恋人がいる?

そんな人に、あたし、あたし……!!



ほとんどパニック状態になる。



(そうだよね?こんなにカッコいいんだもん!恋人がいないはずないじゃない)



「鞠奈ちゃん?」

「あ、あの、本当になんてお詫びしたらいいのか……!」



そう言いつつ、あたしの目には涙が溢れてきた。

だって。

告白も出来ないまま、終わるんだもん。

生まれたばかりの恋は。

朝日を見ることなく、終わってしまうんだ。



「落ち着こっか。深呼吸してみ?」



まるで小さな子どもをあやすみたいに、悠馬くんはあたしに言う。



それからあたしの背中をポンポンして。



「なんだよー、泣くなってー」
と、嬉しそうに笑った。



悪魔かもしれない。

人の気も知らないで。



(笑わないで)



悪魔みたいにキレイなその笑顔に、また恋しちゃうから。



そう思いつつも。

あたしは。

ポンポンとさすられる背中から。

どっぷりと溺れていくのを感じた。







あれから数日が経っても。

あたしの頭の中は悠馬くんでいっぱいだった。



大好きな、聴き慣れたラブソングじゃ物足りない。

悠馬くんの、あの歌声を欲している。

推しだと思っていた俳優のドラマを観ても、ときめかなかった。

悠馬くんがいい。



その声で。

あたしを呼んでほしい。

その声で。

あたしを歌ってよ。






大学の食堂で。

南と並んで、中華そばを食べている。



「安いけど美味しいって、最高じゃんね?」



南がハフハフ言いながら、中華そばを食べている。



「うん、美味しい……」
と、一応返事するものの、あたしはどこかうわの空だった。



「でもさー、ねぎがめっちゃ入ってるじゃん?私、ねぎ苦手なんだよねー。でも美味しいし、安いし、我慢できるっていうかー」

「我慢できるよね……」

「?……鞠奈、アンタ、私の話聞いてないでしょ?」
と、南は噴き出して、あたしの隣で大笑いしている。




「あっ、ごめん、本当に聞いてなかった」

「だろうね」



しばらく二人で黙って食べ続けたけれど、沈黙を破ったのは、先に食べ終わった南だった。



「私、健くんに告白する」

「……えっ、え!?南って健くんと付き合ってないの!?」



驚いた。

だって、この間あんなに仲良しだったし、あの後だって……。



「付き合ってないんだよなぁ〜、本当は告白されるの、待ってたんだ。だけどさー、健くんってそういうの、言葉にちゃんとしてくれないっていうか」

「……」

「私、都合のいいような、曖昧な存在にはなりたくないんだよね。ちゃんと恋人っていう確固たるものになりたい。だから、告白する!」

「うん」



南も自分で何度もうなずきつつ、
「それでダメだったら、きっぱり諦める!このままじゃ私、望まない関係になりそうだって、この前の夜に悟ったから!」
と、力強く言った。



「応援する」



あたしはそう言って、やっと食べ終わった中華そばの器に箸を置いた。



「応援なんて、いらない」



南の意外な言葉に驚く。



「応援してくれなくてもいいから、鞠奈も頑張ってほしいよ」
と、南は言って、
「悠馬くんのこと、好きになっちゃったんでしょう?」
と、あたしに一枚のガムをくれた。



「……恋人がいるらしいよ」



あたしはガムを口に放り込み、食器を返却する。



「それがどうした、乙女よ!恋する気持ちに変わりないじゃないか」
なんて、南はおどけてみせてから、
「気持ちを伝えることはしないの?」
と言って、私と同じように、口の中にガムを放り込んだ。



「告白、ねぇ」

「告白しなくちゃ、何も始まらないよ」

「始まらない?」



南はうなずいて、
「悠馬くんを好きなままで、他の人と恋なんか出来ないよ。イヤな言い方するけれど、次に進むためにも、鞠奈は告白しなくちゃ」
と、言った。



「次に進む……」



悠馬くんの先に、「次」があるのかな。

なんだか悠馬くんへの想いが強烈過ぎて、その先に行っても「次」なんて無い気すらする。



「よし、いい事を教えてしんぜよう」



南はふざけつつ、あたしの肩を抱いて耳打ちした。



「悠馬くん、M駅前のコンビニでバイトしてるって。夕方に行くと会えるかも、よ?」

「M駅前の、コンビニ」

「そ。行ってきな。気持ち伝えなよ」

「……」






あたしは午後の授業を受けつつ、考えていた。



(告白、かぁ)



確実に振られる。

だって恋人がいるんだよ?

……ううん、恋人がもしいなかったとしても。

あたしを選んでくれるとは、限らない。



(そっか)



恋人がいようが、いまいが、結果がうまくいくことばかりじゃない。



(だったら、気持ちを伝えるくらい、許されるよね?)



この恋心を、このまま消滅させるくらいなら。

思いっきり気持ちをぶつけてから消滅させてもいいじゃん。







夕方。

M駅にやって来た。

駅前のコンビニは、すぐに見つかった。



(本当に悠馬くん、いるかな?)




今更だけど。

緊張してきた。



(でも、また会える)



そう思うと、心が弾む。

たとえ、これが最後だとしても。



店先で。

入るか、入るまいか悩んでいると。

ひとりの店員が、こちらに向かってくるのがガラス越しに見えた。



(あ、やば)



店内から出てきたのは、悠馬くんだった。



「鞠奈ちゃん?」

「あ、あの、はい」

「なんで?なんでここにいるの?」



(これは……、もしかしなくても、気持ち悪がられてる?)



それはそうだよね?

ちょっと話しただけの女が、なぜか自分のバイト先に現れたら。



(ホラーじゃん)



「ごめんなさい、どうかしてました!」



勢いよく頭を下げて、あたしは帰ろうとした。



そのあたしの手を。

悠馬くんは、掴んだ。



「!?」



手から伝わる、悠馬くんの繊細な熱に。

ほとんどあたし、泣きそうになった。



「ごめんなさい、あたし……」



こんなにも好きで。

どうしたらいいんだろう。

戻れないかもしれない。

悠馬くんと出会う前には、きっと戻れない。



「あたし……、悠馬くんのこと、好きで、ごめんなさい」



(あぁ、最悪)



こんな告白なんてない。

もっと。

素敵な言葉で。

この気持ちを。

この告白を。

飾りたかったのに。




「……鞠奈ちゃん」



悠馬くんの栗色の髪の毛が、風になびく。



(キレイ……)



なんでこんなにキレイなんだろう。

悠馬くんの何もかもが。

あたしの中では宝石みたいにキラキラ輝いて、尊いものでしかない。



「オレも鞠奈ちゃんに惹かれてる」



悠馬くんはそう言って、掴んでいるあたしの手を両手でぎゅっと包んだ。



え。



えっ!?



「恋人がいるのに、最低!とか、思う?」



泣きそうな目で、そんなこと聞かないで。



あたしの答えは。

ひとつしかない。




「好きでいても、いいの?」



悠馬くんは、
「好きでいてくれたら、嬉しい」
と、うなずいた。



それから、
「恋人とのことは、ちゃんとするから」
と、あたしを抱きしめようとして、寸前でやめた。



「……ちゃんとしてから、ぎゅってさせてください」
なんて言うから、あたしの胸の中はキュンっと、痛みに近いときめきに包まれた。




「待ってます」


そう言うと、悠馬くんはニッコリ笑った。

その笑顔は、いつか見たあの笑顔。



悪魔みたいな、キレイな笑顔。

うっとりしてしまう。




もう。

あたしは引き返せない。










夢を見ているんじゃないか、と思った。



好きでいてもいいんだ?

悠馬くんも、あたしに惹かれている?



大学の授業が終わって。

あたしは一人暮らしをしている、ワンルームマンションの一室に帰って来た。



ヴヴヴ。



スマートフォンが振動した。

ロック画面に、悠馬くんの名前。



この間の告白の時に、連絡先を交換して以来。

初めての悠馬くんからのメッセージだった。



《明日、会える?》



短いその文章を、あたしは何度も読み返す。

嬉しくて。

返事を打つ指先が震えている。



《大丈夫です。どこで会う?》

《オレ、迎えに行くよ》



ときめきって、すごい。

たったこれだけのやり取りで。

あたし、もう降参する。



ときめきは、絶対的に、最強な気がする。



ふと、このメッセージは恋人に見られていないのかなって思った。

大丈夫なのかなって。