那覇行きの飛行機の中で、ヒカリは窓の外の景色を見ていた。
「ヒカリちゃん、やっぱりミキちゃんの事、気にしてる?」
 隣の席の苺がヒカリの顔を覗き込む。

「う、うん……。本当にこれで良かったのかなぁって思ってる」
「ミキちゃんがバイバイする時、笑ってたよ。だから、大丈夫」
「何が大丈夫かよくわかんない」
「ヒカリちゃんも素敵な女の子だから、残ってるんだよ。だから、大丈夫」
「だから、何が大丈夫かよくわかんないんだけど」
「あっ、そうだ。ヒカリちゃん、グミ食べる? わたし、動物グミ好きなんだ。ヒカリちゃんには、特別にウサギさんあげるね」
 苺はポーチからグミの入った袋を取り出し、一粒取ってヒカリの手のひらにのせた。

「ありがと。あれ? 意外に美味しい」
「でしょ? あっ、ヒカリちゃん笑った」
 ヒカリはそう言われて、照れ笑いを浮かべる。

「ねぇ、苺。もう一個ちょうだい」
「良いよー。じゃあ、次はゾウさん」
 苺はヒカリの手にグミをのせ、ヒカリは口に放り込む。

「今は考えたって仕方ないよね」
「じゃあ、次はパンダさん」
「ありがと」
「次は何食べたい? キリンさん? それともジンベイザメ?」
 苺はヒカリの開いた手のひらの上につぎつぎとグミをのせていく。

「ジンベイザメなんてあるの?」
「ないよ」
「ないの!?」
 ヒカリは座席からずり落ちた。

「でも、沖縄の水族館で見れるみたいなの。たけるくんと見たいなぁって思ってるんだ」
「たけるんと一緒に見れるといいね」
「うん」
 苺は大きく頷いてノートを開いた。ヒカリはノートを覗き込むと、イラストやメモがびっしりと書かれていた。

「それ、何?」

「沖縄の旅のしおり。いつ、どこでたけるくんからデート誘ってもらえても良いように、予習しておくの。でもね、水族館はまだ予習できてないんだ。一番行きたいところを取っておいたら、最後になっちゃった」
「苺は努力家なんだね」
「努力はしてないよ。楽しいからしてるだけだもん」
「そうだね」
 旅行ガイドブックを見ながら一生懸命ノートに書き込みをする苺の頭をヒカリが撫でた。

「ん? なぁに?」

「苺って可愛いなぁって思って。たけるんがローズを渡した理由がわかった気がする」
「えへへ。ヒカリちゃんも可愛いよ」
「ありがと」





 沖縄は快晴だった。古民家をリノベーションした宿舎に荷物をおろすと、女子たちは水着に着替えて、目の前に広がる砂浜に駆け出した。
「沖縄さいこー!」
 ヒカリが最初に駆け出し、海に飛び込む。美園と苺が後を追い、砂浜で水をかけ合う。

「ちょっと待ってよ。日焼け止め塗らないと」
 伊香保は慌てて日焼け止めを全身に塗りたくる。みらいは古民家の縁側で海を眺めていた。
 伊香保が日焼け止めを塗り終わり、海に駆け出した瞬間、岩陰からかりゆしウェアに身を包んだバンザイ先生が現れた。

「みなさん、こんにちは」

「来るの早いよ。もう少し、女子だけで楽しみたかったのに」
 伊香保が足を止めて言った。
「伊香保さん、そうですか。こちらにはあまり興味がないと」
 バンザイ先生は胸元から封筒を取り出した。
「いや、そうなると話は違ってくる」
「では、伊香保さん。こちらを読んでいただけますか?」
 伊香保は乱暴に手紙を受け取った。

「んもう。えっと、ようこそ沖縄へ。今回はツーショットデートです! えっ、うそ!!!」
 全員の目がキラキラと煌めく。

「お相手は……。右手を見てください?」
 全員がそろって右を向く。
 砂浜の先には健が立っていて、足下には小さな旗が立っている。

「そうです、ビーチフラッグ対決で優勝した人が、次のデートのお相手です。どうです、伊香保さん。女子同士で楽しめそうではありませんか?」
 バンザイ先生が伊香保に尋ねた。
「楽しめ……、ないよ!」
 伊香保のツッコミにバンザイ先生は苦笑いを浮かべた。

「それでは、ルールを説明します。こちらにうつ伏せになり、私が手を叩いたらスタートしていただきき、フラッグを取った方がデートのお相手です。よろしいですね?」
 全員は頷いた。バンザイ先生は砂浜に線を引き、全員が線上にうつ伏せになる。

「私がデート券をもらうから」
 美園は宣言するとフラッグを睨みつけた。
 バレー部の美園は運動で競わせたら大本命だ。それでも負けたくないと女子たちは睨み返す。

「それでは、位置について、よーい、パン!」

 バンザイ先生の手拍子に反応し、一斉に立ち上がる。美園が最初に立ち上がり、三歩で他の四人に二メートルの差をつけた。
 そして、そのままフラッグの元まで駆け抜け、最後は流すように歩き、フラッグを手に取った。
「やったー! やったよー!」
 飛び上がりながら喜び、フラッグの横にいた健とハイタッチをした。しばらくしてから、四人が団子状態で駆けてくる。

「はぁ、はぁ……。ちょっと待って。美園早すぎる。ずるいよ」
 ヒカリが息を切らせながら言った。

「あー、せっかく沖縄にきたのにデートできないのぉ?」
 ふらふらと歩いてきた伊香保は砂浜に倒れた。

「たぶん、そう言うと思ってた。みんな、後ろをみて」
 健の言葉で走ってきた方向に振りかえると、スタート地点にはバンザイ先生が立っている。

「みなさーん、二回戦がありまーす!」
 バンザイ先生は右手にフラッグを持ち大きく振ったあと、地面に突き刺した。
「えっ、うそ!?」
 ヒカリが急に元気を出した。

「やだー!」
 伊香保が急いで起き上がった。

「ツーショットデートは二回です。次のデートの相手も、あのフラッグを手にした人です」
 健の言葉を聞くやいなや、ヒカリはいち早くビーチに横になり、準備を整える。

「もう、余計なことを考えるのはやめる。絶対フラッグとるから」
 ヒカリは左右をみつめ、威嚇をする。

「わたしだって負けないんだから」
 みらいもヒカリに睨みを利かせる。

「たけるくんとデートしたいから、がんばらなきゃ」
「あたしも負けない」
 伊香保と苺は顔を見合わせた。

「それじゃあ、位置について、よーい、パン!」
 
 健の合図と共に一斉に顔を上げて、走り出す。
 四人はほぼ同時に立ち上がったが、身長が低い苺は一歩が短く、後れを取る。
 半分を過ぎたあたりで伊香保の足がもつれて転倒した。
 先頭はヒカリとみらい。体型もスピードもほぼ同じ。あと二メートルのところで、ヒカリはジャンプをして手を伸ばした。ヒカリが飛んだのを見て、みらいもジャンプをしたが、ヒカリの手がわずかに早くフラッグを掴んだ。
「やったぁ!!!」
 ヒカリは大きくガッツポーズをして空を見上げ、みらいは砂浜に倒れたまま空を見上げた。
「というわけで、ツーショットデートは、美園さんとヒカリさんに決定いたしました。それでは、お二人はデートの準備をお願いいたします」
 美園はスキップしながら宿舎へ戻り、ヒカリは、はぁはぁと息をしながら歩いて行った。





 美園は一度宿舎に戻ってからデートの支度をして、もう一度砂浜に出ると、健が水着姿で立っていた。
 美園の姿に気がついて「やあ」と手を振る。
「あれ? 水着変えた?」
「そう、デートだから、ビーチフラッグの時の水着はビーチバレーで着ているものなんだけど、その水着でここに来ようとしたら、ヒカリに止められた。デートなんだから、おしゃれしていきなって。これ、ヒカリのブランドの新作なんだって。こんなこともあろうかとって言って、持ってきてくれたの。これ、すごく可愛くない?」
 美園の着ているモスグリーンのビキニ姿は引き締まった腹筋が見え、スタイルの良さを隠さず表出している。

「似合うよ」
「でも、やっぱりちょっと恥ずかしいな」
 そう言って、手にしていた白いTシャツを被った。

「今日はシーカヤックで海に出たいと思います」
 健の視線の先にはシーカヤックが二艘浮かんでいる。

「こちらがインストラクターさんです」
 インストラクターは四十代くらいの男性で「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
 健と美園は砂浜でシーカヤックの指導を受け、二人で一つのカヤックに乗り込み海へ出た。
 美園が前、健が後ろに乗りこみ、パドルを左右に海に沈め漕いでいく。

「彼女は漕ぐのが上手いね。彼氏はバランス取れるようにフォローしてあげて」
 インストラクターのアドバイス通り、健は美園の動きをみてバランスを取る。
「二人ともすごいよ。普通は全然うまくいかないんだ。息ぴったり、相性ばっちりだね」
 美園は振り向き健に笑みを浮かべる。
「もう大丈夫そうだ。あとは若い二人で思う存分楽しんで。離れるけど何かあったらすぐに来るから」
 インストラクターはそう言うと、スイスイとパドルを漕ぎ遠くへ浜の方へ行ってしまった。

「美園が来てくれると思ってた」
「スポーツ勝負なら負けないもん」
 インストラクターが離れると、二人はパドルを漕ぐのをやめた。

「二人で一緒に何かするのって、楽しいね。うちのお母さんとお父さんも仲良くてね、二人でスポーツジム行ったり、フルマラソンも出場したりしてるの。一緒に達成をするのがいいんだって。ところで、たけるってスポーツするの?」
「剣道やってた。中学では全国大会出場したけど、高校に行ってからはやめちゃったけどね」
「そうなんだぁ。なんかもったいないな。全国まで行ったのに」
「仕事が忙しくなっちゃってね」
「じゃあ、今は何もしてないの?」
「ちょっとランニングするくらい。でも、少し余裕ができたから何かしたいと思ってる」
「じゃあ、二人で何かしたいな。たけるは何かしたい事ある?」
「うーん、何でもいいよ」
「じゃあ、いろんなことやろうよ。春は桜の下をサイクリングして、夏は、今日みたいにカヤックを一緒に漕ぐの。秋はマラソン大会に出たいし、冬はスノーボードをしに雪山に行こう」
「いいね」
「なんか想像しただけで楽しくなってきた」
 美園は振り返り健をみつめる。

「写真撮ろうよ。初めてツーショットデートをした記念に」
 美園がスマホを防水バッグから取り出し、インカメラにして構える。
「せーの」
 パシャリという音とともに画像がスマホに表示された。美園と健は満面の笑みだ。
「上手に撮れた。この写真を待ち受けにしちゃおうっと」
 美園はスマホを操作して写真を待受画面に設定した。

「お腹空いてきたから、ご飯食べない?」
「そうだね、ちょっと戻ろうか」
 カヤックを漕いで浜に戻りインストラクターに挨拶をし、海辺のカフェまで二人で歩いた。
 カフェはドリンクだけでなく各種食事も揃っている。

「僕はラフテー丼とさんぴん茶」
「私は、ゴーヤチャンプルーと沖縄そばとラフテーください。あと、食後に紫芋アイスも」
 テーブルにつくとすぐに料理が運ばれ、一緒に食べ始め、一緒に食べ終わった。

「ごちそうさまでした」
 健と美園は手を合わせた。

「私ね、男の人が苦手だったんだ。小学校からバレーを始めたんだけど、その時のコーチが男の人ですごく怖かった。高圧的だし、時々体触ってきたりされて。それから男の人を避けてきてた。だから、恋をすることもできなくって。でも、このままじゃダメだって思ったんだ」
 美園は海を見つめながら語っていく。

「去年、親友に彼氏ができたの。いつも二人でいて、手を繋いでデートして、毎日楽しそうに過ごしてた。それを見て、私も彼氏が欲しいな、恋したいなって思った。でも、男の人ってやっぱり怖いイメージだったから自分から恋に踏み出せなかったところに、バチェラー参加の募集を見つけたの。ポスターの中のたけるは優しそうだなぁって思ったり、一緒にデートするならどこ行こうかなぁとか、ポスターの前を通り過ぎるたびに考えてた。おかしいでしょ?」
「ううん」
 健は横に首を振った。

「ある日、ポスターをじっと見てたらバレー部の先輩が来て『出なよ』って言われたの。その先輩って私がすごく尊敬している人。プロチームに内定してるくらい上手で、プレーも生活も真似しているくらい本当に尊敬してる。だから、全てのアドバイスを受け入れることにしているの。アドバイス通りにやると絶対上手くいくから。だから、言われた通りにバチェラーに出ようと思った。いま思うと、誰かに背中を押してもらいたかったのだと思う」

「実際に出てみてどう?」
「最初は緊張しすぎてやっぱり出なければ良かったとか、デートに誘われなくて不安になったりもした」
「緊張しているのは俺にもわかったよ」
「けど、今は出て良かったと思ってる。今日だってこんなに楽しいし」
「やっぱりそうだよね。緊張して全然喋れなかったから、すぐに落とされるかと思った。だから、今まで残っているのが自分でも不思議に思う」
「実は今日のデートは美園に来て欲しいから、ビーチフラッグにしたんだ」

「えっ、そうなの!?」

「みんながどれだけ真剣にバチェラーに取り組んでいるかを見ようと思って、ビーチフラッグをやろうと思ったんだけど、予想通りみんな一生懸命に走ってた。でも、本当のことを言うと、美園とツーショットで話をしたかったから、ビーチフラッグにしたんだ。体を動かす勝負なら美園が勝って来てくれると思ったし、予想通り美園は来てくれた」
「そうなんだ……」
「美園がパーティの時に、最初に二人で話そうって言ってくれた。でも、なかなか長い時間が取れなくて、きちんと話もできてなかった。だから、時間をとってちゃんと話をしたいとずっと思っていたから」
「うれしい。実は私もそう思ってた。ねぇ、あそこ座ってみたい」
 美園はカフェの外にある木製のハンギングチェアを指さした。
「いいよ」
 二人はカフェを出てハンギングチェアに座るとゆらゆらと揺れる。

「美園は、いつも最初に声をかけてくれたよね」
「それも先輩のアドバイス。先手必勝」
「そっか。美園はすごいね」
「ううん、ぜんぜんすごくない。だから、いつもがんばらなきゃ、努力しなきゃ、って思う。このバチェラーもそう。みんな素敵な女の子ばっかり。可愛くてスタイル良くて、個性もあってみんなすごい。私は、みんなに比べたら普通。だから、だれよりも頑張らなきゃいけない。気持ちで負けてちゃダメなの」
「こんなに一生懸命な女の子は初めて見たよ」
「ありがとう。でも、これでいいのか正直わからないんだ。一生懸命やっていても、たけるがどう思ってくれているのか」
「僕は一生懸命な人が好きなんだ。ちょっと待っていてくれる?」
 健は裏に戻り箱を持ってくると、美園の前で開けた。そこには一輪のローズが入っていた。

「ローズを受け取ってくれませんか?」

「えっ!? いいの?」
「うん。これが俺の気持ち。美園の真っ直ぐな想いは伝わってる。僕の気持ちも伝わった?」
「うん、伝わった。ありがとう」
 美園はローズを受け取りまじまじと見つめる。
 ハンギングチェアに腰掛けると肩や背中やふとももが当たり、お互いの体温を感じていた。
 健が美園の背中にそっとタオルをかけた。
「あっ、タオル。嬉しい。バレーボールってタイムアウトの時間にベンチにいる後輩からタオルをかけてもらうの。好きな先輩とか目標とする先輩を目指していくんだけど、中学生の時は私にはいっぱいタオルがかかったの。私、女の子にはモテるから。でもね、男の子にタオルをかけてもらうのは初めて」
 笑顔をみせる美園の目は潤んでいた。それから、何も言わずに二人で海を見ていた。
「今日は楽しかった」
「うん、ありがとう。私もすっごく楽しかった」
「またね」
 美園は次のデートに行く健を見えなくなるまで見つめていた。





 ヒカリは約束の十五分前から、待ち合わせ場所の国際通り入り口で待っていた。健は時間ちょうどにタクシーで到着した。
「たけるん!」
 ヒカリは気持ちが高ぶり、飛び上がりながら手を振った。そして、健に近づきハグをする。

「たけるんと初めてのツーショットデート。すごく楽しみにしてたの。行こう」
 ヒカリは右手を健の目の前に出す。
「たけるん、ん」
 健がその手を見つめている。
「ほら、デートする時って普通さぁ」
 健はヒカリの右手に手を伸ばすと、ヒカリから手を恋人繋ぎで握り腕を引き寄せる。
「やったぁ。手をつないじゃった」
 ヒカリはうふふと笑う。

「ねぇ、どこ行く? ちょっとお腹すいちゃったから何か食べたいな。あっ、ブルーシールアイスクリームがある。たべよー」
 二人は店先まで手を繋いで歩き、メニュー表を眺める。
「わたし、トロピカルマーブル。たけるんは?」
「ブルーウェーブで」
 お金を支払うとすぐにアイスを渡され、ヒカリは上から舐める。

「んー、美味しい。すっごい南国の味がする。たけるんも食べてみる? はい、あーん」
 ヒカリは自分のアイスをスプーンですくい、健の口へ入れる。
「美味しい」
「たけるんのも食べてみたい。ちょっとちょうだい」
 ヒカリは健のアイスにかぶりつく。
「んー、こっちもパイナップルとソーダがマッチして美味しい。口の中がトロピカルだー」
 あっという間に二人はアイスを食べ切ってしまった。

「じゃあ、次はサーターアンダギー食べたい。あっ、あそこに売ってる。すいませーん、一つください。はい、半分こ」
 出来立てのサーターアンダギーをヒカリは手で半分にし健の口元に差し出した。
「やっぱり出来たてはふかふかして美味しいね」
 健はもぐもぐと口をうごかしながら、うなずいた。
「さんぴん茶、飲む?」
 ヒカリから手渡されたペットボトルに口をつけた。
「私も食べよっと」
 ヒカリは残ったサーターアンダギーを口に入れ、先ほどのさんぴん茶で流し込んだ。
「美味しい。あっ、間接キスしちゃった」
 ぺろっと舌を出したけど、悪びれる様子はない。

「じゃあ、お腹も膨れたことだし、夜の街に繰り出そう!」
 ヒカリは右手を挙げた。
「夜の街って、ちょっとドキドキするね」
 二人で手をつなぎながらキラキラとしたネオンの下、人混みをかき分けていく。

「あっ、あの店入ってもいい?」
「いいよ」
 入ったのは十代向けの洋服屋だった。

「えっとー、あっ。あった。これこれ」
 ヒカリは小さなイヤリングを手に取った。

「これ、私がデザインしたの」
「ヒカリが? すごいじゃん」
「このお店も取り扱ってくれてるんだ。嬉しいな。実は昨日もいいデザインが思いついちゃったから、夢中で描いていたら二時になっちゃってた。だから寝不足」
「もしかして、今も眠い?」
「午前中に昼寝して、エナドリもキメてきたから大丈夫」
 ヒカリは親指を立てた。

「この旅の途中も仕事をしているの?」
「うん。仕事大好き。でも、勉強もしないといけないから、勉強もしてる。わたし、青学を目指してるの。青学って渋谷に近いじゃん? 仕事も勉強も一度にできるなぁって思うの」
「すごく考えてるんだね」
「うん、こう見えて、結構考えてる。もう三年生だしね。たけるんはどこ大いくの?」
「まだ決めてない」
「まぁ、一年生だからね」
「とりあえず、仕事が落ち着いたから、バチェラーに参加しているんだけど、次の仕事は何をしようか迷っているところ。今までは自分一人でアプリを作っていたけど、今度はもっとたくさんの人たちと一緒に、世界に通用するような何かを作ってみたいなぁって思ってる」
「おっきい夢だね。たけるん、かっこいい。あっ、かりゆしシャツだ。ハイビスカス可愛くない? ねぇ、これ買って一緒に着ようよ」
「いいよ」
 ヒカリは赤のかりゆしウェアを、健は青のかりゆしウェアを購入し、着たまま店を出た。

「お揃いだね。なんか夫婦みたい。ちょっと写真撮ろう」
 ヒカリはスマホを構えると、顔を寄せ合い写真を撮った。

「うちら、お似合いじゃない? あっ、あそこで何かやってる」
 ヒカリは健の手を引っ張り、人だかりの方向へ進んでいく。
 そこでは大道芸人が長細い風船を膨らませて、器用に犬や剣を作っては子供達にプレゼントしていた。

「私もほしーい」
 ヒカリが手を挙げて言うと、気持ちが伝わったのかピエロの格好をした大道芸人が赤いバルーンと緑のバルーンを膨らませる。
 緑のバルーンは茎、赤いバルーンは花弁を象ったものだった。大道芸人は二つのバルーンを合わせて花を作り、健にパントマイムをしている。

「えっと……」

 バルーンを隣にいるヒカリへプレゼントしろ、という意味のようだ。
「はい、これ。プレゼント」
 健がバルーンの花をヒカリへ渡した。

「ありがとう。もしかして、これってローズ?」
「んー、ちがうかな。渡すのは今じゃない」
 苦笑いで答える。

「なんだー、残念」
 ヒカリは拗ねた顔をした。

「でも、ありがとう。そういえば、たけるんの好きなタイプって、芸能人でいうと誰?」
「うーん、難しいなぁ。最近あんまりテレビとかみないからわかんないや」
「じゃあ、ギャルは嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「こんな感じのギャルメイクでも平気?」
「見た目はそれほど気にしないかな」
「じゃあ、どうしたら好きになってもらえる?」
「うーん。ヒカリの事をもっと知りたい。知れば、もっと好きになるかも」
 ヒカリは公園を見つけベンチに腰掛けた。

「じゃあ、私の事をもっといっぱい知ってほしいから、どうして服飾の世界に入ったのか話すね。ちょっと長いけど最後まで聞いてくれる?」
「もちろん」
 健は大きくうなずいた。

「うち母子家庭なの。CRASってアパレルメーカー知ってる? お父さんはそこの社長兼デザイナー。なんでうちが母子家庭かっていうと、結婚してないから。お父さんはプレイボーイで有名なんだけど、お母さんも愛人の一人で、その子供が私。お父さんは愛人がたくさんいすぎて、子供ができても誰も認知してない。養育費もくれない。だから、お母さんは私を養おうとして夜の仕事もして、なんとか養ってくれてる。昔はお母さんの苦労が分からなくって、なんで私がこんな辛い思いしなきゃいけないのって荒れた時期があったんだ。荒れてたから友達もいなくなって、ひとりぼっちになって、寂しくなって、人がたくさんいる渋谷に来たの。渋谷ならたくさん人がいて寂しくないから」
 ヒカリは健を一度見つめ、下を向きながら話を続ける。

「当時は本当にイライラしてて、お母さんの財布からお金をパクって、109で散財してやろうって思ったの。とりあえずスイパラ行って食べまくって、その後109行ったの。そこで服を買いまくってやろうと思って、いつも買うところよりもちょっと高いお店入ったんだ。私がそのお店で気になった服を全部抱えて、レジに持っていったら裏に連れてかれた。中学生なのにこんなに服を買いまくろうとしているのを不審に思ったみたい。そりゃそうだよね。全部で十万くらいするんだもん。しかも、一人で買い物に来てる。絶対おかしいよね。でも、裏に連れてかれて、最初に言われた言葉が『あんた何があったの?』だった。その一言聞いたら、号泣しちゃってさ。ほとんどの大人は理由なんて聞いてくれない。『なんでそんなことをしたんだ?』とか『こんなことして良いと思ってるのか』とか。私の事を知ろうともせずに否定ばっかり。そんな大人が大嫌いだった。でも、この人は私を理解しようとしてくれてるって思って、全部話しちゃったの。その人も荒れてた時期があったみたいで、同じことをした私を放っておけなかったみたい。私も一緒だよって言ってくれて、あったかいミルクティー買ってきてくれて、一緒に飲みながらいろいろ話した。本音で話せたのは初めてで嬉しかった」
 ヒカリは一度、健に笑顔を向けてから再び話し始める。

「でもね、その人はただの店員さんじゃなかった。実はブランドの社長だったの。社長って普段はお店に立って接客することなんてほとんどないんだけど、その人は接客が好きで時間を作ってむりやり接客やっていたんだって。そこにたまたま私が現れた。本当に奇跡的な出会いだった。その人のことを師匠って呼んでるんだけど、もし、その時に師匠がいなかったら、私はヤバイ薬やってたりとか、風俗で働いてたかもしれない。私を救ってくれた人。師匠と一緒にいたかったから『ここで働かせてください!』って言ったんだけど、中学生が働けるわけもないから、高校生になったらねって言われた。『それまで何をしたらいい?』って聞いたら、とにかく勉強をしておけって言われて、言われた通りに死ぬほど勉強して、プライム高校に入った。プライム高校は成績優秀者が学費免除になるから選んだの。あと、渋谷も近いし。高校生になってからは、土日はショップでバイトしたり、渋谷のお店を片っ端から回って服を見に行ったりして、夜になったら師匠と一緒にご飯食べた。師匠には仕事も社会も全部教えてもらった。それでね、私には夢があって、師匠のブランドに貢献して恩返ししたら、自分のブランドを立ち上げたいの」

「ヒカリ、ちょっとだけ待っていてくれる?」
 健は話を一度止めて席を外し、ジュースを二つ持って戻ってきた。
「シークワーサージュースとパイナップルジュースどっちが良い? いっぱいしゃべって」
 目の前のカップはとうに空になっていた。
「ありがとう。じゃあ、シークワーサーにする」
 健はシークワーサージュースをヒカリの前に置き、パイナップルジュースを自分の前に置いて一口すすった。

「シークワーサー美味しい。あっ、パイナップルもちょうだい」
 ヒカリはタケルが口をつけたパイナップルジュースをうばい、ずずっとすする。
「パイナップルも美味しいね。あっ、いっぱい飲んじゃった」
「いいよ。それより、さっきの話の続きを聞かせて」

「えっと、自分のブランドを立ち上げたら、コレクションに出して、そこでお父さんに一言言ってやるの。ここまできたぞって。それで、思いっきりビンタするの。お母さんを泣かせやがってって。復讐してやるの」

「復讐……」

「だって、私とお母さんを辛い目に合わせたんだよ。他の女だって。同じ思いをしている。許せない」
「ヒカリ、言い過ぎじゃない?」
「言い過ぎじゃない。マジで女の敵。クズ野郎。あんなやつ死ねばいい」
「そんなことを言うなら、これは渡せない」
 健は右手に隠し持っていたバラを箱の中に戻した。

「ローズ……」
「ヒカリが夢を語っているとき、すごく輝いてた。だから、もう少し一緒に旅を続けたいと思った」
 ヒカリは健に背を向ける。
「ローズなんてもらえなくていい。バチェラーなんて売名のために出たようなものだもん。私が有名になって、ブランドが有名になればそれで良かった。それだけ」
「違うよ。売名が目的だったら、もっと自分勝手に振るまってる。でも、ヒカリは苺に似合うイヤリングを貸してあげたり、美園に似合う水着を貸してあげたり、他の女の子にもたくさん気を使ってくれてるし、このバチェラーを盛り上げようと努力してくれてる」
 ヒカリは何も言わずに涙をながし頭を横に振る。

「だから、わざと誤解されるように言わないで欲しい」
「もう! なんで! 年下のくせに!」
 ヒカリは健の胸をポコポコ叩いた。健はその上から包むようにヒカリを抱きしめた。

「なんで、私の気持ちがわかるの?」

「ちゃんと見ていれば、わかるよ」
「やっぱり、バチェラーに選ばれる人だね」
 すると、ゆっくりと力が抜けていった。

「たけるん、ありがと」
「ううん。本当の渋谷ヒカリを知ることができて良かった」
「本当の私を知ろうとしてくれたのは、師匠とたけるんだけ。バチェラーに来てこんな事になるなんて思わなかった」
 ヒカリは顔を上げて涙を拭った。

「ヒカリ、ローズを受け取ってくれませんか?」
 そう言うと、もう一度箱の中からバラを取り出し、ヒカリの目の前に差し出した。

「たけるん。ありがとう。でもね、ローズは受け取れない」
「どうして?」
 ヒカリは健の空の左手を両手で握った。

「私ね、ミキがバチェラーを去った理由を知ってるんだ。ヘリコプターデートの帰りに一人で泣いているのを見ちゃって、声をかけずにはいられなかったの。ミキとは波長が合うから、この旅の途中で親友になった。だから、全部話してくれた。ミキは真剣にバチェラーと向き合ってた。私はまだ真剣に向き合えてない。ここで同情されてるみたいな気持ちでローズをもらっちゃうと、ミキや他の参加者に失礼だと思うの」
「でも……」
 ヒカリが健の手からローズを取り、ケースに戻した。

「たけるんのことは好き。でも、まだ私は他の女の子みたいに恋してない」
 健がふとカメラに目をやると、佐久間先生が時計を指さしている。デート終了時刻間近だ。

「今日はもう帰ろうか」
「うん。私が先に帰る。そうしないと、ずっと一緒にいたくなっちゃうから」
「わかった。俺がここで見送るよ」
 ヒカリは踵を返して人混みの中、進んでいく。あと少しで見えなくなってしまいそうなところで振り向いた。

「ねぇ、たけるん」
 ヒカリは大きな声で叫んだ。
「なぁに?」
 健も大きな声で答える。



「これからもずっと私のことみててね!」



「もちろん」
「今日はありがとう! 好き!」
 ヒカリは投げキッスをすると、走って夜の闇に消えていった。






 夕ご飯を終えて、伊香保と苺とみらいは宿舎のリビングにいた。
「みんな帰ってこないね」
 苺がぼやく。

「あたしもツーショットデートしたいなぁ」
「伊香保ちゃんは二人で観覧車のったじゃん」
「あっ、そっか。でも、あの時はなんか二人っきり感はあんまりなかったのよ」
 伊香保はみらいをチラリとみた。

「なに?」

「別に」
 伊香保は苺に視線を戻す。

「もっと長く一緒にいたいよね。わたしもたけるくんと一緒にポニータクシーに乗ったけど、すぐに終わっちゃったし」
「あー、デートしたいなぁ」
 伊香保が天井を見上げてぼやく。

「伊香保さん、デートがしたいと」
 バンザイ先生が伊香保の顔を覗き込んだ。

「バンザイ先生!? いつからいたの?」
 驚いた伊香保をよそに、バンザイ先生は「先ほどから」と言って、ニコニコとしている。

「ってことは、もしかして?」
 伊香保が前のめりになる。

「そうです」
 バンザイ先生がスーツの内ポケットから封筒を取り出す。

「それでは……」
「あたし、読む! じっとしてらんない」
 伊香保が前に出て、バンザイ先生から封筒を奪い取った。

「これはデートのお誘いよね」
 伊香保は手を震わせながら封筒から便箋を取り出す。

「えっと、みなさん、沖縄を楽しんでいますか? 沖縄には綺麗な魚がたくさんいるそうです。それらを見ることができる『美ら海水族館』で一緒に魚を眺めませんか。お相手は……」
 三人は息を飲む。
「小山苺さん」
 伊香保は膝から崩れ落ちた。

「えっ、わたし? やったぁ!」
 苺はぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「よかったね」
 隣でみらいは笑顔を浮かべる。

「それでは、苺さんは明日のデートの準備をお願いいたします」
「はい!」
 バンザイ先生は苺と一緒にリビングを出て行った。

「はぁ、またデートに誘われなかった」
 伊香保はリビングにへたりこんだまま嘆いた。

「仕方ないよ」
「ねぇ、どうしてみらいはそんなに冷静でいられるの?」
「慌ててもなにも変わらないじゃない」
「へぇ。やっぱり、昔から知り合いだと余裕なのね」

「前も言ったけど、幼馴染っていうのはもう関係ない。たけちゃんの今の一番好きな人はたぶんわたしじゃない」

「なんでそう思うの?」
「たけちゃんの顔を見ればわかるよ」
「幼馴染だとなんでもわかっちゃうのね」
「本当に全部わかる。楽しいとか、悲しいとか。心の声が聞こえるみたいに。わたし以外の人を想っている時だってわかる。だから、他の女の子と一緒にいるたけちゃんをなるべく見ないように、考えないようにしてる。苦しいから」
 みらいは席を立った。

「ねぇ、どこに行くの?」
「部屋に戻るの」
「ごめん。怒らせちゃった? そういうつもりじゃなかったの」
「ううん。いいの。傷つくのは覚悟して来てるから」





 美ら海水族館の入り口にある大きなジンベイザメのオブジェの下で健は待っていた。
 苺がやってきたのに気付いて健が右手を上げると、苺は急いで駆けてくる。
「おはよ」
「おはよー、たけるくん。いぇい」
 苺と健はハイタッチをした。

「今日、すごくたのしみだったんだ。ちゃんと予習してきたから、わたしが案内するね。だから、しっかりついてきて。でも、そのまえに、一緒に写真撮ろう」
 苺はスマホを出してインカメラを向ける。入り口にある大きなジンベイザメの像を背景に写真を取った。写真は苺の顔が中央にアップで写り、健の顔は半分切れてしまっている。
「たけるくんがうまく入らない」
「苺、かしてごらん」
 健はスマホを取ると、左手を伸ばして、苺と健、ジンベイザメのモニュメントが写るように写真を撮った。

「たけるくんすごーい。スマホの待ち受け写真にしよっと。えっと、写真を変えるのは、うーんと……」
「やろうか?」
「お願い!」
 苺はもう一度スマホを健に手渡した。

「あれ? この写真」
 スマホの待ち受けは、バチェラー開催を知らせるポスターに映った健だった。

「たけるくんの写真にしているんだ。なんだか恥ずかしいな」
 苺はもじもじと体を捻る。

「写真を待受画面にできたよ」
「やったぁ。ありがとう」
 苺はスマホの画面を確認すると、健に笑顔を向けた。

「じゃあ、水族館に入ろう!」
 苺は予習ノートを開いて、進路を確認しながら進んでいく。

「最初はここ! タッチプール! ここはね、ヒトデとか、なまこが触れるんだよ」
 砂浜を模した浅いプールにいろいろな海の生物がいて、苺は人差し指でつついたり、手に取ったりしてはしゃいでいる。
「わー、なまこぷにょぷにょするー。あはは、サンゴはちょっと硬いねー」
 一通り触り終えると、ハンカチを出して手を拭いた。

「楽しかったね。じゃあ、次は熱帯魚ゾーンだよ」
 苺が先頭で進む。照明が徐々に暗くなり、水槽ではカラフルな熱帯魚が泳いでいる。
「すごーい、きれい。なんで魚が黄色いんだろー」
 苺はアクリルの水槽に両手とひたいをつけ、じっと魚を見つめる。
「あっ、ニモがいるよ」
 苺はカクレクマノミを指さして言った。
「家で育てたいけど、脱走しちゃいそうだし、かわいそうだから飼わないんだ」
 苺はニコッと笑ってから、歩き出した。

「次は美ら海シアターだよ」
 次のドアを潜ると小さな映画館のようになっていて、二人は空いている席に腰を下ろした。
 するとすぐに部屋が暗くなり、画面には沖縄周辺に生息する魚の解説動画が流れ始めた。

「今回は沖縄の海のいきものと人との関わりがテーマなんだって」
 苺は小声で解説の解説をする。
「珊瑚がたくさん生えてるから透明度が高いんだって。砂浜が白いのも珊瑚の死がいで白くなってるの」
「なるほどね」
 目の前には壮大な沖縄の海の映像が広がり、見たことのある宿舎が映った。
「ねぇ、苺。あの場所って宿舎の近くじゃない?」
 返事がないと思って、横を見ると苺は目を瞑ってこっくりこっくりと揺れていた。ついには、健の肩に頭を預けてしまった。

「苺、終わったよ」

「えっ!? おわっちゃった?」
 苺はハッと目を開けた。あたりを見回すと、苺と健しかいない。

「俺たちも行こうか」
 健が立ち上がり歩き出すと、苺は置いてかれないように健の服の袖を掴んだ。

「ごめんね、寝ちゃって」
「ううん、いいよ」
「おこってる?」
「ぜんぜん」
 健は笑顔を見せると苺は安心したのか、いつものように顔がほころんだ。

「じゃあ、次はね、えっと……」
「こっちだよ」
 健が苺の手をとり先に進んでいく。

「あっ、ジンベイザメだ!」
 人混みの奥には大きなジンベイザメが泳いでいる。
「苺、こっち」

「えっ、いっちゃうの? ジンベイザメ見たいのに」

「おいで」
 苺は残念そうな顔で健についていく。そして、到着したのは館内にあるカフェだった。
「あの、予約した山戸です」
「はい、こちらに席をご用意しております」
 案内された席は大きな水槽の目の前で、テーブルには一輪のローズが飾られている。

「えっ、嘘?」

「苺、ここならゆっくりジンベイザメを見れるでしょ?」
「うん」
 さっそく大きな水槽の目の前にジンベイザメが近づいてきて、苺の視線が釘付けになった。

「でも、その前に何か頼もうか」
 健はメニュー表を苺に開いて渡した。

「わたしは、美ら海ゴールドパインプレミアムソフト」
「俺はラテアートコーヒー。ジンベイザメで」
 店員はオーダを聞くと、テーブルを去った。

「たけるくんもジンベイザメ好きなの?」
「うん」
「わたしも好きー。一緒だね」
「ねぇ、苺。もしかして、昨日は夜遅くまで予習してたの?」
「うん。たけるくんに楽しんで欲しくていっぱい予習してた。そしたら、12時になっちゃってた。わたし、普段は夜の10時に寝るから、今日はちょっと眠いんだ。でもね、みて。ただの予習ノートじゃないんだよ」
 苺が広げたノートは手書きの文字と絵が描かれていて、中央に四角で囲まれた空白がある。

「二人でいっぱい写真を撮って、ここに貼るの。そうすると二人だけの思い出のアルバムができるんだ。完成したらたけるくんにもみせてあげるね」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
 健がテーブルに飾られているローズを取ろうとした瞬間、

「ジンベイザメ来たよ! ほら、みてみて」
「ほんとだ」
「おっきいねぇ」
「おっきい」
 苺は近くにきたジンベイザメを凝視する。
 健は手にしたローズを離した。

「可愛い」

「やっぱり、たけるくんもジンベイザメは可愛いと思う?」
「えっ、あぁ、うん。いや、ジンベイザメも可愛いけど……」
「ん?」
「苺もかわいいなって思って」
「えっ、あっ、あり、ありがとう」
 苺の顔は真っ赤になっている。

「ねぇ、苺……」
「やだ、あんまりみないで。恥ずかしいから」
 体を水槽側に向けて運ばれてきたマンゴーアイスを頬張る。

「あのね、たけるくん。今日ね、すっごく楽しかったから、最後に、デートの記念にお揃いのお土産買いたいの。いい?」
「じゃあ、お土産屋さんに行こうか」
「やったぁ」
 二人はカフェを後にすると、どちらからともなく手を繋ぎ、ショップへ向かった。店内をぐるぐると周り、良いものがないか探す。

「これにしよう」

 苺が棚から手に取ったのはジンベイザメのぬいぐるみマスコットだった。
「わたしはピンク、たけるくんは青」
 二人でレジに持って行き、それぞれ購入してリュックにつける。
「やったね。おそろい」
 ほくほく顔の苺はスマホを向けて写真を撮って、ふと腕時計に目をやる。

「あっ、もう時間だよね。じゃあ、ここまで。今日はすっごく楽しかった。いっぱい写真を撮れた。思い出帳が完成したら見せてあげるね。じゃあ、バイバイ」
 苺は大きく手を振って走って去っていった。

「ローズ……。渡せなかったな」

 背中に隠し持ったローズを手に持ったまま、健は立ちつくしていた。





「ただいまー。楽しかったぁ」
 苺がリビングのドアを開けると、伊香保とみらいがソファーに座っていた。
「みてみて、このぬいぐるみはたけるくんとお揃いなの」
 苺はリビングに入るやいなや、ぬいぐるみとスマホの写真を見せびらかす。
「それにね、苺かわいいねって言われちゃった。どうしよう」
 苺は左右に身をよじる。

「苺は可愛いもん。ねっ、伊香保?」
 みらいが伊香保に言った。
「う、うん。可愛い」
「えへへ……」
「それで、苺、ローズはもらった?」
 伊香保が尋ねる。

「ローズ???」
「もらってないわね」
「ローズセレモニーは今日じゃないよ?」
「もう、バカね。ローズはセレモニーじゃなくて健がくれたらももらえるの。最初にみらいがデートしてもらってきたでしょ?」
「あっ、たしかにもらってた。でもローズなんてあったかなぁ。お魚はたくさん泳いでたけど。もしかして、水槽の中にローズがあったのかも」
「んなわけないじゃない。水槽の中にあったとしても、健がどうやって取りに行くのよ」
「でも、どこかで見たような……。一緒にいっぱい写真撮ったから、見てみる」
 苺はスマホを取り出し、横から伊香保とみらいが覗き込みながら写真を見返してみる。

「あっ、あった!」
 みらいが声をあげる。

「どこどこ?」
「ほら、カフェのテーブルの上」
「本当だぁ。カフェの席にあったんだ。ジンベイザメに夢中でぜんぜん覚えてないや。たけるくんに可愛いって言われたのもその時だし」
「そのあとの写真では、バラがなくなっている」
「ということは、たけちゃんはローズを花瓶から取った」
「ってことは、健はローズをわたそうとしていた」
「けど、もらわなかったってことは……。もしかして、苺はローズをもらい損ねた?」
 みらいと伊香保が苺を見つめる。

「えー、そんなぁ」
 苺はその場にへたり込んでしまった。伊香保とみらいは苦笑いをした。





 翌日の朝、女子全員が集まったリビングにバンザイ先生が入ってきた。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございまーす」
 全員が口を揃えて挨拶をした。

「本日は沖縄最終日です。夜にローズセレモニーがありますが、パーティはありません。そして、ローズセレモニーで一人がこの場を去ることになります」
 バンザイ先生の言葉にどこからか深いため息が聞こえた。

「その前に少しだけ時間があります。バチェラーはせっかく沖縄まで来たので、まだお話をしていないお二人とも話をしたいと申しております」
「おー」と言って、伊香保とみらいが顔を見合わせる。
「お二人のために、ランチデートとアフタヌーンティーデートをご用意しました。しかし、デートの時間は一時間。そして、ローズのご用意はありません」
「えー」と伊香保が嘆いた。
「伊香保さん、やめておきますか?」
「やめない、やめない。やるよ。せっかくのチャンスだもん」
「それでは、伊香保さん。こちらを読んでいただけますか?」
 伊香保はバンザイ先生から手紙を受け取った。

「伊香保さんをランチデートにご招待します。よおぉっっしゃぁ!!!!」
「そして、みらいさん。こちらを読んでいただけますか?」
 みらいもバンザイ先生から手紙を受け取る。

「みらいさんをアフタヌーンティーにご招待します。よしっ! ってわかったんだけどね」
 伊香保とみらいは顔を見合わせて笑った。

「伊香保、みらい、頑張って」「がんばって」
 美園と苺の言葉に二人は黙ってうなずいた。
「みらい、待って」
 ヒカリの声にみらいは振り向く。
「やっぱ、みらいって完璧よね」
 ヒカリは頭の先からつま先までじろじろと見つめた。
「みらい、頑張ってね」
「うん、ありがとう」
 みらいはそのままリビングを去っていった。

「次は伊香保」
「なぁに?」
 伊香保は苺と美園の手を離し、ヒカリの方向へ体を向けた。
「ちょっとだけいいかな」
 ヒカリは伊香保の手を引いて、自分の部屋に伊香保を連れていった。
「ちょっと、ここ座って」
「えっ、なに、なに?」
「伊香保にメークしたいの。いい?」
「別に、いいけど」
 伊香保はヒカリの部屋に連れていかれた。




 伊香保はビーチにあるバーベキュー場で肉を焼きながら待っていた。
「あー、たけるー。こっちこっちー」
 トングを握った手と逆の手を大きく振る。健がグリルの元につくやいなや、伊香保は紙の皿と割り箸を渡し、どんどん皿に肉をのせていく。
「ほら、健、食べて。たくさん食べないと元気つかないんだから。バチェラーも体力勝負よ。ほら、石垣牛」
「そうだね。あれ? なんか今日は雰囲気違くない?」
「やっぱり、わかる? 今日のメークはヒカリにやってもらったの」
「へぇ。なんかすごくキラキラしてて、綺麗に見えるよ」

「やだぁ、綺麗だなんて。もっと言っていいのよ」
 伊香保は健の肩を叩く。

「でもね、今日は時間がないから、あんまりふざけてばかりじゃいけないの。まずはご飯を食べないとね」
 伊香保は網に乗った野菜や肉を次々と裏返していく。

「はぁ、暑くなってきちゃった。ちょっと脱いでいい?」

 沖縄の気温とバーベキューの炭で伊香保のTシャツの首元は汗で濡れていた。
「えっ? いいけど……」
 伊香保はTシャツとショートパンツを脱ぐと白のビキニ姿になった。
「えっ、水着?」
「そう。今回の旅のために新調したんだけど、ビーチフラッグの時にしか見せられなかったから、着てきたの。どう?」
「う、うん。いいと思うよ」
「でしょ? あたしも石垣牛みたいでしょ」
 伊香保は豊満な胸を寄せて見せつけると、健は目を逸らした。

「もう、照れちゃって。ところで、健は嫌いな食べ物はある?」
「特にないかな」
「じゃあ、野菜も食べなきゃね」
 薄く切ったカボチャや玉ねぎやピーマンもちょうどよく焼け、どんどん健の皿にのせていく。その合間に肉とご飯をかき込むように頬張る。

「伊香保はよく食べるよね」
「そう、だからちょっと太っちゃって。これ、ちょっと触ってみて」
 伊香保は健の手を取りお腹に当てる。

「こんなにお腹が大きくなっちゃった。いま動いたのわかった? あたしたちの赤ちゃん」
「いや、ちょっと」
「あはは、冗談!」
 バシバシと背中を叩いた。

「ねぇ、あたしと一緒にいると、毎日楽しいよ。だからさ、あたしを選んで欲しいの。もし、あたしを選ばなくても恨まない。でも、あたしを選んだら絶対に幸せにしてあげる」
「たしかに、伊香保といればなんでも笑い飛ばせる気がする」
「おー、わかってるじゃん」
 伊香保は健をつついた。

「それでは、お時間になりました」
 声に振り返ると、バンザイ先生が立っていた。
「もう!? 早くない?」
「ちょうど、一時間でございます」
 バンザイ先生は自分の腕時計を指さした。

「あー、バンザイ先生の時計の電池を抜いておけば良かった。でも、すごく楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
「じゃあ、またローズセレモニーで」
「バイバイ」
 健は席を立ち、バンザイ先生とバーベキュー会場を去った。





「たけちゃん、こっち」
 宿舎のテラスでみらいが手招きをする。テーブルの上には小さなチョコレートやクッキーなどのお菓子と紅茶が置いてある。
「紅茶いれるね」
 みらいはティーポットから健のカップに紅茶を注ぐ。

「いただきます」
 健は手を合わせてから紅茶をすする。

「じゃあ、さっそく本題に入るね。今日は時間がないから話すことを考えてきたんだ」
 みらいはスマホを取り出しメモアプリを起動する。

「まず、今の気持ちを素直に話すね」
 みらいはスマホを置いて、健を真剣に見つめる。

「やっぱり落とされるのが怖い。ミキや日立みたいにすごく魅力的な女の子でも残れなかった。だから、今日がたけちゃんと話すのが最後のつもりで話をするね」
「今日が最後、か……」
「可能性はゼロじゃないでしょ? 旅を終えなければいけない可能性はあるから、残された時間を悔いなく過ごしたいの」
 みらいは紅茶を一口含んだ。

「わたしね、たけちゃんがバチェラーに選ばれた時、すごく驚いた。だって、あの冴えないたけちゃんがバチェラーだもん。でも、PV動画をみたら、わたしの知っているたけちゃんじゃなかった。かっこ良くって、もうしっかりと大人になって、すごく魅力的な男性だった」
 みらいは一息ついてから、再び口を開いた。

「クラスメイトでも立候補した子が何人かいて、すごく可愛い子だった。たけちゃんがその子達の誰かと付き合うことになるのかなぁって考えてたら、胸が苦しかった。たけちゃんを誰かに取られたくないって気持ちがあった。他の誰かと付き合うことになったとしても自分が見届けたい気持ちもあってバチェラー部に参加したの。でもね、参加したらこんなに大変だと思わなかった。他の女の子とデートしてる時間はすごく苦しいし不安になる」
 健は黙って頷く。

「わたしはたけちゃんともう一度一緒にいたい」

 みらいはじっと見つめ、健は下を向いた。
「バチェラー、そろそろお時間です」
 バンザイ先生が二人の前に現れて言った。みらいは席を立ち健の手に手を添えた。
「わたしはたけちゃんのこと信じてるから」
 みらいはテラスから去っていった。





 健は控え室で五人のパネルを睨んでいた。
 テーブルの奥に浦和美園、小山苺のパネルを置き、手前に赤城伊香保、渋谷ヒカリ、湊みらいのパネルを置く。
 ここから一人を落とさなければいけない。 深呼吸をして、顔を両手で叩く。

「もう一度、おさらいしておこう」

浦和美園
海でのデートは予想通り楽しかったし、一緒にいて心地の良いドキドキがあって、居心地がとても良い。
フィーリングが合うというのはこういうことなのだろう。
ローズはすでに渡してある。

小山苺
水族館デートは一生懸命予習してきてくれたし、ジンベイザメに釘付けになっていた姿は本当に可愛かった。
ローズを渡しそびれてしまっただけで、今日はローズを渡そうと思う。

赤城伊香保
バーベキューデートは楽しかった。
胃袋を完全に掴まれた。暖かい雰囲気も伊香保の魅力で、気軽に冗談を言い合える仲は貴重だ。
付き合ったら幸せにしてくれると思う。

渋谷ヒカリ
夜の沖縄デートで本当のヒカリを知ることができた。
他の子への気遣いもできるし、社会に出ていて大人な一面もある。
ローズを渡そうとしたが、受け取ってくれなかった。

湊みらい
一緒にいて、相変わらず幼なじみの心地よさ、安心感がある。
アフタヌーンティーでは追い詰められた。
バチェラーは楽しい部分だけではなく、苦しい思いもたくさんある。辛い思いをしているのは自分だけではないのだ。

美園、苺、伊香保のパネルを奥にずらすと、ヒカリ、みらいのパネルが手元に残った。
ヒカリとみらい。どちらにローズを渡すべきか……。



「それでは、ローズセレモニーの時間です」
 バンザイ先生の言葉で緊張感が増す。

 健は改めて五人の顔を見つめる。
 ローズを手にした浦和美園を見ると以前のような過度な緊張はなく堂々としている。
 小山苺を見つめるとにっこりとした笑顔をこちらに向けた。
 渋谷ヒカリはいつも通りの顔でまっすぐ前を見つめて立っている。
 赤城伊香保は緊張した様子でいつもより多く瞬きをし、汗のせいか額が少し光っている。
 湊みらいは健と目があった瞬間、目を逸らした。

「ローズをすでにお渡ししている方は、浦和美園さん。残るローズは三本。お一方がこの場所を去ることになります。それでは、バチェラー。残っていただく方の名前をお呼びください」
 健は銀のトレーから一輪のローズを手にした。

「小山苺さん」
「はい」
 名前を呼ばれた苺は健の前に進んだ。

「本当は水族館でローズを渡そうと思っていました。しかし、ローズを渡すタイミングを逃して今になってしまいました。ごめんなさい。ローズを受け取っていただけますか?」
「はい。よかったぁ」
 苺は大きくうなずいてローズを受け取り、笑顔で立ち位置に戻った。

「赤城伊香保さん」
「はい」
 伊香保は返事をすると、少し震えながら健の前に進んだ。

「ローズを受け取っていただけますか?」
「はい、よろこんで」
 ローズを受け取ると、肩の力が抜けていつもの笑顔に戻り、元の場所へ戻った。

「それでは、バチェラー。最後の一人になりました」

 健はヒカリとみらいを交互に見つめる。
 ヒカリはまっすぐ前を見て、みらいは俯いている。

「湊みらいさん」
「えっ、はい」
 驚いたように顔を上げ前へ進んだ。

「ローズを受け取っていただけますか?」
「は、はい……」
 みらいはローズを受け取れなかったヒカリを申し訳なさそうにみつめる。

「これでいいの」
 ヒカリは呟いた。

「それでは、名前を呼ばれなかった、渋谷ヒカリさんはここでお別れとなります」
 ヒカリは健の前まで進む。

「ひかりん。昨日のデートでローズを渡そうとしましたが、受け取ってもらえませんでした。今日もローズを渡そうか、渡すまいか、いろいろ考えて渡さない事にしました。理由はひかりんがローズを望まないと思ったからです。バチェラーの旅は生涯の伴侶を探す旅です。一方的な思いだけでローズを渡しても幸せになれないと思いました。だから、ローズを渡しません」
 健の目には涙があふれていた。

「そして、一緒に過ごした時間はとても楽しかったです。音楽室をクラブにしたり、沖縄で一緒に買い物をしたり、お話をきいて本当のひかりんを知る事ができました。ひかりんはいつもみんなを盛り上げてくれて、ひかりんがいたから楽しい旅になりました。本当にありがとう」
 健は頭を下げた。頭を上げると頬には涙がつたっていた。

「たけるん。短い時間だけど一緒にいれてよかった。すっごく楽しかった。今まで自分の気持ちをぶっちゃけたのは師匠以外でたけるんだけ。全部受け入れてくれて本当に嬉しかった」
 ヒカリは笑顔を向け、健は小さくうなずく。

「たけるんは最後まで私の事を理解してくれた。ローズを渡さないことが私にとって最高の選択だって事も。だから、ありがとうって言わせて」
「こちらこそ、ありがとう」
「みんなも本当にありがとう。普段なら友達にならないようなタイプばっかりだったけど、友達になれてよかった。やっぱり人は見た目じゃわかんないものだね」
 ヒカリは一人一人顔を見ていく。涙が溢れそうな三人。一人はすでに涙を流していた。

「みらい、泣かないで」
 ヒカリはみらいに近づき、涙を拭った。

「だって……」

「みらいとは同じ部屋だったから、いっぱい話をしたよね。仕事の話とか昔の恋の話とか。みらいと親友になれてよかった。そんな悲しそうな顔しないで。私は、みらいが最後まで残ると思う。ううん、残ってほしい」
 みらいは小さく首を横にふる。

「だから、自信を持って。大丈夫」
 そう言って、ヒカリはみらいを抱きしめた。

「じゃあ、そろそろ私は行くね。みんな、ありがとう」
 
 ヒカリは踵を返すと、振り返ることなく歩いて行った。その姿は悠々しく凛々しかった。
 ヒカリが部屋を出た事を確認すると、バンザイ先生が全員を見つめて言った。



「これから東京へ戻ります。行先は、バチェラーの自宅です」