅ、消えるぅ』!」
しかし、カニは消えなかった。
すると、ミレィが画面を指さして「キャハッ!」と上機嫌で笑った。
直後カニは浮かび上がり始め、どんどんと高度を上げていく。
「は? どういうこと?」
玲司はけげんそうな顔で、無邪気に両手をブンブンと振り回しているミレィを眺める。玲司の言葉は効かないのに、赤ちゃんの動きにはリンクしているのだ。
するとミレィは「キャッハー!」と笑いながら両手をパッと大空に向けた。
ズン!
地震のような振動が森全体に走り、空が真っ暗になる。
「な、なんだこれは!?」
玲司は慌てて空を眺める。そこには空を覆いつくす巨大構造物が展開されていた。
「あぁ、カニだゾ」
シアンは宇宙からのEverzaの映像を映す。そこには立派なズワイガニが大地を覆っている様が映っていた。そのサイズは二百キロはあるだろうか?
玲司はミィと顔を見合わせて言葉を失う。
確定者の権能がミレィに移行してしまったようだった。より正確に言うと、権能がミレィに移行した宇宙に分岐したのだ。
玲司はスマホを取り出すとレヴィアを呼び出す。
空中にパカッと画面が開き、
「はいはーい、なんぞあったかな?」
寝ぐせのついた金髪おかっぱの少女が、眠そうに眼をこすりながら現れる。
「カニがね、手に負えないんだ」
そう言って玲司は空を映した。
「カ、カニ……? これ全部カニ!?」
絶句するレヴィア。
「レヴィアだったらなんとかできるんじゃないかって」
レヴィアは手元に画面をいくつか開いてパシパシと叩き、データを集めていく。そして、「うーん」と、うなりながら腕を組んで目をつぶり、動かなくなった。
「難しい?」
「このカニ、操作を受け付けないんじゃ。ワシじゃどうにもならん」
そう言って首を振った。
「えー!? そんなぁ」
カニに覆われた大地など放棄する以外ないし、動き出したら大災害になってしまう。玲司は頭を抱える。
するとミレィは「ヴ――――!」と、うなってカニを指さした。直後カニは急速に縮み始める。
「えっ!」
操作を受け付けないカニをいとも簡単に操る赤ちゃんにみんな唖然とする。玲司だってこんな精密な操作はできなかったのだ。
あれよあれよという間に縮んでいったカニは、十メートルくらいになって湖にドボンと落っこちた。
「おぉ、ミレィちゃん、ナイス!」
玲司はそう言ってミレィの頭をなでる。
「キャハッ!」
ミレィは嬉しそうに笑った。
◇
引き上げたカニは軽くゆでて豪華な朝食へと変わる。
「はい、ミレィちゃん、カニさんよ」
ミィはそう言って先割れスプーンでほぐしたカニをミレィの口元に持っていく。
ミレィは嬉しそうにほおばると、
「キャハッ!」
と、満面に笑みを浮かべた。
「うんうん、カニさんは美味しいねぇ」
玲司はそう言ってガーゼタオルでミレィの口元を拭く。
すると、ミレィは嬉しそうに「キャッハー!」と叫び、湖を指さした。
直後ボトボトと降ってくるたくさんの巨大ガニ。
「ミレィちゃん! ストップ、ストップ!」
焦る玲司。
ミレィは上機嫌になって「キャハハハ!」と叫んだ。
玲司はミィと顔を見合わせ、このお転婆確定者が創り出すであろうにぎやかな未来の予感に思わず苦笑した。
「楽しい世界になりそうだな」
「えぇ、あなたと私の子供だもん」
「違いない」
そう言って玲司とミィは朗らかに笑った。
「キャハッ!」
ミレィはそんなパパとママを見て最高の笑顔を見せた。
了
玲司は水が飛んでこないように身構えながら言った。
「なんかこううまく劇的な登場をね、考えているんだけど、なかなか難しいんだゾ」
そう言うとシアンは、濡れた犬が水を払うようにブルブルと身を震わせて辺りに水滴をまき散らした。
「おわ――――! 止めろって! 普通に来いよ!」
玲司は頭を抱えて顔を背けながら言った。
「ハーイ!」
シアンはニコニコして答えるが、きっと次も失敗するだろう。
「で、何が大変なんだ?」
玲司は呆れた顔で言った。
「あー、南極にデカいカニが出たんだゾ!」
「カニ? そんなの捕まえて食べちゃえば?」
「それが全長百キロあるんだよねぇ」
シアンは小首をかしげて言う。
「百キロ!?」
玲司は絶句する。百キロと言えば関東平野を覆うくらいのサイズである。なぜそんなカニが……。
「ご主人様、また余計なこと口走ったでしょ?」
シアンがジト目で玲司を見る。
「え? カニで?」
「あ、あれじゃない? 昨日『でっかいカニをたらふく食いてーな』とか何とか言ってたのだ」
ミィは宙を見上げ、思い出しながら言った。
「アチャー」
シアンは額に手を当てて宙を仰ぐ。
「いやいや、デカいカニって言っただけじゃん! 百キロなんて言ってないよ!」
「ご主人様、そういうのはカニを退治してからにして」
シアンは人差し指を立てて眉をひそめながら言った。
「えー。シアン退治してきてよ」
「半径百キロくらい焼け野原にしていいならやるゾ」
ニヤッと笑うシアン。しかしそんなことやられたら海面が酷く上昇してしまう。
玲司は首を振り、目をつぶると、人差し指を立てた手をグッと掲げていった。
「じゃあこうしよう! 『カニは消える、きれいさっぱり』!」
シアンは画面を浮かべ、カニの様子をLIVEで表示するが……、
「消えないゾ」
と、ジト目で玲司を見る。
「えぇ? おかしいな。『カニは消えるぅ、消えるぅ』!」
しかし、カニは消えなかった。
すると、ミレィが画面を指さして「キャハッ!」と上機嫌で笑った。
直後カニは浮かび上がり始め、どんどんと高度を上げていく。
「は? どういうこと?」
玲司はけげんそうな顔で、無邪気に両手をブンブンと振り回しているミレィを眺める。玲司の言葉は効かないのに、赤ちゃんの動きにはリンクしているのだ。
するとミレィは「キャッハー!」と笑いながら両手をパッと大空に向けた。
ズン!
地震のような振動が森全体に走り、空が真っ暗になる。
「な、なんだこれは!?」
玲司は慌てて空を眺める。そこには空を覆いつくす巨大構造物が展開されていた。
「あぁ、カニだゾ」
シアンは宇宙からのEverzaの映像を映す。そこには立派なズワイガニが大地を覆っている様が映っていた。そのサイズは二百キロはあるだろうか?
玲司はミィと顔を見合わせて言葉を失う。
確定者の権能がミレィに移行してしまったようだった。より正確に言うと、権能がミレィに移行した宇宙に分岐したのだ。
玲司はスマホを取り出すとレヴィアを呼び出す。
空中にパカッと画面が開き、
「はいはーい、なんぞあったかな?」
寝ぐせのついた金髪おかっぱの少女が、眠そうに眼をこすりながら現れる。
「カニがね、手に負えないんだ」
そう言って玲司は空を映した。
「カ、カニ……? これ全部カニ!?」
絶句するレヴィア。
「レヴィアだったらなんとかできるんじゃないかって」
レヴィアは手元に画面をいくつか開いてパシパシと叩き、データを集めていく。そして、「うーん」と、うなりながら腕を組んで目をつぶり、動かなくなった。
「難しい?」
「このカニ、操作を受け付けないんじゃ。ワシじゃどうにもならん」
そう言って首を振った。
「えー!? そんなぁ」
カニに覆われた大地など放棄する以外ないし、動き出したら大災害になってしまう。玲司は頭を抱える。
するとミレィは「ヴ――――!」と、うなってカニを指さした。直後カニは急速に縮み始める。
「えっ!」
操作を受け付けないカニをいとも簡単に操る赤ちゃんにみんな唖然とする。玲司だってこんな精密な操作はできなかったのだ。
あれよあれよという間に縮んでいったカニは、十メートルくらいになって湖にドボンと落っこちた。
「おぉ、ミレィちゃん、ナイス!」
玲司はそう言ってミレィの頭をなでる。
「キャハッ!」
ミレィは嬉しそうに笑った。
◇
引き上げたカニは軽くゆでて豪華な朝食へと変わる。
「はい、ミレィちゃん、カニさんよ」
ミィはそう言って先割れスプーンでほぐしたカニをミレィの口元に持っていく。
ミレィは嬉しそうにほおばると、
「キャハッ!」
と、満面に笑みを浮かべた。
「うんうん、カニさんは美味しいねぇ」
玲司はそう言ってガーゼタオルでミレィの口元を拭く。
すると、ミレィは嬉しそうに「キャッハー!」と叫び、湖を指さした。
直後ボトボトと降ってくるたくさんの巨大ガニ。
「ミレィちゃん! ストップ、ストップ!」
焦る玲司。
ミレィは上機嫌になって「キャハハハ!」と叫んだ。
玲司はミィと顔を見合わせ、このお転婆確定者が創り出すであろうにぎやかな未来の予感に思わず苦笑した。
「楽しい世界になりそうだな」
「えぇ、あなたと私の子供だもん」
「違いない」
そう言って玲司とミィは朗らかに笑った。
「キャハッ!」
ミレィはそんなパパとママを見て最高の笑顔を見せた。
了