最強さんは魔術少女を溺愛したい。④ ~三大勢力の溺愛は急上昇超加速~

「あっ……疾風君、ここだったんだ!」

 そう考えた時、向こうから栞の声が聞こえた。

 走って来たのか、肩で息をしながら大きく深呼吸をしている栞の姿が視界に入る。

 その姿が……不謹慎だけど、可愛いだなんて思ってしまった。

「もうそろそろホームルーム始まっちゃうよ?行こうっ?」

「今行く。」

 俺は栞の言葉にそう返し、栞の隣に着いて歩いた。

 栞は何の気なしににこにこ笑って歩いているけど、こっちは気が気じゃない。

 はぁ……こんなに初心だったのかよ、俺。

 恋愛沙汰には興味ないと思っていたが、ただ単に自分が恋愛初心者なだけだった。

 その事を今やっと理解し、そんな自分に呆れてしまう。

 これじゃ、小心者だって言われても仕方ないよな。

「栞。」

「ん?どうしたの?」

 ……だけどこれからは、そう言われないように精一杯アピールしよう。

 不思議そうに首を傾げている栞に、俺はふっと微笑んだ。

 その瞬間、栞の細い腕を掴んで人気の少ない物陰へと連れて行く。

 栞を壁へと追いやって、壁に手をついた。
 ……こんなの新さんにバレたら、殺されるの確定だ。

 だけど恋愛初心者の俺にはこんな強引な手しか思いつかず、そのままの状態で栞に言った。

「俺、これから全力でアピールするからな。もう容赦しない。」

「……?」

 栞は全くと言っていいほど何の事なのか分かっていない様子だったけど、今更そんな事気にしていたら何もできない。

 どれだけ鈍感なんだよ……。

 編入した時からそうだったけど、やっぱり栞には不思議なことがありすぎる。

 だがもう……好きになったからには関係ない。

「よく分からないけど……が、頑張ってねっ!」

 ……どうするか、この鈍感。

 栞は自分のことだと思っておらず、呑気に応援なんてしている。

 どんなシュールな光景だよ……と、思わず突っ込んでしまいそうになった。

 だけどギリギリで耐え、栞をとりあえず解放した。

「鈍感。」

「みんな、どうしてそう言うの……。」

 他の輩にも同じ事を言われたのか、しゅんと落ち込んでいる栞。

 仕方ないと言えば仕方ないんだろうが……少しだけ、可哀想に見えてきた。
「栞、ほら行くぞ。」

 そんな栞を見ているのがなんだか辛くなり、気持ちを紛らわせる為栞を半ば強引に教室へと連れ帰した。

 歩幅が合っていないのか栞は何度もこけそうになってたけど、今はそれどころじゃない。

 ……やっぱり、やるべきじゃなかった。

 勢いとはいえ、栞の腕を掴んで引っ張っている状態。

 自分からそんな行動に移したことはこれまでなかったから、自然に熱が顔や手に集まってくる。

 だから俺は、どれだけ初心だったんだよっ……!

 心の中でそうツッコミを入れながらも、冷静さを保つ為に栞にバレないように息を吐いた。

 ……これも、アピールの第一歩だって思っておけば、良いか。

 俺は半ばやけくそになりながらそう思うことにし、自分を無理やり励ました。
 さ、さっきのは一体何だったんだろう……?

『俺、これから全力でアピールするからな。もう容赦しない。』

 その言葉の意味が分からなくて、応援はしておいたけど……結局どういう事なんだろう?

 疾風君もあれ以上は教えてくれなかったから、疑問が膨らんでいくばかり。

 最近皆さん、よく分からないこと言うなぁ……。

 咲空さんにしても、疾風君にしても、新さんにしても……私には理解不能な事ばかり言ってくる。

 きっと私の理解力が乏しいだけだと思うけど、やっぱり分からないや。

「はい、みんな席に着いてー。」

 そのタイミングで、一時間目の授業が始まる合図が辺りに響いた。

 先生が教室に入ってきて、クラスメイトが一斉に席に着く。

 私もその教科の教科書や参考書、資料を机の上に急いで準備した。

 よしっ、昨日は休んじゃったからしっかり授業聞かないとっ……!

 ノートは和向君が取っていてくれたから良かったけど、やっぱり自分で勉強を受けないと意味がない。

 そう意気込んで、教科書やノートを広げて授業を受ける体制を作る。
 その時、嫌な気配を感じ取ることができた。

 ざわざわしていて、重たい邪気を含んだ魔力。

 ……しかも、大量に。

 だけど今ここで授業を抜け出したら、確実に怪しまれてしまう。

 それに、授業を受けないと勉強についていけなくなる恐れがある。

 そ、それは絶対ダメっ!

 でも、そんな事を考えている間にも邪気魔力は大きくなっていく気配を感じる。

 心の中のざわめきが一層増して、気付けば私は席から立ち上がっていた。

「ひ、柊木さん?どうしたの?」

 大きな音で勢いよく席を立ってしまった為、先生が大きく目を見開いて驚いている。

 や、やってしまった……。

 魔術関係になると体が勝手に動いてしまうのは、前々からの癖。

 少しだけ厄介だから治そうとも考えるけど、何かがあった時すぐに動けなくなるのが怖い。

 ……って、今はここを凌ぐ言い訳を考えなくちゃっ!

「あの、先生……」

 その瞬間、辺りに放送を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 ピーンポーンパーンポーンと音がした後、スピーカーから聞こえたのは理事長の声。
《2ーS、柊木栞さんは至急理事長室に来てください。》

 簡潔な放送が流れ、一瞬シーンと場が静かになる。

 だけどすぐにはっと我に返って、大きな声で先生に言い放った。

「せ、先生っ!すぐ戻ってくるので、少し行ってきます!」

「わ、分かったわ……。」

 先生は私の声にびっくりしたのか、呆気に取られながらもそう返してくれた。

 でも私はそれをまともに聞かずに、教室を急いで飛び出す。

 授業中なこともあって、廊下は誰もいなく静かだった。

 ……一応、確認しておこう。

 私は生徒手帳を開き、理事長にさっきの事について確認する。

 何も考えずに理事長室に行って、そんなところを生徒さんや他の先生方に見られたら一巻の終わり。

 そんな事をぼんやりと考えながら、私は理事長に電話をかけた。

《神菜さん、どうしたんだい?》

「どうしたもこうしたも……理事長、さっきの放送なんですか?」

 数コール目でやっと繋がった電話で、開口一番にそう言う。

 理事長はさっきの事を忘れているのかでも言うように、呑気にそんな事を言っていた。
 あれ……この反応って……。

 でも私の言葉を聞いた途端、理事長の声色が一オクターブ低くなった気がした。

《あの放送は、私がしたものじゃないよ。》

「ど、どういうことですかっ!?」

 そんなことを理事長からあっさりと告げられ、思わず目を瞠ってしまう。

 さっきの放送は間違いなく理事長の声だった。

 それが理事長がした放送じゃないって言えば、一体どういう事……?

《私もさっき驚いたよ。何せ、自分の声がスピーカーから流れてるものだからね。》

「じゃあ……さっきのあの放送は……?」

《分からない。私はそうとしか言えないよ。》

 理事長は低い声のまま私にそう言い、息を大きく吐いた。

 何かを考えこんでいるかのように……何かを、勘づいているかのように。

 ……理事長も最近、分からないことだらけ。

 今みたいに曖昧な反応を見せるし、瞳に怯えの色があったのも……理由が分からない。

《巻き込んでしまって悪かったね。放送の事は私のほうで調べておくから気にしないでもらって良い。……そろそろ失礼するよ。》
「はい……。」

 理事長は早々に電話を切ってしまい、私も生徒手帳をポケットにしまう。

 でも本当に、意味が分からない。

 理事長が違うって言うなら、一体誰が……。

「……っ!」

 そのタイミングでまた邪気を感じ取り、慌てて踵を返す。

 そう言えば邪気のほう、まだ片付いてなかった……。

 今教室に戻っても変に怪しまれそうだし、邪気を浄化してから戻ろう。

 私はそう思いながら、邪気を感じたほうへと足を進めた。



 ふぅ……何とか浄化できた。

 邪気を見つけた場所は使われていない空き教室で、私でも驚くほどの邪気の量だった。

 あの量は流石に、骨が折れそうだったなぁ……あはは。

 この学園中の邪気が集まっていたのか、少しだけ手間取ってしまった。

 だけど無事に浄化できたから、別に気にする事でもないよね……。

 ただでさえ邪気が移動している謎現象があるって言うのに、これ以上仕事を持ったらまた魔力風邪が再発する。

 それだけは避けたくて、私は一人で喝を入れた。

「よしっ!とりあえず、教室に戻ろう!」
 気になる事はたくさんあるけど、まずは授業をきちんと受けなきゃ!

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えながらも、私は教室へと戻った。

「確定、だね。」

 ……ふっと笑みを漏らした人物がいたことにも、気付かずに。



 教室に戻ってから授業を受けて、意味もなく小さく息を吐く。

 先生は私が本当に理事長に呼び出されたと思っているのか、さっきの行動について詮索してくることはなかった。

 そのおかげで安心する事はできたけど、先生を騙しているみたいで申し訳ない。

 先生、ごめんなさいっ……!

 心の中で謝罪の言葉を先生に言って、罪悪感を払拭しようとする。

「栞、さっきの理事長のって結局何だったの?」

 ふるふると小さめに首を左右に振っていると、突然明李君から尋ねられた。

 明李君は不思議な表情をしながら、私に相変わらず抱き着いている。

 弟みたいで可愛いとは思うけど、最近はその頻度が多いような……?

 気のせい……とは思えないほどいつも抱き着いてきていて、最初こそ抱いていた恥ずかしさなんて最近は感じていない。