みなとみらいにある、とあるカフェの前で苺と日立と美園は立っていた。
 入り口にある鉄製の重厚な門と熱帯雨林を思わせるオリエンタルな佇まいはカフェというよりテーマパークのようでもある。
 スタッフが門を手前に引くと、山戸健が立っていた。

「ようこそ、みなさん。中へどうぞ」
 健の掛け声で中に入り、苺と美園はカフェの雰囲気にキャーキャー言いながら歩き、日立は後ろから冷めた目で見ながら後についていく。一階のレストランフロアから階段をのぼり、ドアを開けると、そこは屋上だった。

 屋上の中央にはプール、左右には緑に囲まれたソファー、そして、みなとみらいの代名詞というべき観覧車が真正面に見える場所にバーカウンターがあった。
「すごーい」
「わたし、こんなところに来るの初めて」
 苺と美園がキョロキョロとあたりを見回す中、日立は「あっ、やっぱりここか」と呟いた。

「今日は、この青空の下でみなさんと一緒にランチをしたくてお誘いしました。おいしいものを食べながらたくさんお話をしましょう」
 健は大きな丸テーブルへ向かい、三人が座ったのを確認してから椅子に腰をかけた。
 丸テーブルにはサンドイッチやハンバーガー、サラダやカルパッチョ、ティラミスやフルーツなどが並び、コーヒーポットやティーセットもあり、苺と美園は「すごーい」と言って目を輝かせている。

「じゃあ、とりあえず、食べようか。いただきます」
 健の声に「いただきまーす」と全員で手を合わせた。

「これ美味しい」
 苺がイチゴとキウイフルーツと黄桃の入ったフルーツサンドを手に取り言った。

「おいひいね」
 美園はロッシーニ風ハンバーガーを手に取り、大口で頬張る。

「美味しいのはわかるけど、そんなにがっつかなくても良くない?」
 日立がサーモンのカルパッチョを健に取り分けながら言った。
 美園はあっという間にハンバーガーを食べ切り、コップ一杯のオレンジジュースを飲むと席を立った。
「あの、私、健君と二人でお話したい」

「ちょっと待ってよ。まだ始まったばかりじゃない。やまちゃん、いいの?」
 日立はトングを片手に諭す。

「んー、いいよ」
 健は食べかけのサンドイッチを皿に置いて席を立った。

「もういっちゃうんだ」
 苺はフルーツサンドを両手で持ちながら立ち去る健と美園を眺めていた。



 二人は観覧車が見えるバーカウンターに向かい、横に並んで座った。
「あの、たける。これ、作ってきたんだ。よかったら食べてくれないかな?」
 美園はいそいそと自分のカバンから猫柄のランチクロスで包んだものを取り出し、クロスを開けるとタッパーが二つ出てきた。
「昨日作った蜂蜜レモン。あと、今日はサンドイッチが出てくるとは知らなかったから、おにぎりも作ってきちゃった」
タッパーを開けるとスライスしたレモンがシロップに浸かっている。おにぎりはラップに包まれていて、こぶしほどの大きさのものが二つ入っていた。
「私、試合の前とか、試合中もそうだけど、蜂蜜レモンを食べると元気が出るんだ。だから、たけるも食べたら元気出るかなって思って作ってきたの」
「ありがとう。もしかして、これを僕に食べてもらうために、すぐにツーショットに誘ってくれたの?」
「まぁ、そうかな」
 美園は照れ臭そうにうなずいた。

「じゃあ、一ついただきます。あっ、すっぱい。でも、美味しい。元気でるね」
 口をすぼめて酸っぱそうにしている顔を見て美園は微笑む。

「毎日大変でしょ? バチェラーは絶対楽じゃないと思うんだ」
 健はうんうんとレモンをかじりながら頷く。

「おにぎりも食べていい?」
「えっ、おにぎりも食べるの? 無理しなくていいよー」
「せっかく作ってくれたんだから、食べるよ」
 いただきますと言って両手を合わせた。

「おいしい。具は鮭なんだ。僕、鮭大好きなんだよ」
「本当!? よかったぁ」
 美園も一つおにぎりを頬張り、口が大きく膨らんだ美園を見て健は微笑んだ。

「ごちそうさま」
「ありがとう、全部食べてくれて」
「美味しかったです」
 その言葉を聞いた途端、美園の目に涙が溢れた。

「ごめん、何か変なこと言った?」
「ううん、嬉しくて涙が出ちゃった。だって、ランチが用意されてるのに、私が作ってきたのを食べてくれて、それにおいしいなんて言われたら、すごく嬉しくて」
 美園はポケットからハンカチを取り出し涙を拭いた。

「あとね、もう一つ渡したいものがあるの。ちょっと取ってくるね」
 美園がカバンを取りに席を離れるとすぐに日立が現れた。

「私もやまちゃんと話がしたいな。いいでしょ?」
 戻ってきた美園はそこにいた日立に何も言えずに立ち尽くした。

「ねぇ、行こう」
 日立は健を強引にプールサイドへ引っ張って行った。

「やっと二人きりになれたね」
 ビーチベッドに移った日立は健に腕を絡ませて、胸を押し付ける。

「私ね、十歳からグラビアやってるの。これ、プレゼント」
 トートバッグから取り出したのは『永遠(とわ)に』という題名の写真集だった。

「一年前に出した私の写真集。ちょっと見てみて」
 写真集を開くと水着、浴衣、体操着を着て、いろいろなポーズをとっている。

「どうかな?」
「う、うん……。いいと思うよ」
 日立は健の隣で写真を指を刺しながらページをめくっていく。

「ちょっと待ってて」
 というと、おもむろに日立は服を脱ぎ始めた。

「えっ、どうしたの?」
 日立はTシャツとショートパンツを脱ぐと白いビキニ姿でプールサイドに横になった。

「12ページ」
 言われた通りに写真集の12ページを開くと、写真は目の前の風景とまったく同じだった。

「実はここ、ロケで使わせてもらったの」
 健は写真集と本物の日立を交互に目をやる。確かに同じだ。日立はやりきった表情で健の横に戻り、トートバッグからタオルを出して体を拭いた。

「小さい頃から芸能活動って大変じゃない?」
 健は日立に尋ねた。

「最初はあんまり好きじゃなかった。お母さんに言われて仕方なく始めたんだけど、仕事した分、おこずかいがもらえるようになったし、まわりのみんなが喜んでくれるから、やっぱり私には天職だったのかなぁって思ってる。それに、こうやってやまちゃんにも会えたし」
 日立は健に腕を絡ませた。大きな胸が腕に当たる。

「でも、アイドルとか芸能活動してると、恋愛ってご法度なんじゃないの?」
「隠れて付き合うのはダメ。でも、こういう番組でちゃんと公開で付き合うならうちの事務所は認めてくれるの。だから安心して」
 そう言って、日立は健の手を握った。

「あの……、たけるくん。わたしも二人でお話ししたいな」
 二人のもと苺がやってきた。

「いいよ」
 日立が表情を変えずに言った。その声を聞き、健はビーチベッドを立った。日立は健と苺が二人で歩いていくのを見て、背を向けるように寝返りを打った。




 苺と健は日立とは対角線上の角へ移動し、周りを木々に囲まれた木製のブランコに座った。
「たけるくんとお話したいこといっぱいあって、紙に書いてきたから出してもいい?」
「もちろん」
 苺はショートパンツのポケットから小さく折られたメモを取り出す。

「じゃあ、さっそく。質問です。じゃじゃん! たけるくんの好きな食べ物はなんですか?」
「食べ物? えっと、なんでも好きかな」
「じゃあ、お肉とお魚だったらどっちが好き?」
「魚かな」
「えー、わたしも! お寿司だったら何が一番好き?」
「サーモンかなぁ」
「私も好き! じゃあ、血液型はなんですか?」
「O型」
「私もO型!」
「じゃあ、じゃあ、好きなアーティストは?」
「サイダーガール」
「えっ!? えっ!? わたしも大好き! ちょっと待って。すごい。全部一緒だ」
 苺は顔を赤くして頬に手をやる。

「えっと、次は、次は、何を質問しようかな」
「あっ、バンザイ先生だ」
 屋上に入るドアが開き、バンザイ先生が入ってきた。

「みなさん、ごきげんよう。楽しく過ごされているようでなによりです」
 日立や美園もその声に反応し、中心へ集まってきた。

「ここで私から、一つアトラクションを用意いたしました。あちらを見てください」
 バンザイ先生が指した先、カフェの下の道路で馬車が止まっている。

「ポニータクシーをご用意いたしました。あちらの馬車は二人乗りです。しかし、一台分しかご用意できませんでした。バチェラー、御相手はどのように決めましょうか?」
「実はこの屋上にポニータクシーのチケットを隠してあります。それを最初に見つけた人と一緒に乗ろうと思います」
「しかし、バチェラー。この屋上は広いです。何か隠し場所のヒントを教えてあげても良いのではないでしょうか?」
「それは、僕の好きなものの近くです」
「好きなもの……」
 苺がつぶやく。

「それでは、スタート!」
 バンザイ先生の掛け声で一目散に走り出したのは苺だった。ランチテーブルに向かい、サーモンのカルパッチョの皿を上げて下から覗き込む。
「あったぁ!」
 あまりの速さに健は苦笑いをしてしまった。

「苺さん、おめでとうございます」
 苺はぴょんぴょん跳ねながら、健の元へ向かった。

「それでは、バチェラー、苺さん、ポニータクシーへどうぞ」
 二人は係の者に案内され屋上を去っていった。

「美園さん、日立さん、お二人のデートはここで終了になります」
 日立はふてくされた表情を浮かべ、美園はとぼとぼと、屋上を出ていった。




「それでは、バチェラー、苺さんこちらへ」
 カフェの外にはポニータクシーが停まっていた。

「ポニーかわいいね」
 苺はポニーの背中を優しく撫でると、ポニーは嬉しそうに首を上げた。

「足元に気をつけて、ご乗車ください」
 運転手が出した踏み台に乗って、健と苺が乗り込むとポニーは歩き出した。運転手は手綱を握り、時折ポニーの尻を叩いては横浜の名所の解説をしてくれる。
 苺はみなとみらいにくるのは初めてで県庁や赤レンガ倉庫など様々な名所をみては「わー」「すごーい」「きれーい」と目を輝かせていた。
 十五分ほど乗車するとポニーの休憩時間になり、苺と健は山下公園のベンチに腰を下ろし、海をみていた。

「横浜って綺麗だね。たけるくんはここで育ったんだよね? いいなぁ。わたしもこんな素敵なところが地元だったらよかったのに」
「苺の地元は栃木だっけ?」
「そう。栃木は山ばっかりで海はないの。だから、海っていいなぁって思うんだ」
 空はゆっくりと茜色から群青色に変わり、海も同時に赤に染まっていく。

「たけるくん、さっきの続きしても良い?」
「いいよ」
「たけるくんはどんな女の子がタイプ?」
「笑顔が素敵な人」
「あっ、前も聞いたね。じゃあ、背が高い人と低い人だったら、どっちが好き?」
「身長はあまり気にしないかな」
「低くてもいい?」
「もちろん」
「よかった……」
 苺は小声で呟いた。

「苺はどんな男の子がタイプ?」
「えっと、わたしよりも背が高くて、優しい人が好き。あと、一緒にいて楽しい人」
 苺は上目遣いで健を見ると、健は笑顔を返した。

「じゃあ、お二方、そろそろポニータクシーへ戻りましょう」
 バンザイ先生が健と苺に声をかけ、もう一度ポニータクシーに乗った。

「ねぇ、たけるくん。手、つなぎたい」
「いいよ」
 健は右手を出し、苺は左手で繋いだ。

「手、ちっちゃいね」
「よく言われる。あかちゃんの手みたいとか」
「でも、柔らかくて暖かい」
 それから、あまり会話はせず、手を繋いで一緒に景色を見て、時々顔を見合わせて笑った。

「たけるくん、今日は楽しかった。もうバイバイしなきゃいけないのはちょっと寂しい」
「大丈夫。また明日会えるよ」
 健はそう言うと、ポニータクシーの座席に刺してあったローズを抜いた。

「苺、よかったら、受け取ってくれませんか?」
「えっ!?」
「僕にいろいろ質問してくれたのが嬉しかった。苺のこともたくさん知ることができた。これからも一緒に旅を続けたいから、ローズを受け取ってくれませんか?」
「あっ、ありがとう」
 苺は手にしたローズをじっと見つめている。

「じゃあ、またローズセレモニーで」
「うん、バイバイ」
 苺はリムジンに乗って行った健を見えなくなるまでみつめていた。






 昨日と同じ会場に全員が集まっていた。
「本日は二回目のパーティです。前回は初めての顔合わせのため二時間でしたが、今回はみなさまとすでにデートをされてお話ができているかと思いますので、パーティは一時間になります。貴重な時間ですので、みなさま有意義にお過ごしください」
 健は全員の顔を一瞥する。パーティの時間が前回より短くなったため、ローズを手にしていないヒカリ、ミキ、日立、美園の顔に緊張感が漂っていた。
「それでは、バチェラーお願いいたします」
 健は彼女たちの本気に答えなければならないと、グラスを持たない左手を一度強く握った。

「素晴らしい夜にしましょう。かんぱーい」
 健の掛け声でグラスを掲げた。健はソファーの中央に座り、右側にヒカリ、左側にはミキが座り、日立と美園は正面で構えた。ローズをもらっていない四人は誰が最初に行くのか、睨みを利かせている。

「あの、たけると二人で話がしたい」
 席を立ったのは美園だった。

「えぇ!? また美園?」
 まだローズをもらっていないヒカリとミキと日立の声のそろったツッコミが入る。

「今日はすぐ終わるから、ちょっとだけ時間ちょうだい。ねっ」
 刺すような視線をものともせずに、美園は健の背中を押して、外のソファーに座らせた。

「良かった。たけると話が出来て。実はね、渡したいものがあるの。これ」
 美園はポケットからハンカチを取り出して、そこに包まれていたお守りを差し出した。

「これって」
「実はランチの時に渡そうと思っていたんだけど渡せなかったから」
「もしかして、これって手作り?」
「そう。実はお揃いなんだ。バレー部の後輩からもらったことがあって嬉しかったから、作りかたを教わって作ってきた」
 赤のお守りには「美園」、青のお守りには「健」、裏返すとローズが刺繍されていた。

「バチェラーが上手くいきますように。そして私も全力を出せるように。そう願って作ってきたの。よかったら受け取ってくれませんか?」
「ありがとう。大切にするよ。実は、今日のローズセレモニーはすごく緊張しているんだ。誰にローズを渡すか、今でもすごく悩んでいて、バチェラーになった責任をすごく感じてる。でも、このお守りをもらって勇気が出た。ちょっと待っていてくれる?」
「ねぇ、たけるん、みんなで話しようよ」
 ヒカリが声をかけに来た。

「そうだね。でも、あとちょっとだけ待っていてくれる?」
 健は部屋に入り、花瓶からローズを一輪引き抜くと、美園の元へ向かった。

「あの、これ。受け取ってくれるかな」
 美園へローズを差し出す。

「えっ!? えっ?」
 美園は恐る恐る両手でローズを受け取った。

「これはお守りのお返し。じゃあ、部屋に戻ろうか」
 健と美園はリビングに戻ると、ミキ、ヒカリ、日立の視線が刺さる。パーティが開始してからすでに三十分が経過している。

「ねぇ、たけるん。今度はわたしと話しようよ」
 ヒカリが強引に腕をひっぱり健を外のソファーに連れていった。

「なかなか二人で話ができなかったけど、私のことあんまり好きじゃない?」
「そんなことないよ」
「じゃあ、一度でいいからにチャンスをちょうだい。きっと楽しませるから」
 健は黙ってうなずいた。

「ターケール、ワタシと話しよっ」
 ミキが後ろから声をかけた。健が振り向くと腕を掴んでプールサイドへ引っ張っていく。

「やっと二人きりになれたよ。みんながっつきすぎじゃない?」
 ミキと健はプールサイドに腰をかける。

「遊園地でのデートは楽しかったよね。お化け屋敷に入ってさ。でもね、これからも一緒にいることができたら、もっとおもしろいことが起きるよ。期待してて」
 健はうなずいた。

「やーまーちゃん」
 日立が健の肩を叩いた。

「今度は私だからね」
 日立は健に腕を絡ませ、ソファーに移った。

「やまちゃん、私のこと好き?」
「うーん、その返答はできないことになってるんだ」
「そうだよね」
 日立は健の手をとり、目をじっと見つめる。

「ねぇ、汐見坂のメンバーが手を握ってくれるってありえない事なんだよ?」
 健は日立から目を逸らした。

「もっと私を見て、ねっ」
 日立は顔を傾け直視する。健は目力に負けて目を逸らす。

「バチェラー、そろそろお時間ですので別室へ」
 バンザイ先生が後ろから健に声をかけた。

「えっ、もうですか?」
 健が驚いて時計を見ると、予定時間より十五分がすぎていた。

「では、ローズセレモニーの準備に行ってきます」
 健は女子全員の顔を一度見たあと、まっすぐ前を向いて、別室へと向かっていった。





 待機室で健は頭を抱えた。
「どうやって選んだらいいのだろう」
 机に並んだ七人の顔写真入りのパネルをみつめる。
 すでにローズを渡したのは四人。湊みらい、赤城伊香保、小山苺、浦和美園。四人のパネルを上に押し出す。
 残っているのは、常盤日立、渋谷ヒカリ、舞浜ミキ。この三人の中から誰か一人を落とさなければいけない。
 健は改めて女子全員について考えてみた。

湊みらい
小学校以来の再開を果たした。ランチクルーズに誘い、居心地の良さを改めて感じた。まだあの時のように好きだとは言い切れない。みらいに言われたように「もう一度好きになる」かどうかはわからない。でも、それを知るために一緒に旅を続けたい。
ローズはランチクルーズデートで渡してある。

赤城伊香保
遊園地デートでは楽しかった。アトラクションで一緒にバッジを手に入れた時は二人で手に入れたという達成感があった。感情豊かで周りにも気を使える、とても温かい人だということも知ることができた。
ローズは遊園地デートで渡してある。

小山苺
小柄で小動物のように可愛い。デートではたくさんの質問をしてくれて嬉しかった。苺の笑顔がこれからも見たいと思う。
ローズはポニータクシーでのデートで渡してある。

浦和美園
いつも一番最初にツーショットに誘ってくれる。とても一生懸命な女性だ。ランチデートで作ってくれたおにぎりと蜂蜜レモンはとても美味しかったし、お守りにも気持ちがこもっているのがわかる。
ローズはセレモニーの前に渡してある。

残っているのは、常盤日立、渋谷ヒカリ、舞浜ミキ。三人のパネルを手元に引き寄せる。

渋谷ヒカリ
高校生ギャル。アパレルで働き、デザイナーもやっている。遊園地デートでは、無理してジェットコースターに乗るほど強い想いがあった。周囲に気も遣ってくれている。

舞浜ミキ
とにかく元気で暗い顔は見たことがない。チアダンス部。遊園地デートの時には一緒にお化け屋敷に入った。お化け屋敷は薄暗くて怖かったけれど、ミキが恐怖を取り除いてくれた。

常盤日立
グラビアも飾る現役アイドル。スイッチが入ると、アイドルそのもの。ピクニックデートで水着姿をみたけれど、これ以上のものは過去に見たことがない。

「僕はどうしたらいいんだ……」
 健はもう一度、三人のパネルを見つめて、頭を抱えた。

「それでは、バチェラー。ローズセレモニーのお時間です」
「えっ、もうですか?」
 バンザイ先生は黙って頷く。
 まだ、誰にローズを渡すか、まだ決まっていない。
 ローズを受け取っていないのは、ヒカリ、ミキ、日立。
 三人ともとても魅力的な女子だし、まだ知らない魅力だってたくさんあるはずだ。でも、限られた時間でそれを知る時間はなかった。

「バンザイ先生、僕、決められません」
「決めてください。それがバチェラーです」
 バンザイ先生に少しでも優しい言葉をかけてもらえるかと思ったら、厳しく言い捨てられてしまい、健の目は少しだけ涙が浮かぶ。

「バチェラー、誰を選ぶか悩むのは苦労するでしょうが、今回、ここにきた目的は何ですか?」
「運命の人を探すためです」
「どうやって運命の人を選ぶおつもりでしたか?」
「会って、話をして、相手のことを知っていきたいと思っていました」
「みなさんと話をしていかがでしたか?」
「時間がなくて、十分に魅力を知ることができていません」
「これからも時間は有限です。時間を言い訳にするようでは、これからも相手の魅力を十分に知ることはできないでしょう。バチェラー、もう一度みなさんと過ごした時間を思い出してください。答えはその中にしかありません」
「はい」
 健はバンザイ先生の言葉に奥歯を強く噛み締める。

「では、特別にあと十五分差し上げます。もう一度、考えてください」
 バンザイ先生は言い捨てると、部屋を出ていった。

 健はもう一度椅子に座った。
 これから一人を落とさなければならない。
 自分の顔を両手で叩き、気合いを入れ、パネルを睨む。
 ローズを渡したのは、湊みらい、赤城伊香保、小山苺、浦和美園。
 ローズを渡さなかったのは、渋谷ヒカリ、舞浜ミキ、常磐日立。
 ローズを渡さなかった女子とローズを渡した女子の違いはなんだったのだろう。
 湊みらいは「もう一度好きになってくれないかな?」と言ってくれた。
 赤城伊香保は「好きになっちゃったかも」と言ってくれた。
 小山苺はたくさん質問をして、僕を知ろうとしてくれた。
 浦和美園はおにぎりや蜂蜜レモン、お守りも作ってくれた。
 次に、ローズを渡さなかった女子について考えてみる。
 渋谷ヒカリは遊園地で無理してまでジェットコースターに乗ってくれた。
 舞浜ミキと一緒にお化け屋敷に入った時、心強さを感じた。
 常磐日立とランチデートをした時、アイドルとしての可愛さを感じた。

 思い返してみると、ローズを渡している人は気持ちを素直に伝えてくれたから、嬉しくてお返しにローズを渡していた。
 かといって、ローズを渡していない全員が違ったかというとそうではない。一人を除いては。

「バチェラー、決まりましたか?」
 バンザイ先生が再び部屋に入ってきた。

「はい、決まりました」
「それでは、向かいましょう」
 健はバンザイ先生の後ろについていき、ローズセレモニーの会場へ向かう。
 ローズセレモニーはパーティ会場に段差をつけ、女性たちは二列に並び、前列に、苺、ヒカリ、みらい。後列に伊香保、美園、ミキ、日立が立っている。そして、苺、みらい、伊香保、美園の手にはローズが握られている。

「それでは、ローズセレモニーの時間になりました。ローズは六本ありましたが、すでに四本が渡されています。残るローズは二本。一人がローズを受け取ることができません。ローズを受けとらなかった方はここでお帰りいただくことになります。それでは、バチェラー。ローズをお渡しする女性の名前をお呼びください」
 健は一本目のローズを手に取り、ヒカリ、ミキ、日立の顔を順にみつめた。

「舞浜ミキさん」
「はい!!!」
 堂々と胸を張り健の元まで向かってくる。

「ローズを受け取っていただけますか?」
「はい、よろこんで」
 ミキはお辞儀をして顔を上げると、満面の笑みを浮かべた。ミキが立ち位置に戻ると、次のローズを手に取った。

「バチェラー、これが最後のローズとなります」
 健はうなずいた。
 ヒカリと日立を交互に見つめる。ヒカリはうつむき、日立は健に熱視線を送る。

「渋谷ヒカリさん」
「えー、よかったぁ」
 ヒカリは涙目でローズを受け取りに健の元へ来た。

「ローズを受け取っていただけますか?」
「はい」
 ヒカリは涙声で言った。

「それでは、ローズを受け取れなかった、常盤日立さん。バチェラーに最後の挨拶をおねがいします」
 日立は眉間にシワを寄せ、ツカツカと健の前に歩み寄る。
 じっと健の目を見つめる。
 健は目力にたじろぐが、しっかりと見つめ直す。

「日立さんはアイドルをされていて、参加者の中で一番可愛いと思いました。でも、この短期間では日立の内面を十分に知ることができませんでした。結婚相手を探す以上、見た目だけではなく、性格が合うか、合わないか、どういう価値観を持っているのか、知らないと選ぶことができません。もっと時間があれば、違う結果だったかもしれません。でも、時間に制限がある以上、ルールに従って決めるしかありませんでした。日立さん、ごめんなさい」
 健は深々と頭を下げた。

「顔、上げてよ。そんな言い方したら、私が可愛いだけの女みたいじゃない」
 顔を上げた健の目には溢れそうなほど涙が浮かんでいた。
 そして、健は日立を見て驚いた。
 日立はメイクが落ちるのも構わず、大粒の涙をボロボロと流していた。

「やまちゃんのバーカ。私の魅力がわからないなんて、ぜんぜん見る目ないよ」
 日立は健に近づき、胸をぽこぽこと叩いた。
 「ごめん」と言って、健は包むように優しくハグをする。

「うぅ、やまちゃんのばーか。さいてー。もう、ほんときらい」
 日立もぽこぽこと叩いていた腕を、いつの間にか健の腰に巻きつけていた。

「たぶん、こういうところを知っていれば、ローズを渡していたのかもしれません」
「ぐすん。そう、だよね。もっと素直な自分を出せばよかった」
 日立はゆっくりと健から体を離し、一歩後ずさって女子の方向を見た。

「はぁ、私、ダメだった。みんなは私よりもブスだけど、がんばってね」
 言い捨てると日立は出口を向かったが、途中で振り返って、健の顔をもう一度見た。

「バイバイ」
 日立はぐしゃぐしゃの顔で、ゆっくりと部屋から出て行った。
 日立が去ったリビングで健は残った女子を前に口を開いた。

「今回、初めてローズセレモニーを行ったのですが、かなり苦しい決断でした。しかし、始めた事は最後までやり通す覚悟でいます。みなさん、どうかこれからもよろしくお願いします」
 健は深々と頭を下げて部屋を去っていった。





 日立は部屋で一人、荷物の整理をしていた。
「あー、この服着る機会なかったなぁ」
 大きく胸の開いたニットや膝上20cmのスカートを広げてはスーツケースに押し込んだ。

「はぁ、つまんない」
 スマホを手に取り、芸能事務所のマネージャーに「ダメだった」と送ると「お疲れ様。今度反省会をしよう」と返事が来た。マネージャーからタレントとしての仕事にも繋がるからと言われて参加したバチェラー部。参加したのにすぐにお別れを告げられてしまった。このために二ヶ月間、仕事を入れなかったのに。

「あー、何のために参加したのかなぁ」
 いつもの癖でSNSのアプリをタップする。自撮りをして「疲れた」とコメントをつけてアップすると、すぐに「お疲れ様」とレスがつき、次々と「日立ちゃん可愛い」とか

「日立ちゃん大好き」というレスがついていく。
「やまちゃんに好きって言って欲しかったなぁ……」
 スマホをタップして写真のフォルダを開ける。自撮り写真以外はファンである年上のおじさんやお兄さんたちと一緒に撮った写真ばかりだ。

「同級生と恋がしたかったなぁ」
 日立は涙をこぼしながら、スーツケースを乱暴に閉めた。





 リビングルームで全員が私服に着替えてから落ち合った。
「私、絶対落ちると思ってた。たけるんは絶対ギャルを好きじゃないもん」
 と、ヒカリが口火を切る。

「これ、夢じゃないんだよね」
 ミキはローズのトゲをつついて「痛い」と言った。

「はぁ……。ローズセレモニーっておそろしい」
 伊香保が呟いた。

「次、ローズをもらえる自信ない。ううん、次もローズをもらえるようにがんばらなきゃ」
 美園が拳を握った。

「あわわわ……」
 苺は何も言えずに小刻みに震えながらローズを見つめている。

「これがバチェラーなんだ……」
 みらいは天井を見上げた。

「こんばんは」
 バンザイ先生がリビングに入ってきた。

「あっ、バンザイ先生」
 最初に気がついたのはヒカリだった。

「今回のローズセレモニーで残った皆様にバチェラーからお手紙を預かっています」
 一斉に視線がバンザイ先生に集まった。

「それでは、こちらをミキさん。読んでいただけますか?」
「えー、ワタシ!?」
 いそいそとバンザイ先生の元に近づき、手紙を受け取った。



「それでは、読みます。えっと、次は学校に戻りたいと思います。一緒に時間を過ごしたい方は、渋谷ヒカリさん、赤城伊香保さん、湊みらいさん、そして舞浜ミキさん」
 ミキは手紙を下ろし、胸に手を当てた。



「わたし、呼ばれなかった」
「私も」
 苺と美園が顔を見合わせてがっくりと肩を落とした。
 バンザイ先生が全員を見つめる。

「今回はマンツーマンデートです。学校でそれぞれの個性、工夫を凝らしたデートでバチェラーをおもてなししてください」