玲司はバッと立ち上がると、

「百目鬼ぃ――――!」

 と、叫びながら目にもとまらぬ速さで飛び、玉座の百目鬼に殴りかかる。

 しかし、百目鬼は顔色一つ変えることなく指先をクリっと動かす。すると三メートルはあろうかというモスグリーンの巨大な手のひらが浮かび上がり、そのまま玲司をひっぱたいた。

 激しい衝撃音が響き渡る。まるでスカッシュのボールみたいに玲司の身体は壁に当たり、天井に当たり、柱に当たって床に転がった。

()れ者が。身の程を知りたまえ」

 百目鬼はそう言って汚いものを見るかのように、転がる玲司を見下ろした。

 くぅぅ……。

 玲司が体を起こすと、シアンは、

「ご主人様、静かにしてなきゃだめだゾ!」

 そう言いながら空中に紫色に輝く鎖を浮かべると、素早く玲司に向けて放ち、ぐるぐる巻きにして床に転がした。

「ぐわぁ! シアン、貴様ぁ!」

「はっはっは! 勝負あったようだな」

 百目鬼は嬉しそうに笑う。

 日本からの長い確執(かくしつ)はこうして百目鬼の勝利で終止符が打たれてしまった。

「くぅ……。ミリエル、ミゥ……、うぅぅぅ……」

 玲司は冷たく固い床の上でうめき、涙をポタポタと落とす。

 美空を復活どころかミリエルもミゥも失ってしまった。美しく愛しい存在を次々と失ってしまう自分のふがいなさに対する怒りが心の奥底に渦巻き、行く当てのないまま暴れまわる。

 ぐぅぅぅ!

 なぜ、シアンが裏切ったのか? どこで間違えたのか……。


「カッカッカ! 良くやった! ミリエルは目の上のコブ。よくぞ処理してくれた」

 いきなり部屋に甲高(かんだか)い男の声が響いた。

 見ると、恰幅(かっぷく)が良いチビの中年が、脂ぎった顔に笑みを浮かべながら壇上に降り立った。

「こ、これはザリォ様! わざわざいらしていただけて光栄です!」

 百目鬼は急いで玉座をザリォに譲ると、壇を降り、床にひざまずいた。

 シアンも真似するように百目鬼の隣でひざまずく。

「うむ、くるしゅうないぞ。特にシアン君、君の攻撃は見事だった。あのミリエルの間抜け顔、ざまぁ! って感じだったわい。カッカッカ!」

 ザリォは上機嫌に笑った。

「恐縮です」

 その光景に玲司は違和感を覚えた。シアンが『恐縮』と言ったり、ひざまずいたところなど今まで一度も見たことが無かったのだ。やはりシアンはどこか壊れてしまったのだろうか?

「何か褒美(ほうび)を取らそう! 何がいいかね?」

「あ、それでしたら一つお願い事が……」

「何でも言ってみたまえ」

 シアンは百目鬼をチラッと見て、

「お耳をお貸しいただけますか?」

 と、腕で胸の谷間を強調させながら、上目遣いに言った。

「おう、近こう寄れ」

 ザリォは鼻の下を伸ばしながら手招きする。

「はっ、ありがたき幸せ」

 そう言うとシアンは満面に笑みを浮かべながら、ツーっとザリォの耳元まで飛んだ。

 人に言えない願い事とは何だろうか?

 玲司は床に転がりながら、楽しそうなシアンをにらみ、ギリッと奥歯を鳴らした。

 シアンはザリォの耳元につくと、とても嬉しそうな顔でささやいた。

「死んで」

 同時に、いつの間にか取り出してあったロンギヌスの槍でザリォを突き刺す。ザリォの左わき腹から突き上げるように打ち込まれた槍は玉座ごと心臓を貫いたのだった。

 ゴフッ!

 ザリォはその鮮やかな暗殺テクニックになすすべなく真っ赤な血を吐き、両手を震わせながらシアンの方を見つめ、一体何が起こったのか分からないままこの世を去っていった。

 百目鬼も玲司もあっけにとられ、ただ、楽しそうに暗殺を遂行したシアンの鮮やかな手口に呆然としていた。

 ザリォの肢体はやがて無数のブロックノイズに埋もれ、霧散していく。

 そして、すぐにシアンは紫に輝く鎖を浮かべると、百目鬼に放ち、唖然としている百目鬼をあっという間にぐるぐる巻きにしたのだった。

「ミッションコンプリート! いぇい!」

 シアンはピョンと飛びあがり、天井高い豪奢な謁見室でクルクルと楽しそうに舞った。ふんわりと踊るシアンの髪は光の微粒子を辺りに振りまきながら、赤から綺麗な水色へと戻っていく。

 その神々しさすら感じさせるシアンの変化を見ながら、玲司は自分が騙されていたことに気づいた。シアンが裏切ったとばかり思っていたのだが、それは作戦だったらしい。

「シ、シアン、まさかこれ全部最初から仕組んでたって……こと?」

 玲司は半信半疑で聞くと、シアンはツーっと降りてきて、

「あったり前よぉ。『AIは絶対裏切らない』ってちゃんと言ってたゾ!」

 口をとがらせながらそう言うと、玲司を縛る鎖をほどいた。










57. 手品ショー

「えっ!? じゃ、ミリエルは?」

 玲司は間抜けな顔でシアンに聞いた。失われてしまったはずの愛しい彼女たち。作戦だったとしたらどうなっているのだろうか?

 シアンはいたずらっ子の顔でニヤッと笑うと、

「チャラリラリラン! チャラリラリラーララー!」

 と、いきなり手品ショーのBGMを口ずさみながら、脇のキャビネットまで飛んで、扉をバッと開いた。

 すると、笑顔のミリエルが現れて玲司に手を振った。

「えっ! なんだよそれ――――!」

 玲司はガクッと肩を落とし、完全に騙されていた自分の間抜けさに落ち込む。

「ナイス・リアクションだったのだ!」

 ミリエルはそんな玲司の肩を叩いた。

「本当に死んじゃったんだって思って、ひどく絶望してたんだよ? もう……」

 玲司は仏頂面で文句を言う。

「まぁでも、君たちに教えてたら、こんなにうまくはいかなかったのだ。君らに演技なんて無理なのだ」

「んー、まぁそう……だろう……って、ミゥも? 知らなかったの?」

「知らなかったわよ。今知って怒ってるわ。クフフフ」

 そう言ってミリエルは空中に手を掲げる。すると、ポン! という音がしてミゥが現れ、渋い顔をしながら着地した。

 ミリエルはニヤリと笑いながら、

「『あなたに会えて、良かった……』」

 と、ミゥが消える前の言葉を真似し、ミゥは真っ赤になってミリエルの頭をペシペシと叩いた。

「ははははは。痛い、痛い、ゴメンってば!」

「分身をもっと大切にするのだぁ!」

 ミリエルは笑いながらその辺を逃げ回り、ミゥは日ごろのうっ憤を晴らすべく追いかけまわした。


       ◇


 玲司は床で縛られて転がっている百目鬼の悔しそうな顔を眺める。

 何度もどんでん返しが続いたが、これでついに完全終結。止めていた地球も復元できるに違いない。

「あれ? もしかして、これで全部解決? ねぇ解決?」

 玲司はまだ追いかけられているミリエルに聞いた。

「うん、ありがとね。全て解決なのだ」

「やった――――!」「いぇい!」

 玲司とシアンはハイタッチしてお互いの健闘を讃えた。


          ◇


「残念だが、まだ終わってないぞ」

 床に転がっていた百目鬼がニヤッと笑う。

「負け惜しみはみっともないゾ」

 シアンはロンギヌスの槍の柄でパンパンと百目鬼のお尻を叩いた。

「痛て! 痛て! 止めろよ! 俺が自由な行動を制限されて一定時間たつと金星にメッセージが飛ぶようになっている」

「金星?」

 シアンは小首をかしげる。

「そうだ『金星の技術をハックして管理者に危害を加えたものがいる』ってな。いいかお前ら、その槍のことがバレたらおとりつぶし間違いなしだぞ! はっはっは!」

 百目鬼は物騒なことを言って笑う。

「何をそんな都合のいいこと言ってんだ! どうせ今思いついたんだろ!」

 玲司は怒って叫ぶ。

「なら、放っておけばいい。そろそろこの鎖を解かないとメッセージが飛ぶぜぇ」

 嬉しそうな百目鬼。

 玲司はミリエルと顔を見合わせた。ブラフかもしれないが、もし本当にメッセージが飛ぶようなことがあったら厳罰は免れない。特にザリォの死因について調べられては逃れようがない。

「今すぐ俺を解放しろ! 君らと敵対するつもりはない。副管理人として雇ってくれれば大人しくしてる。本当だ」

 叫ぶ百目鬼を見下ろしながらミリエルは腕を組み、考え込んだ。百目鬼のことだ、そのくらいやっていてもおかしくない。しかし、解放して言うこと聞くとも思えない。

「ミリエル、ちょっと拷問(ごうもん)しちゃっていいかな?」

 シアンが楽しそうに言った。

「拷問?」

「ちょっと意識朦朧(もうろう)とさせて本音を言わせるんだゾ!」

 シアンは楽しそうに言った。

「お前! それは人権侵害だぞ! 俺は嘘は言わない! 仕掛けもあるし、もう敵対もしない。本当だ!」

 必死に懇願(こんがん)する百目鬼。

 ミリエルはそんな百目鬼を見て、サムアップでシアンにGOサインを出した。










58. 黄金の惑星

「きゃははは!」

 シアンは嬉しそうに笑うと、空中に黄金色の魔法陣を展開した。魔法陣からはパリパリと金色のスパークが湧き出し、凝縮されたエネルギーのすさまじさが垣間見える。

「バカ! ヤメロ――――!」

 百目鬼の叫びが部屋に響き渡る中、ピッシャーン! と雷が盛大に百目鬼を直撃した。

 ゴフゥ!

 髪の毛がチリチリとなった百目鬼は、口から煙を吐きながらバタリと倒れる。

 シアンはそんな百目鬼の身体を空中にツーっと浮かべると、

「今の話全部ホント?」

 と、好奇心旺盛な目でほっぺたをツンツンしながら聞く。

 百目鬼はうつろな目で朦朧としながら、

「メッセージは……本当……」

 そう言ってガクっと気を失った。

「メッセージ送られちゃう! ど、どうしたらいいのだ?」「いや、参ったな……」「きゃははは!」

 四人は顔を見合わせ、アイディアを募るが、決定的な手段がない。そうこうしているうちにも送られてしまうかもしれないのだ。

 ミリエルは苦虫をかみつぶしたような顔をしてギリッと奥歯を鳴らすと、

「くぅ、仕方ないのだ。交渉しよう」

 と言って、パンパンと百目鬼の頬を叩く。

 だが、反応がない。

「シアンちゃん! やりすぎなのだ! もぅ」

 ミリエルは急いで氷水を生み出して百目鬼に浴びせた。辺りにビシャビシャと水をまき散らしながら、ミリエルは景気よく水をぶっかけていった。

 う、うーん。

 氷水に眉をひそめ、うめく百目鬼。

「おい、起きるのだ!」

 パンパンと百目鬼の頬を張るミリエル。少しかわいそうだったが、多くの地球の命運すらもかかった重大な局面である。玲司はハラハラしながらじっと様子を見ていた。

「う? な、なんだ?」

 意識を取り戻す百目鬼。

「まずメッセージ送信は一旦止めろ。相談するのだ」

 ミリエルは急いで言った。

「メ、メッセージ? 何だっけ?」

 まだ朦朧(もうろう)としている百目鬼は要領を得ない。

「金星に送るメッセージなのだ!」

「き、金星? あ、あー、そうだな……。あれ? どうやって止めるんだったかな?」

「貴様! ふざけてる場合か!」

 ミリエルは胸ぐらをつかんで揺らす。

「ぐわぁ! ま、待て! 今思い出すから……、えーと……確か……」

 百目鬼は眉間にしわを寄せて何かを考えていたが、

「あ……」

 と、気になる声を出し、動かなくなった。

「おい、どうしたのだ? まさかもう送ったんじゃなかろうな?」

 百目鬼は目を閉じて何かを必死に考えているようだったが、やがてガクッとうなだれると、動かなくなった。

 その姿を見て、一行は顔を見合わせる。明らかにヤバい事態だった。

 その直後、ズン! と魔王城が大地震のように大きく揺れ、壊れたTVのように城内のあちこちにブロックノイズが湧いた。

「きゃあ!」「うわぁ!」「きゃははは!」

 人知を超える現象、極めてマズい事態に引き込まれている。玲司はミリエルと目を合わせ、嫌な予感にお互い冷や汗を浮かべる。

 やがて揺れは収まったが、窓の外が真っ暗になっていた。

「こ、これは……?」

 窓へ駆け寄って玲司は驚いた。そこは大宇宙であり、眼下には巨大な金色の惑星が広がっていたのだ。まるで金箔を振りまいたようなキラキラとした黄金の惑星。それは教科書で見た、黄色いガスに覆われた金星とは似ても似つかない、まさに金の星だった。

 海王星とはまた違った魅力を持った美しい星に玲司は言葉を失う。

 しかし、これは金星に呼び出されたということであり、これから処分されるという重い意味を持っている。

「あちゃー……」

 ミリエルはその風景を見ると額に手を当てて動かなくなった。

「お、金星だゾ! すごーい!」

 シアンは目をキラキラさせながら金色に弧を描く美しい地平線を眺めている。

 神域である金星。玲司はその美しさの裏に隠された凄みにブルっと身震いをした。














59. 雄大なるクジラ

 やがて向こうの方に巨大な構造物が見えてくる。

 極めて大きな長細い流線型のものが、ゆったりと揺れながら徐々に回頭してこっちの方へ進路を変えているようだ。かなりの速度で近づいてくる。

「ちょっと、何あれ?」

 玲司はミリエルに聞いたが、

「金星はあたしらにとっても伝説上の存在。金星に何があるかだなんて聞いたこともないのだ」

 と、ミリエルは渋い顔で首を振る。

「あの動き、生き物だゾ」

 シアンが手をうねうねさせながら言う。

「生き物? 宇宙に生き物なんているのか?」

「いないよ? でもここは金星だゾ。きゃははは!」

 玲司はもう一度目を凝らしてそれを見た。すると確かに円錐状の先頭部分には口らしき筋が入っているように見えないこともない。そして、横とシッポについた巨大な太陽光パネル状のものはヒレにも見える。となると、あれはクジラ型宇宙船、と言うことだろうか。

 ミリエルたちにとっても神の世界である金星。そこに展開される不思議な光景。玲司は想定外の展開にただ茫然として、天の川を背景に悠然と泳ぐクジラの泳ぎに見入っていた。

「幅二十キロ、長さ百キロってとこかな?」

 シアンが両手の親指と人差し指で四角を作り、カメラマンみたいにクジラを捉えながら言う。

「百キロメートルのクジラ!?」

 玲司はその非常識なサイズに絶句する。

 そして、そんな巨体がみるみる近づいているということは、その速度はとんでもない速さに違いない。

「逃げらんないの?」

 玲司はミリエルに聞いたが、ミリエルは肩をすくめ、

「人間にとって管理者(アドミニストレーター)が神様なように、管理者(アドミニストレーター)にとって金星人は神様。ここは神の世界なのだ。あたしたちは何の能力も出せないのだ」

 と言って、ため息をついた。

「あ、そうだ! シアン! あの槍は金星の物なんでしょ?」

「そうだけど? これであのクジラ真っ二つにするの? きゃははは!」

 シアンは槍をクルクルと回すと、炎状の穂先をゴォォォと大きく燃え盛らせた。

「あ、いや。何かに使えないかなって」

「うーん、魔王城を少し動かすくらいなら……。でも逃げらんないゾ」

「デスヨネー」

 玲司はうなだれる。

 そうこうしている間にもクジラはこちらに一直線に接近してくる。直径二十キロだとすると、ヒレの長さは40キロはあるだろうか? 満天の星をバックに接近してくるクジラは、表面がメタリックで、下腹部は鮮やかな金星のキラキラとしたきらめきを反射し、背中は星空を映している。

「二十キロって大きすぎてサイズ感がわかんないなー」

 玲司がボヤくと、

「東京23区がそのまま飛んでくる感じだゾ」

 と、シアンは楽しそうに言った。

「23区全部がってこと?」

「そう、全部が来るゾ!」

 うはー。

 絶句する玲司。

 音の全くない静けさに沈んだ宇宙で、徐々に大きくなって見える23区サイズのクジラ。その得体の知れなさに玲司はゾッと冷たいものが背筋を流れ、冷汗をポトリと落とした。


         ◇


 クジラの圧倒的な存在感に飲まれ、城内はシーンと静まり返る。

 東京23区サイズのメタリックの巨体はきらびやかな金星の輝きを反射して、満天の星空の中で不気味に輝いている。

 ミリエルもミゥも渋い顔で押し黙り、ただ近づいてくる神判(しんぱん)者の裁きを静かに待っていた。

 眼前に迫り、星空を覆わんとするように迫ったクジラは、さすがに体当たりをするわけではないようで、衛星軌道上にたたずむ魔王城の右側をかすめるように超高速で通過していく。

 クジラのゆったりとした曲面の造形には幾何学模様を描く継ぎ目が無数に走り、鏡のような綺麗な光沢を放っている。そして、継ぎ目からは金色の蛍光がほのかに放たれていた。

 玲司は眼前を超高速で過ぎ去っていく巨大構造物の中に巨大な目を見つける。それは直径一キロはあろうかというサイズで、まるで一眼レフのカメラレンズのように漆黒の闇を内部にたたえ、こちらを凝視しているようにも見え、玲司はぶるっと震えた。

 しかし、これでは終わらない。胸辺りについた全長四十キロはあろうかという巨大なヒレが、ゆっくりと打ち下ろされてきながら魔王城に迫っていたのだ。













60. 未知との遭遇

「え? あれぶつからない?」

 玲司は冷汗をかきながらヒレの動きを予想してみるが、このままだと魔王城直撃である。

「それが、金星人(ヴィーナシアン)の神判なのかも……」

 ミリエルは青い顔をしてすっかりクジラに圧倒されてしまい、覇気がない。

「ちょ、ちょっと! しっかりしてよ! 地球を元に戻してもらわないと困るよ」

「そうは言うけど、あたしらに何ができるのだ?」

 ミリエルはちょっと悔しそうに玲司を見る。目に浮かぶ涙に玲司は言葉を失う。こんなに弱気なミリエルは見たことが無かった。

 玲司はキュッと唇をかんだ。

 このままだと地球は、日本は、亡くなった八十億人は戻らない。電子のチリとなってこの世から忘れさられて消えて行ってしまう。そんなことは絶対に避けないとならない。

「諦めちゃダメ! 諦めたらそこで試合終了なの!」

「うーん、しかしなのだ……」

 ミリエルは口をとがらせ、うつむく。

「『できる、やれる、上手くいく!』これ言霊だからね。何とかする道を考えよう」

 玲司は自分を鼓舞するように言った。

 しかし、できる事なんていくら考えても全く思いつかなかった。

「うーん、あのヒレぶった斬る?」

 シアンはロンギヌスの槍をブンと振ると、穂先の炎をゴォォォと吹かせた。

「え!? 斬れるの?」

 ミリエルは驚いて聞いたが、シアンは、

「わかんない。やってみる? きゃははは!」

 と、楽しそうに笑う。

 玲司とミリエルは顔を見合わせて肩をすくめた。

 そうこうしているうちにもヒレは迫る。厚さが三キロメートルはあろうかという巨大なヒレは、全長数百メートルしかない魔王城全体からしてみたら圧倒的なスケールで、ぶつかったら粉々にされてしまうだろう。

「うわぁ! 下りてくるのだぁ」

 ミゥはおびえ、玲司の腕にしがみつく。玲司はそんなミゥの頭をそっとなで、

「ギリ、抜けられないかな?」

 と、シアンに聞く。

 シアンは指でヒレの動きを計測し、

「うーん、当たるのは城の上部だけっぽいゾ。みんな、床に伏せて。あと三十秒!」

 そう言って床を指した。

 三人は渋い顔をしながら床に伏せる。

 窓の向こうには金属光沢を鋭く放つヒレが、煌びやかな金星を映し出しながらゆったりと降りてくるのが見える。

「おい! 私はどうなんだよ!」

 縛られて空中に浮かばせられたままの百目鬼が叫んでいるが、誰も相手にしない。全て自業自得なのだ。

「あと十秒だゾ!」

 そう言ってシアンは仁王立ちし、ヒレに備える。

 ミゥは目をギュッとつぶって何かぶつぶつ唱えている。玲司はそんなミゥに、

「大丈夫だよ、これ言霊だからね」

 そう言って優しく頭をなでた。

 ミゥは今にも泣きそうな顔で玲司を見ると、ギュッと玲司に抱き着き、玲司の胸に顔をうずめる。

 ツンツンしてたミゥも、やはりか弱い少女なのだ。玲司はミゥをやさしく抱きしめ、運命の時を待つ。

「五、四、三、二……」

 カウントダウンが続き、緊張感が最高潮に高まる。

 直後、ズン! という轟音と共に大地震のように城は揺れ、部屋の上半分が吹き飛んだ。

「キャ――――!」「うはぁ!」「いやぁぁぁ!」「きゃははは!」

 上層階はヒレの直撃を受け、粉々になりながら吹き飛ばされ、壁や柱が崩落してくる。

 シアンは楽しそうに、落ちてくる瓦礫を吹き飛ばし、切り裂き、獅子奮迅の活躍でみんなを守ったのだった。


       ◇


『な、何とかなったかな?』

 嵐が過ぎ去り、玲司が顔を上げるとそこには満天の星々が見渡せた。もう壁も天井も無かったのだ。

 横にはまだ巨大なクジラの巨体が高速で通過している。ただ、進路は変えたみたいで徐々に遠ざかっている。

 城は粉々にされ、空気も失ったが玲司たちはシールドを纏っていて何とか助かっていた。

『うーん、いや、これからが本番だゾ』

 シアンは通り過ぎていくヒレの方を眺めながら険しい表情で言った。


        ◇


 ヒレの向こう側に閃光が走り、そこから真紅の光が輝きながら城へと飛んでくる。一行は固唾を飲んでその光跡を追った。

 輝きはやがて城までやってくると瓦礫だらけの壇上で止まり、しばらくゆっくりと明滅した後、閃光を放ち、その姿を露わにした。

 それは三メートルはあろうかという巨大な水晶のタブレット(石碑)だった。長細い五角形で、下へ行くほど細く、一番下はとがっている。水晶の中には黄金の板が溶け込んでおり、表面に浮き彫りされた幾何学模様のような碑文が黄金の板のラインを屈折させていた。それはまるで現代アートのような美しさをたたえている。

 そして、紫水晶の球がほのかに輝きながら、いくつかクルクルと石碑の周りを回っており、近づきがたい印象を受ける。

 こ、これは……。

 玲司はこの得体のしれない未知との遭遇にゴクリと生唾を飲んだ。