「今回はアクティブな皆さんと思いっきり遊びたいと思って、遊園地を選びました。僕と一緒に全力で遊びましょう」
 都内にある遊園地で健がそう言い終わるやいなや、ヒカリが駆け寄り健の左腕を掴み「ねぇ、たけるん。あれ乗ろう」と言って、ジェットコースターを指差した。

「タケルー。ワタシとお化け屋敷入ろう」
 間もなく、ミキが健の右腕を掴んだ。

「わかった、ジェットコースターの次ね」
 健は両腕をがっちりと掴まれ、さながら捕獲された宇宙人のように連れていかれる。

「ねぇ、ちょっと。あんたたち待ちなさいよ」
 一人出遅れた、むしろ両脇の二人の行動が早過ぎて取り残された伊香保が叫ぶ。

「あー、なんか怖い人が追いかけてくるー」
 ミキはニヤニヤしながら足を早める。

「ごめんね、ママがデートについてきちゃって。うちのママは心配性なんだ」
 ヒカリがニヤニヤしながらさらに足を早める。

「誰がママよ!」
「逃げろー」
 健は両腕を引っ張られながら、二人に連れて行かれた。



「じゃあ、ジェットコースターは私がたけるんの隣」
 ジェットコースターは横二列で、健とヒカリ、伊香保とミキが隣同士で乗り込んだ。

「たけるん、手を握ってていい?」
「もちろん。あれ? ヒカリ、顔色悪いけど大丈夫?」
「私、こういうの苦手なの」
 青白い顔でヒカリは小さくなっている。
「じゃあ、なんで乗ろうって言ったの?」
「最初に目についたから。早くしないと誰かにたけるんを取られちゃうんじゃないかって思って。そしたら、やっぱりミキが狙ってた」
 後ろを振り返るとミキはノリノリで体を揺らしていて、伊香保が小さく震えていた。

「そんなに意地を張らなくても……」
「私は本気なの。だから、誰にも負けたくないって、あーーーーー、落ちるーーーーーー」
 ジェットコースターは急降下し、急旋回を繰り返す。ヒカリの目には涙が溢れジェットコースターの風圧で流されていく。
「あーーーー、あーーーーー、もうーーーーー、いやーーーーーーー」
 ヒカリは健の手を強く握り、健も手をしっかりと握り返した。

「はぁ、はぁ、はぁ」
「ヒカリ、終わったよ」
「う、うん」
 プシューという音と共に安全バーが上がり、ヒカリはジェットコースターを降りた。

「大丈夫?」
 ふらふらのヒカリに健は肩を貸すように体を支えた。

「うん、でもちょっと休みたい」
 近くにベンチとテーブルがある休憩スペースを見つけ、健はそこまでヒカリに肩を貸して歩いた。
「ちょっと休んでいて。俺、何か買ってくるから」
 売店で人数分の飲み物を買って、みんなの待つテーブルへ戻った。

「オレンジジュース飲む?」
 健がストローを差してジュース渡すと、ヒカリは二口だけすすった。

「オレンジ美味しい」
「もー、ヒカリは無理するから……」
 伊香保が心配そうにヒカリの背中をさすった。

「伊香保は大丈夫? だいぶ怖がってたみたいだけど」
 健が尋ねた。

「始まるまでは怖かったけど、始まったら平気なタイプ。だから、ジェットコースターは乗れるの。ミキが隣でずっと笑っていたのがちょっと憎たらしかったけど」
「えー、だって楽しかったじゃん。ジェットコースターは楽しいから遊園地にあるんだよ。もう一回乗る?」
 ミキの提案に頷く人は誰もいない。ヒカリは残ったオレンジジュースをズズッと吸い切ると「よし、行こう!」と言って、元気よく立ち上がった。

「ヒカリ、平気?」
 健がヒカリの顔を覗き込む。
「うん、平気。たけるん、みんな、心配かけてごめんね」
 青白かったヒカリの顔色は、いつもの健康的な小麦色に戻っていた。

「じゃあ、次は……」
「ワタシとお化け屋敷!」
 ミキは健の手を引っ張りお化け屋敷のある方向へ進んだ。
 ヒカリを心配して健が振り返ると、ヒカリは手を振ってこたえる。すっかり体調は回復したようだ。
 健はミキに引っ張られるままに、お化け屋敷の前まで来た。廃病院がテーマになっていて、悲鳴が外まで聞こえてくる。

「じゃあ、ここは二人一組で入ろうよ。今回はワタシとタケルが一緒ね」
「じゃあ、行ってきます」
 ミキは健の腕をとり、入り口を潜って行った。伊香保とヒカリがすぐに後を追いおうとすると「申し訳ございません、次の入場は五分後になります」と係員に止められてしまった。

「仕方ないわね。待ちましょう」
 伊香保とヒカリは黙って待つことにした。





「わー、こわーい」
 ミキが健の右隣にくっつきながら暗い道を進んでいく。

「さっき調べてたんだけど、このお化け屋敷はカルテを三冊集めてくればクリアで、カルテがあるのが外来と病棟と手術室の三箇所。最初は外来みたいね」
 お化け屋敷は夜の設定のため廊下を照らすのはすりガラス越しの月光だけで、足元も見えないくらい薄暗い。

「おかーさーん」
 どこからともなく女の子の声が聞こえる。

「あはは。もしかして、伊香保を探してるのかな?」
「伊香保ってみんなにお母さんって呼ばれてるの?」
「日立からママって呼ばれて、それから、みんなのお母さんキャラ。伊香保はすごく面倒見がいいでしょ?」
「おかーさーん!!!!」
 どこからともなく少女の叫び声が聞こえる。
「ほら、伊香保! 呼ばれてるよ!」
 ミキが大きな声で言うと「うるさい!」と遠くで伊香保の声が聞こえた。

「声はこの窓の外から聞こえる気がするの。窓、開かないかな。ダメだ。どんな子なのか見ようと思ったけど無理みたい。あはっ」
 ガシャン、ガシャンと窓ガラスを叩く音と共に、すりガラス越しに手の跡が見えて薄気味悪い雰囲気をミキは平然と茶化す。

「ミキは怖くないの?」
「全然。だって、うちのおじいちゃんが病院の院長やってて、病院には小さい頃からよく行ってたんだ。だから怖くない。それに、作り物より現実のほうが怖いよ。話、聞きたい?」
「いや、遠慮しておく」

 歩みを進めると婦人科と書かれた外来診察室にたどり着いた。
 ドアを開けて中に入ると、診察室の机にカルテが一冊置いてあった。

「一つ目ゲット」
 薄暗い中、ミキは笑顔でカルテを手に取りパラパラとめくる。

「えっと、カルテ1。婦人科。十五歳女性。父親に強姦され中絶手術をするも失敗。母子ともに死亡。あちゃー、これは辛いね。でも、ありえない。中絶手術くらいじゃ死なないもん。作り話だねー。あはっ」
 怖がらせるようなカルテの設定にもミキはしれっとした顔でカルテを閉じた。

「つまり、さっきのガラス叩いてた女の子がこの患者だったってことね。なるほど。じゃあ、次の目的地に行こう」
 ミキは健をひっぱるように順路を進んでいく。

「ワタシね、看護師になりたいんだ」
「どうして看護師になりたいの?」
「看護師だったおばあちゃんに憧れているのと、患者さんに一番近い存在だから、寄り添えるのかなって思って。タケルは何になりたい?」
「俺はアプリでいちおう成功したから、もっと大きな仕事もしていきたいと思っているよ」
「シリコンバレーに行ったりとか?」
「うーん、今はアメリカに行かなくてもプログラミングはできるけど、もし機会があったら考えるかもしれない」
「そっかぁ。すごいなぁ。私より広い世界に生きている感じがする」
 道中、ところどころ、何かが上から落ちてきたり、人が追いかけてきたりしたけど、ミキは声をあげたりせず何事もないように進んでいく。
 そのおかげで健は冷静を保ちながらついて行った。

「手術室とうちゃーく」
 扉には手術室と書かれており、ミキがゆっくりとドアをスライドさせて開けた。

「手術室って怖い感じする」
 健は不穏な空気を察知し、手術室を見渡す。

「そう。タケルが言うように、手術室って怖いスタッフが一番多いらしいの。外科医だけじゃなくて、麻酔科の先生とか、器械出しの看護師とか。すっごく怖いから看護師になっても配属されたら困っちゃうなって思ってる。まっ、今から悩んでも仕方ないけどね」
 手術室の奥にあったカルテをミキが手にすると背中側からガシャンと何かが落ちる音がして、健は慌てて振り返と、ステンレス製のトレーが落ちていた。

「オペ室で物を落とすと汚れて使えなくなるから、超怒られるんだって。おばあちゃんが言ってた」
「ミキは冷静だね。頼もしいな」
 ミキは手術台にある血だらけのカルテを手に取った。

「ありがと。じゃあ、最後は病棟ね」
 カルテのある病棟は廊下の一番奥の部屋だった。ミキが最後のドアを開けて中に入る。部屋の中はにベッドが一つだけ。その横で心電図のアラームが大きな音で鳴っている。

「カルテみっけ。これで三冊目」
 ミキがベッドに置いてあったカルテを手に取ると、どこからともなく声が聞こえる。



「おまえか!!!!!」



 健は大きな声の元を探す。上か、後ろか、右か左か。周りを見渡しても何も見当たらない。
 部屋には定期的にアラーム音が鳴っていたが、心停止を意味するピーという音に変わった。



「おまえか! 俺を殺したのは!」
 


 ベッドの布団が急に剥がれ、血だらけの患者が出てきて、チリのように消え去っていった。
「びっくりしたぁ。これもCGか。よくできてるな……」
 健は額に滲み出た冷や汗をハンカチで拭った。

「死人に口無しっていうけど、遺族からの訴訟は怖いっておじいちゃんが言ってた。
「お、おう……。その話はある意味怖い」
「じゃあ、カルテを三冊手に入れたし、出口まで行こうか」

 三冊のカルテを持って出口である病院の会計に提出すると「ありがとうございました」と言って、診察券を模したカードを渡された。
 そこには名前と笑っている写真が印刷されていた。

「あー、楽しかったね。タケル、結構ビビってたよね」
「まぁ、最初はね。途中からぜんぜん怖くなくなってきた」
「え? なんで?」
「ミキがいてくれたから、かな」
「ほんとに? 嬉しいな」
「なんかミキの話を聞いてたら、お化けよりも現実の方が怖くなってきた」
「あはは。何それ。ウケる」
 
 しばらくすると、伊香保とヒカリが二人で手を取り合いながら出てきた。

「二人とも、めっちゃびびってるじゃん」
 ミキは二人を見て、手を叩いて笑った。

「超こわかったんだけど!」
 伊香保が震えながら言った。

「でもさ、伊香保。怖いのはわかるんだけど、どうしてお化けに説教するのよ」
 ヒカリが伊香保を睨む。
「だって、こっちは何もしてないのに驚かされたらイラッとするじゃない」
「お化けに報復しようしないでよ。驚かされるのを楽しむのがお化け屋敷なの。途中からお化けの方がびびってたじゃない。あれじゃ出禁にされるからね!」
 伊香保はヒカリの言葉に、ぷいっと顔を背けた。
「ヒカリと伊香保もお化け屋敷を楽しんだみたいだね」
 ミキと健は顔を見合わせて笑った。

「じゃあ、つぎはあれ」
 伊香保がまだ震えている指で差したのはライドシューティング型のアトラクションだった。

「ねぇ、このライドで勝負しない?」
「勝負?」
 伊香保の提案にヒカリとミキが顔を見合わせる。

「最高得点の人が健と二人っきりで観覧車に乗れるの」
「なんか楽しそう!」
 ヒカリはノリノリだ。

「健はいい?」
「いいよ」
「ミキは?」
「こういうのは、あんまり得意じゃ……」
「じゃあ、行こう!」
 ミキの言葉を遮るように伊香保は健の手を取り、ライドシューティングに引っ張っていった。



 UFOを模した二人乗りのライドに乗って、飛び出してくる宇宙人(的)を銃で狙っていく。銃の引き金を引くとバンバンと音がして、的に当たると遠くへ飛んでいった。

「ほら、健。あそこ狙って」
 伊香保の指示通りに的を狙う。健が一つ的を打ち抜く間に伊香保が周り的を一掃する。

「伊香保、うまいね」
「叔父さんがマタギやってたの。小さい頃、ちょっと憧れててね。真似してゲームとかでやってたらこういうの上手くなっちゃった」
 伊香保の圧倒的な射撃精度の中、ライドは進行し最後のステージまでやってきた。

「事前の情報だと、ラスボスはとにかく連射。目と口の中を狙うの。周りのザコはあたしが倒すから、健はボスだけを狙って」
「わかった。ところで、事前の情報って、調べておいたの?」
「とーぜん。ヒカリを介抱しながら合間で。クリアするには必要なことでしょ。いくよ、健」

 健は伊香保をみて頷く。そして、目の前には大きなドラゴンが現れた。目に当たればドラゴンは怯み、口を開ける。そこに玉を次々と打ち込んでいく。周りのザコはすべて伊香保が始末してくれているので、健はドラゴンに集中する。

「健、あと少し! 頑張って!」
「おりゃーーーー」
 一発でも多く玉を打ち込むために、健は最後の力を振り絞った。すると、目の前に真っ白な炭酸ガスがプシューという音と共に吹き出し、視界が真っ白になった。
 健と伊香保は見つめ合う。

「やったか?」
 健が伊香保を見るとゆっくりと頷いた。霧のようなガスが晴れると、画面にはconglatulations!と表示されていた。

「いぇい!」
 健と伊香保はハイタッチをして喜びを分かち合った。

「クリアできるとは思わなかった」
「健が頑張ったからだよ。最後の連射すごかったもん」
「伊香保がいろいろ調べておいてくれたおかげだよ。ありがとう」
「ところで、ミキとヒカリはどうかな?」
 振り向くと一生懸命ボスと対戦しているのが見えた。

「ほら、ミキそこじゃないって。もー、下手くそ! ちゃんと狙って!」
「あー、もーうるさい! ヒカリもぜんぜん当たってないじゃん」
「なんだか楽しそうだね」
 健と伊香保は顔を見合わせて笑った。
 ライドを降りると、健と伊香保は係員からクリア報酬として金色に輝くバッジをもらった。

「うふふ、お揃いだね」
 せっかくだからバッジをつけようと、健はリュックに、伊香保は胸につけた。

「あー、もー」
 ミキとヒカリが出口から出てきた。

「ミキってほんっと下手だよね」
「ヒカリだって、ひとのこと言えないと思うけど」
「おかえり、二人とも」
 そう言って、伊香保は胸にあるバッジを二人に見せつけた。

「なにそれ」
「健とお揃い。二人の共同作業で手に入れたのよ。どう? うらやましいでしょ。ほら」
 ミキは一瞥して「ふん」と顔を背けた。

「ヒカリ、もう一回いくわよ」
「もち」
 そう言って、二人は踵を返し、入り口に一直線に向かっていった。

「二人とも二週目に行っちゃったね」
「もー、しょうがないんだから。あたしたちは、クレープでも食べて待っていようか」
 伊香保が目の前の売店を指差して言った。






「はい、あーん」
 パクリ。伊香保はクレープを健の目の前に出し、健は言われた通りに食べる。
 ラブラブカップルというよりも、ご飯を食べさせてもらっている子どもだ。

「ちょっと、二人でなにしてるのよー」
 出口から出てきたミキが二人を見つけて走り寄る。

「クレープ食べてる」
「見ればわかる」
「じゃあ、なんで聞いたの?」
 伊香保は平然とクレープを健の前にだし、健はパクリと食べる。

「それより、これみて!」
 ミキとヒカリはバッジを目の前に出してきた。

「これで二人お揃いじゃない。みんなお揃いよ」
「そんなにムキにならなくてもねー。健、はい、あーん」
「ぱくり」
「ちょっと、スコア見せて」
 伊香保はヒカリが手にしていたスコア表を奪うと、鼻で笑った。

「バッジをもらってもこのスコアじゃねぇ」
「伊香保のスコア見せてよ」
 伊香保はポケットに入れていたスコア表をヒカリに渡した。

「げっ、何これ。倍以上……」
「これで納得したかしら? じゃあ、約束通りたけると観覧車に乗るのは私ね。じゃ、たける。行こうか」
 伊香保に腕を引っ張られるまま、健は観覧車乗り場へ連れて行かれた。ちょうどよく観覧車が来て、ヒカリとミキから逃げ込むように乗り込む。

「やっと二人きりになれた。あの二人ほんと騒々しい」
「みんな仲良いんだね」
「まあね。あたしたちはノリが同じなのかも」
 観覧車はゆっくりと上昇していく。

「ねぇ、そっち行っていい?」
「いいよ」
伊香保は向かい合った席から健の右隣へ移動した。あまり広くない観覧車の席は二人で並んで座るとふとももが触れる。

「ダメダメ、なんだかちょっとドキドキしてきちゃった。はー、暑い暑い」
 顔が赤くなった伊香保は右手で顔をあおぐ。

「なに、あれ」
 目の前の一つ後ろのゴンドラの中にはヒカリとミキが変顔したり、踊ったりして、健と伊香保を笑わせようとしているのがわかる。

「健、逆向こう」
 健と伊香保は反対側の席に座った。

「ミキたちが見えたってことは、もう頂上ってこと?」
 上昇していた観覧車のゴンドラはゆっくりと下降し始めた。

「せっかく二人きりになれたんだから、何か話をしないと……」
 伊香保は会話の糸口を探そうとあたりをキョロキョロと見回す。

「あたしってお母さんいじりされてるじゃない? やっぱり私ってお母さんみたい?」
「伊香保が三年生で面倒見がいい感じはするし、包容力があるのはわかるよ」
「じゃあ、健はあたしのことを女としてみれない?」
「いや、そんなことない。素敵な女性だと思っている」
「ほんと? よかったぁ。安心した」

 伊香保は、はぁと息を吐き出し、上目遣いでみつめると健もじっとみつめた。

「やだ、なんか照れるね」
「う、うん……」

 お互い急に照れ臭くなり、観覧車の外に視線を外した。観覧車の外は間に暗くなっていて、遊園地にはイルミネーションが輝いている。

「もう終わっちゃう」
「あっという間だった。でも、すっごく楽しかったよ」
 伊香保はそっと身を寄せ、健にもたれかかった。

「ずっとこのままだったらいいのに」
 伊香保が言った瞬間、ガタンと音がしてゴンドラが止まった。

「何!?」
 慌てて周りを見渡す。

「観覧車が止まった、みたいだね」
「健、怖い」
 伊香保は健の手を強く握る。

「大丈夫だよ。大丈夫」
 伊香保は不安そうな顔で小さく震えている。健は伊香保の肩を抱き寄せゆっくりとさする。

「観覧車は揺れを検出しましたので非常停止しました」
 どこからかアナウンスが流れる。

「ゴンドラを故意に揺らす行為はご遠慮ください。観覧車が動きます」

「観覧車を揺らすなんてありえないよね。あー、汗びっしょり。健、ごめんね」
「ううん、気にしないで」
 伊香保は握った手を離し、ハンカチで手の汗を拭った。

「あっ、もう下に着いちゃった」
 健と伊香保はゴンドラから降りた。

「ねぇ、イルミネーション見にいこうよ」
「いいよ」
「あと、もう一回手を繋いで欲しいな」
「いいよ」
 健は伊香保の左手を取り、観覧車の目の前の広場に広がるイルミネーションまで歩く。
 伊香保の手は怖くて強く握った時とは違って、暖かく柔らかかった。

「きれーい」
「綺麗だね」
 絨毯のようにLEDが広がり、木々も銀色に煌めいている。
 伊香保は視線をイルミネーションから健にうつした。

「健、今日一日、すごく楽しかった」
「僕もだよ」
「あたし、健のこと好きになっちゃったかも」
 健は「うん」小声でこたえた。

「あっ、そうだ」
「どうしたの、健」
「ちょっとだけ待っていてくれる?」
 イルミネーション横のベンチに一輪かざられていたローズを手にして、伊香保の元に戻ってきた。

「今日は楽しかった。だから、ローズを受け取ってもらえませんか?」
 ローズを渡すということは、これからも一緒に旅を続けてほしいという意思表示であり、伊香保にとってはローズセレモニーで落とされなくて済むということでもある。
「えっ? えっ? いいの? ほんとう?」
 健は黙ってうなずいた。

「やったー!」
 伊香保は思いっきり健に抱きついた。




「ところで、ミキとヒカリ遅いね」
 健が腕時計に目をやると、デート終了の予定時刻を過ぎている。そして、近くにいるはずの佐久間先生も見当たらない。

「ちょっと観覧車に戻ろうか」
「うん」
 二人が手を繋いだまま観覧車に戻ると、ミキとヒカリは佐久間先生と係員に怒られていた。

「まさか、あの二人が観覧車止めたの? 呆れたー」
 伊香保と健は顔を見合わせて笑った。





 バチェラーの撮影場所兼宿泊施設では、苺、日立、美園がリビングに集まっていた。

「はー、やっぱりダメなのかなぁ」
 美園はうなだれる。

「みそのちゃん元気出して。今回はたまたま選ばれなかっただけだよ。次があるって」
 苺は美園の肩をさする。

「でも、今日はもうデートないでしょ?」
 日立はそう言ってアイスピーチティーをすする。

「明日のお昼にデートがあって、その後、パーティ。それが終わったら最初のローズセレモニーになるじゃん? 明日、デートに誘われなかったら、アピールする時間はパーティだけ。どうしよう。デートも行けずに終わっちゃうのかなぁ。やっぱり、第一印象が悪かったのかも。最初の挨拶でバレーをするなんて、やばいやつと思われたのかも。あー、ダメだぁ」
 美園は天井を見上げた。

「そうね、美園はダメかもね」
 日立がピンクのマカロンをつまみ、自撮りをしながら言った。

「えー、そんなこと言わないでよ」
「自分でダメって言ったんじゃない」
「じゃあ、ダメじゃない。大丈夫。私は大丈夫」
 美園は手のひらを自分に向け、手のひらに語りかける。

「みそのちゃんなにやってるの?」
 心配した苺が言った。

「あっ、これ? 試合の時によくやるんだけど、手のひらに言うと自分に返ってくるの。だからネガティブになった時とか、不安になった時によくやるの」
「へー、じゃあわたしもやってみる。わたしは次にデートに誘われるから大丈夫。みそのちゃん、これでいいのかな?」
「うん、おっけー」
「ってかさ、それでデート誘われたら世話ないよね。それに、そんなことしなくても大丈夫だよ。必ずやまちゃんは全員をデートに誘ってくれるから」
「なんでそう言い切れるの?」
 美園がたずねる。

「演出的に考えたら、普通そうでしょ」
 日立が小声で美園に囁いた。

「でも、待っているだけじゃ嫌。何かしないと」
 美園は立ち上がり、リビングをぐるぐると歩き回っている。

「あっ、そうだ!」
 美園が何かを思いついたように人差し指を立てた。

「私、いいこと思いついたから、自分の部屋に戻るね。あと、ちょっと出かけてくる」
 そう言うと、美園はリビングを駆け足で去っていった。

「いっちゃったね。あくせくしたってしょうがないのに」
 日立はマカロンをかじりながら自撮りを続けている。

「あっ、いいの撮れた。SNSにアップしよっと」
「ねぇ、ひたちちゃんはどうしてそんなに落ち着いていられるの?」
「私のやってるアイドルって仕事は自信が大事なの。私は可愛くて、みんなに好かれている。そういう自信がないとやれなし、魅力的じゃない。そして自信があれば落ち着いていられる」
「そうなんだぁ」
 苺はわかったような、わからないような表情を浮かべる。

「ねぇ、苺。一緒に写真撮らない?」
「撮る!」
 日立は自撮り棒にスマホをつけ、苺と寄り添う。

「いくよ」
 パシャリ。保存された写真をアプリで開き直して、明るさやコントラストなどを調整する。すると、眩しいほど映える写真ができた。

「これ、アップしていい?」
「いいよ」
「やっぱり、ひたちちゃんって可愛いね。本物も可愛いけど、写真だとさらに可愛くなる」
 苺はアップされた写真を見て言った。

「まぁ、そういう仕事してるからね。でも、ちゃんと努力はしているよ。歌もダンスもおしゃべりも練習してるし、普段から努力していれば特別に何かをしなくても大丈夫なの」
「そっかぁ。わたしは何もしてないや」
 日立はにっこりと苺に笑みを向けた。

「わたしも部屋に戻るね。やっぱり何かしなきゃ」
 苺は手を振りリビングを去っていった。日立は先ほどアップした写真のいいねの数を確認するべくアプリをタップした。

「10分で100いいねかぁ。まあまあかな」
 苺と一緒に取った写真は見るたびにいいねが増え、「可愛い」「キュン」「隣の子かわいい」と次々とコメントがついていく。

「せっかく映えるところにいるから、もうちょっとアップしよっと」
 日立はバチェラーの会場にあるプールに足をつけたり、海まで散歩しては自撮りしたり、ネイルの写真を取ってはアップした。三つの写真をアップして、10分待ってどれだけいいねがついただろうかと見てみる。

「一人の写真は80、50、30いいね。苺と一緒に取った写真は200いいね。苺と一緒のほうがいいねを稼げるなんて。つまんない」
 日立はスマホを投げ捨てた。

「あーあ、私も何かしなきゃなぁ。めんどくさいなー」
 しばらくソファーに寝転んでぼーっとした後、日立はリビングを去った。






 その夜、リビングに女子全員が集合し収録が始まった。女子たちはソファーに座り、カメラが回ると最初にヒカリが口を開いた。

「みらい、ローズもらった?」
「もらった」
「そうなんだー」
 ミキは冷静装って相槌を打ったが、言葉には抑揚がない。

「遊園地組は?」
「もらっちゃいましたー」
 伊香保が嬉しそうに隠していたローズを出して見せびらかす。

「よかったね」
 と言ったのは、みらいだけだった。

「みらいちゃんはツーショットデートの時に何してたの?」
 苺が尋ねる。

「ランチクルージングだよ。マリーン・ルージュに乗って、横浜港を一周してきた」
「えー、すごーい。いいなー」
 苺が感嘆の声を上げる。

「ねぇ、どんなことを話したの?」
 伊香保がニヤニヤしながら訊ねる。

「秘密」
「なんでー?」
 ヒカリが不満そうに口を尖らせる。

「わたしとたけちゃんの大切に過ごした時間だから、あまり他の人に干渉されたくないの」
「へぇー」
 伊香保が納得いかない顔だ。

「それと、ずっと気になっていたんだけど、みらいと健はいつから知り合いなの?」
 伊香保が質問を続ける。

「生まれたときからかな」
「生まれたときから?」
 ヒカリが片方の眉毛をあげてぼやく。

「同じ病院で生まれてからずっと一緒。でも、中学は別。高校に入って再会した感じ」
「へー」
 伊香保が息を吐くように相槌を打った。

「でもさ、一人だけ知り合いって、やっぱりずるいよね」
 ヒカリが言う。

「そうかなぁ。たぶんそうでもないと思うよ。たけちゃんと話した感じだと、わたしが特別ってわけでもなさそうだし。それに伊香保だってローズもらってるでしょ? それは伊香保の事が良いって思ったからもらえたわけじゃない」

「まぁ、そうかしら?」
 伊香保は褒められて口元が緩む。

「ふーん。じゃあ、まぁ、いいか」
 伊香保がおさめるように言った。

「今日さ、伊香保はたけるんと一緒に観覧車乗ったんだよね」
 ヒカリがここぞとばかりに言った。

「あー、もう。それ言わないでよ」
「だって、いろいろ聞くなら、自分も話をしないとねー。観覧車の中はどうだったの?」
 ヒカリが伊香保を肘で小突く。

「仕方ないわね。ちゃんと話すわよ。健と二人きりになったら心臓バックバクになっちゃって、ぜんぜん喋れなかった。それに観覧車が止まっちゃったから怖くて、健の腕掴んじゃったの。こんな感じに」
 伊香保は隣にすわっている美園の腕を掴んだ。

「いいなー。でも、観覧車って止まるんだね」
 苺の言葉に、ヒカリとミキが笑っている。

「ヒカリとミキが観覧車止めたのよ」
 伊香保がミキとヒカリを交互に睨む。

「観覧車の中でダンスしてたら、なぜか止まっちゃったよね。でもよかったんじゃない。腕組めたんだから」
 伊香保は呆れた顔でミキをみつめた。

「みなさん、盛り上がっているところ失礼します」
 バンザイ先生がリビングに現れた。

「今日のデートですが、バチェラーはおおいに楽しまれたようです。そして、またお手紙を一通預かっております。こちらを、日立さん。読んでいただけますか?」
「やったぁ、明日デートだぁ!」
「いや、まだ決まったわけじゃないから」
 伊香保が冷静にツッコむが日立は無反応だ。

「それじゃあ、読みまーす」
 日立の元気とは裏腹に今日デートした女子は白けた様子でみつめる。苺と美園は「名前が呼ばれますようにと」お互い手を取り合い祈る。

「今回のデートはグループデートです。青空の見えるカフェでランチをしましょう。ご一緒したい方は、浦和美園さん、小山苺さん、そして、常盤日立さん。いやっほぃ!」
 苺と美園は「よかったー」とハグをした。

「やっぱり、みんなとデートするつもりだったの。私の言ったとおりでしょ?」
 手紙を持ちながら日立がドヤ顔で言った。