小山苺の枕元にあるスマホのアラームが鳴った。
 右手でアラームを止めて、ゆっくりとベッドから出てカーテンを開けると、部屋いっぱいに朝日が差し込み、眩しくて目を細める。

「朝だぁ。いいお天気」

 窓の外には朝日が反射してきらめいている海と白い砂浜、昨日の夜にリムジンから降りた道路、キャンドルで照らされていたプールが見える。
 昨日みた煌びやかな世界は朝になると日常の一日に見えて、昨日のことは夢だったのではないかと思えてしまう。しかし、自宅ではないこの宿泊施設はやはり日常ではなかった。
 未だに夢の中のような気持ちの中、苺は洗面所に向かい、顔を洗って櫛で髪を梳かす。鏡にうつる自分の顔を覗き込むようにみつめる。

「顔、むくんじゃったかなぁ。でも、今日はバチェラーとデートじゃないし、まぁいっか」
 
 デートの相手には選ばれなかったけれど、女の子だけの収録はある。今のうちに軽くメイクをしておこうと思い、ポーチからメイク道具を取り出す。

「あっ、そうだ」

 下地を軽く塗ったところで、昨日の夜にスマホで読んでいた漫画が途中だったことを思い出し、スマホを手に取りアプリを開いた。

「まだ、時間があるからいいよね」

 漫画の内容は、今まで恋を知らない高校一年生の女子が校内のアイドル男子に一目惚れをし、たくさんのライバル女子たちとバトルをしながら、アイドル男子と仲良くなっていく話だった。
 苺は登場人物を自分と健に重ねてしまい、ちょっと読むだけのつもりが、結局、洗面所で最後まで読んでしまった。
 ふと時計を見るとすでに7時30分。

「いけない、支度しないと」
 
 あわてて塗りかけの下地を最後まで塗る。あまりメイクが得意ではない苺は、どうしても時間がかかってしまう。なんとか自然な色に下地を塗り終えチークを塗り始めた時に、脳天まで響く金属音が鳴った。音のするベッドルームに戻ってみると、ヒカリが布団から右手だけ出し、枕元にある目覚まし時計をつかんでいた。

「あー、うるさい!」
 ヒカリは声を出しても布団をかぶったまま出てこない。

「ねむーい」
 布団の中からヒカリの苛立った声が聞こえた。

「ヒカリちゃん、もう起きないと朝ごはんに間に合わないよ」
 苺はなかなか起きないヒカリを心配してベッドに歩み寄る。

「起きた!」
「わっ、びっくりしたぁ」

 ヒカリは飛び起きるようにベッドを出て洗面台へ向かった。

「あー、もう寝すぎたー」

 苺がヒカリを追い、洗面所を覗いてみると右手でビューラーを使いまつ毛を整え、左手でファンデーションを塗っている。

「早い……。寝起きじゃないみたい」

 まるで早送り動画のようなメイク術を苺は呆然と眺めていた。

「苺は支度できたの?」
「えっと、あとちょっと」
「あと何が残ってるの?」
「アイメイクとリップがまだだし、今日着る服もまだ決まってない」
「全然できてないじゃない。早くしないと8時の朝ごはんに間に合わないよ」
「わたしも急がなきゃ」

 苺は慌てて自分のメイクに戻って、完成したのが8時。あとは服を着替えるだけ。

「苺、朝ごはんいくよ!」
「えっ、ヒカリちゃん。もう支度できてるの?」

 三十分前には寝起きの素朴なすっぴん姿だったのに、メイクは綺麗にできあがっていて、髪もバッチリ盛られており、服も完璧なギャルコーデが出来上がっている。

「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ」
「まって、今日着る服が決まってないの」
「はぁ!? 何言ってんのよ」
「えっと、どうしようかな……」

 苺はスーツケースから服を取り出し、胸に当てて鏡で確認する。

「普通にTシャツとデニムパンツが無難かなぁ。やっぱり花柄のワンピースにしようかなぁ。それとも、白のサロペットは誰とも被らなそうだから……」
「もう、8時過ぎてるじゃない。先行くよ」
「えー、ヒカリちゃん。置いてかないでよぉ。服が決まらないんだもん」

 困った顔でヒカリを見ると、眉間に皺を寄せ、つかつかと歩み寄る。

「これと、これと、これ。あと、このイヤリング貸してあげるから五分で着替えてくれる?」
「はい」

 ヒカリの怖い顔に苺は反論することはできず、言われた通りの服に着替える。その間、ヒカリは腕組みをしながら睨んでいた。

「はい、できました」
「よし、いくよ」

 全身鏡を見る間も与えられず、苺はヒカリに手を引っ張られながら、朝食会場に向かった。

「私、時間に遅れるの大嫌いなの。これからは遅れないでね」
「うん。でも、ヒカリちゃんがこんなに時間に厳しいとは意外。ギャルってもっといい加減な人たちだと思ってた」
「ギャルもいろいろいるけど、わりと時間に厳しかったり、上下関係もあるのよ。それに私は高校生だけど放課後は働いてるから、なおさら時間には注意してる。社会に出ると厳しくなるものよ」
「そうなんだぁ。わたしもバイトしようかなぁ。クレープ屋さんとか、タピオカ屋さんとか」
「いいんじゃない。苺に似合うと思うよ」

 苺が腕時計をみると8時10分。朝食会場であるカフェで食事をしていたのは、ミキと美園だけだった。

「おはよー、みんなまだなんだね」

 ヒカリは手を振って挨拶をすると、二人も手を振って返した。
 朝食はブッフェ形式で和食から洋食まで並んでいる。
 苺とヒカリは食べたいものを次々とお皿に乗せていく。
 ヒカリはご飯と味噌汁、おしんこに納豆と鮭と和食なのに対して、苺はヨーグルトにブルーベリーのソースをかけて、パン半枚と苺ジャムを取って皿に乗せた。
 先に食事をしている美園とミキのテーブルの隣のテーブルに苺とみらいが腰を掛けた。

「おはよー。あれ? 今日の苺の服かわいいね」
 ミキが苺の姿を見て言った。

「そう? ヒカリちゃんがね、服を貸してくれたの」
 白のフレアスカートにピンクのトップス、耳にはパールのイヤリングを付けている。

「良かった。普段は着ないコーデだったから、似合っているか心配だったんだ。あっ、このイヤリングもヒカリちゃんに借りたんだ」
「えー、可愛い」
 美園が卵焼きを頬張りながら言った。

「それ、うちのお店の新作でめっちゃ推しているから、気に入ったら買ってね。イチキュッパだから財布にも優しいし」
「ヒカリは商売上手だね」
 ミキはホイップが山のようにのったパンケーキを食べながら言った。

「そういえば、あと二人は?」
 美園が呟いた瞬間、カフェの外から伊香保の大きな声が聞こえた。

「ねぇ、どうしてあなたはそんなにとろいの?」
「えー、だって。コンタクトが見つからなかったんだから、しょうがないじゃーん」
「起きるのも遅いし、支度も遅い。それに、どうして物を出しっぱなしにしておくのよ。あなたのスカートが出しっぱなしだったから、あたしはそれで今日の朝滑って転んだのよ?」
「出しておいた方が取るのが楽じゃん。転んだのは自己責任だから、私のせいにしないでね」
「まったく日立。あなたって人は……」
「ねぇ、伊香保、卵焼きとって」
「あたしはあなたのお母さんじゃないの」
 伊香保はそう言いながらも、卵焼きを二切れとって、少し乱暴に日立の皿にのせた。

「ママ、ヨーグルトも取って。ブルーベリーソースもかけてね」
「ママぁ?」
 伊香保は睨みながら、ヨーグルトを小鉢によそい、乱暴に日立のお盆に乗せた。

「自分のご飯くらい、自分で取りなさいよ」
「ママ、ヨーグルト足りない。もうちょっと入れて」
「だから、ママじゃないって言ってるでしょう? 誰かこの子をどうにかしてくれない?」
 二人がおぼんを持ってテーブルにやってきた。呆れている伊香保をよそに日立は美味しそうな食事を見てニコニコしている。すでに席についている四人は関わるまいと、みんな無言で苦笑いを浮かべながら、食事をすすめている。

「今日の午前中は女子だけの収録だよね」
 美園がみんなに確認をするように言った。

「その収録で夜のデートか明日のデートのお誘いが来ると思う」
 ヒカリがこたえる。

「デートしたいなぁ」
 苺が呟くと、全員が頷いた。

 食事を取り終わり、それぞれが食器をもって返却台へ返していく。
 一番遅くきた日立と伊香保は最後まで食事をしていた。

「日立、悪いけど先に行くわね」
「えー、ちょっと待ってよ」
 日立の食事はまだ半分も進んでいない。
 伊香保は返事を待たずに席を立った。
 カフェを出るときに後ろで、ガチャンと何かを落とした音がしたけれど、振り向かずに出ていった。



 苺は部屋に戻って歯を磨いていた。腕時計を見るとまだ八時五十分。時間は大丈夫なはずなのに、ヒカリの強い視線を感じた。

「やっぱり、こっちにして」
 ヒカリは苺の耳からコットンパールのイヤリングを外して、ピンクパールのイヤリングをつけた。

「さっきのイヤリングは苺には大きい。ホワイトよりピンクの方がきれいに見える気がする」
 言われた通り付け直してみると「うん。絶対こっちのほうがいい」とヒカリが言った。

「ヒカリちゃんってすごいね」
「べつに、たいしたことじゃない」
 ヒカリは口とは裏腹に褒められて口元が少しだけ緩んでいる。

「でも、わたしたちライバルだから、こんなによくしてくれなくてもいいんじゃない?」
「ライバルだけど、それとこれとは別。女の子なら少しでも可愛くいて欲しい。それが私のビジョンだから」
「ビジョン?」
「やりたい事ってこと。私が高校生なのに服飾の仕事をしているのはビジョンを実現したいから。苺にビジョンはないの?」
「うーん、よくわからないけど、あえて言うなら毎日楽しく過ごすことかな」
「ふーん。苺らしいね」

 ヒカリはリップを塗り直し、苺をじっとみつめる。

「そうだ、いちおう言っておくけど、たけるんは渡さないからね。苺がいくら可愛くなっても私には敵わないんだから」
「わたしも負けないよ。ヒカリちゃんのおかげでもっと可愛くなっちゃったし」
「あっ、やっぱりイヤリング返して」
「もう遅いよー」

 苺は逃げるように部屋を出て行った。
 ヒカリは追いかけるように鍵を持って、部屋を出る前に振り返った。
 部屋にはベッドが三つある。起きた時に一人はもういなかった。
 その一人は湊みらい。
 みらいは音も立てずに支度をして、健とのデートに行ってしまった。
 ベッドも荷物も綺麗に片付いていて、初めからそこにいなかったかのようだった。



 収録会場のリビングでは九時ちょうどに残された女子が全員が揃い、佐久間先生の合図でカメラが回った。最初に口火を切ったのがヒカリだった。

「ねぇ、あの二人絶対知り合いだよ。私たちみたいな初対面の雰囲気じゃなかったもん」
 ヒカリは嫌らしい目つきで言った。苺に服をあてがっていた時の優しい顔ではない。

「だから、ファーストインプレッションローズにみらいちゃんを選んだのかな?」
 苺が首を傾げる。

「絶対そうだよ。普通ならわたしがファーストデートの相手に選ばれるはずだもん」
 日立が自信満々に言うが、頷く人はいない。

「知り合いってだけの理由でデートに誘ったなら、まだみんなに差はないってことだよね」
 ミキの言葉に「あたしも頑張らなきゃ」と伊香保が拳を握る。
 一方で美園は「わたし、自信ないヤァ」と天井を見上げた。

「じゃあ、美園は夜もお留守番かな?」
 ヒカリが言うと「それは嫌!」と返す。

「二人はどこでいま何してるんだろうね」
 苺がぼんやりと外を見ながら言った。

「船上デートだよ。いまごろ海の上で二人っきり」
 ヒカリが言う。

「あー、羨ましいなぁ。あたしもデートしたい」
 伊香保がため息混じりに言った。

「皆さん、おはようございます」
 リビングのドアが開き、バンザイ先生が現れた。みんなの視線が一斉に向く。
 そして視線はバンザイ先生の手にしている何かに移った。

「本日、一枚の手紙をバチェラーから預かっています」
「えー」「おー」といった歓声がわく。

「こちらを、ミキさん、読んでいただけますか?」
「えっ!? はい! もしかして、ワタシがデートに誘われちゃった?」
 
 ミキは笑顔でバンザイ先生から手紙を受け取る。

「えっと、今回は、グループデートです。皆さんと交流を深めたいので遊園地に行きたいと思います。一緒に行っていただきたいのは、渋谷ヒカリさん、赤城伊香保さん、そして……。舞浜ミキさん。やったー!!!」

 ヒカリと伊香保は立ち上がりハイタッチをする。
 その横で、残された苺と日立と美園はガックリと肩を落とした。





「じゃあ、再会にかんぱーい!」
「乾杯」
 
 みらいと健はグラスを合わせた。

「たけちゃん、ひさしぶりだね」
「本当に久しぶり」
「ランチクルーズに誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
「なんかちょっと照れるね。二人きりになるのは久しぶりだし、こうやって向かい合って話すのなんて、同じ高校に入学したのに、初めてじゃない?」
「うん。はじめて。ちょっと意識しちゃってて、なかなか話しかけることができなかった」
「わたしも。だからこういう機会があって良かった。あっ、料理が来た」

 ボーイが二人分の料理を運んでくる。

「こちらが前菜の、戻りカツオのミキュイ、バジルのピュレ、アイヨリになります」
 二人は小さくボーイにお辞儀をして「いただきます」と手を合わせてからナイフとフォークを取った。

「んー、おいしい」
 みらいは手を頬に添えて、目尻を下げた。

「わたしたちもこういう料理を食べられるようになったんだね」
「みらいはお母さんによく連れていってもらっているんじゃないの?」
「違うの。たけちゃんとこういう料理を食べるのが初めてってこと。ママとはよくランチに行くよ。おかげでママも私も太っちゃってさ。その分のカロリーを消費するために週に二回はスポーツジムに行くことにしてるの。でも、そう言うことが言いたいんじゃなくって、たけちゃんと二人でフレンチなんて、大人になったと思わない? ってこと」
「そうだね。小学生だった俺たちが二人でフルコースは無理だよな」
「高校生の今でも少し背伸びしている感じはあるけどね」
「でも、お互い社会経験を積んできたと思うんだよ」
「まぁね。わたしもパパの会社のお手伝いするようになったし。たけちゃんだって起業したって聞いたよ。あっ、これプレゼント。あげる」

 みらいはポーチから小さな箱を取り出して渡した。

「開けてみて」
 健は包装紙を開け、箱から中のものを取り出す。

「なんだろう。あっ、ハンカチ」
「それね、わたしがデザインしたんだ」
「このハンカチすごく良い」
「褒められたー。嬉しい」
 ガーゼ生地にブルーのストライプが入っており、右端にはみなとカバンのロゴマークであるである錨が描かれている。
「わたしがデザインしたっていっても、会社のデザイナーさんにかなりお手伝いしてもらったんだけどね。うちのカバン屋は老舗だけど若い人向けにも商品を作って行かなきゃってことで、わたしに白羽の矢が立ったの。それで、とりあえずリスクの低いハンカチからデザインしようってことになって、これができたの」
「へー、すごいじゃん。じゃあこれが、お店に売っているってこと?」
「お店に出るのはこれから。だから、まだ世界に一つしかないの。大切にしてね」
「わかった」

 健は頷いてハンカチをポケットにしまった。
 楽しい会話と共に食事はどんどん進み、デザートも食べ終わった。

「おいしかったね」
「美味しかった」
「ちょっと、外に出ない?」
「いいよ」

 みらいの提案でデッキに出ると、上空には雲ひとつない青空が広がっていた。

「天気が良くて、気持ちいい」
 みらいは空を見上げてから、健のほうに振り返った。

「ねぇ、たけちゃん。どうしてわたしを誘ってくれたの?」
 健は少しだけ間を置いてから口を開いた。
「みらいと久しぶりに話がしたかったから」
「話だったら、昨日のパーティですればよかったじゃん」
「時間がなくてちゃんとした話ができなかったよ」
「それなら、どうしてわたしなの? 他の子もあまり話ができていないよね?」
「えっと、それは……」
「もしかして、他の子を選べなかったとか?」
「たぶんそれもある。でも、みらいと話がしたかったのは本当」
「ってことは、わたしのこと、まだ好き?」
「それは……。わからない」
 健は俯いた。

「そうだよね。三年間いろいろあったし、たけちゃんもあの時とは違ってすごくかっこよくなっちゃってるし、わたしもいい女に成長したし?」
「なに自分で言ってんだよ」
「でも、綺麗になったと思わない?」
「まぁ、大人になってきれいになったとは思うよ」
「ありがとう」
 みらいは健の言葉に微笑んだ。

「でもね、わたしもこの三年間でいろいろあったんだ。知りたい?」
「知りたいような、知るのも怖いような……」
「たけちゃんはわたしが三年の間に何をしていたと思う?」
「うーん、わからない。でも、中学は横浜の四つ葉学園だったよね」
「そう、四つ葉で三年間女子校ライフを過ごしたの。いっぱい勉強して、いっぱい部活やって、普通に友達と遊んだ。それと、普通に彼氏できた」
「彼氏?」
「あっ、やきもち妬いちゃった?」
「いや、全然」
「絶対妬いてるー。でもね、安心して。もう別れたから」
「そ、そうなんだ」
 健はほっと胸を撫で下ろした。

「そもそも、誰かとお付き合いしてたら、バチェラーに出られないしね」
 みらいは「いひひ」と笑った。

「その人とは塾で知り合ったんだ。横浜元町中学の男の子で、むこうから告白してくれたんだけど、あまりお付き合いする気にはなれなくて適当にあしらってたの。でも、一生懸命に思いを伝えられて、結局押し負けるように付き合うことになった。お付き合いは何をしたら良いのかわからなくて、合うか合わないかもよくわからなかったし、デートに誘われても、わたしがこんな中途半端な気持ちで行っていいのか悩んでたし、彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。でも、会ったり話をしているうちに、彼のことを少しずつ好きになっていて、自信を持って好きだって思った時には、彼の気持ちはもう別の人に移っていて、結局ふられちゃった」
 みらいは海をみつめながら言った。

「ごめんね、こんな話しちゃって。でも、ちゃんとたけちゃんにはわたしの事を全部知っていて欲しくて。それでも、わたしの事が良いって思ってくれたら……、嬉しいな」
 健は小さくうなずいた。

「たけちゃんは、恋してた?」
「アプリを作るのに恋してた」
「それだけ? お付き合いは?」
「えっと……。お付き合いも、した」
「誰と?」
「親父の会社の人」
「もしかして、年上?」
「うん」
「だから、ちょっと大人っぽいんだ。なるほどねー」
 みらいは手を打った。

「何歳上だったの?」
「二十代って言ってたけど、正確な年齢は教えてもらえなかった」
「もしかして、その人に全部教わった?」
「う、うん……」
「きゃー! やだー」
 みらいはバシンと健の背中を叩いた。

「なに照れてるんだよ。自分で聞いたんだろ?」
「まぁ、そうだけどさ。でも、その人はどうして別れちゃったの?」
「その人がアメリカ行くことになって、そのままさようなら」
「そっかー、追いかけようとは思わなかったの?」
「さすがにアメリカまで追いかけるのはね。まだ未成年だし、学生だし。それに彼女とずっと一緒にいられるような気はしなかった。なんていうか、自分がまだ未熟すぎる気がして……」
「そっかぁ。じゃあ、わたしの時と同じだね」
「いや、ちょっと違うような気がするけど。でも、同じなのかな……」
 健は首を傾げた。

「ねぇ、バチェラーってさ、本当の愛を見つける旅っていうキャッチフレーズがついているけど、全てを捨ててでも、手に入れたいと思うのが本当の愛だと思わない?」
 みらいが健をみつめて尋ねた。

「本当の愛って、そういうものなのかな?」
「わたしもよくわからないけどね」
 みらいは「あはは」と笑った。

「たけちゃん、このバチェラーで本当の愛を見つけられたらいいね」
「もちろん。このバチェラーに出るからには、その覚悟で来てますけど?」
「よろしい」
 みらいは健の肩をぽんと叩いた。

「みらいはバチェラー主催者側の人なの?」
「そんな感じになっちゃったね。でもね、わたしはたけちゃんが誰を選んでも祝福してあげるし、それを見届けたい」
「自分が最後の人になろうとは思ってないの?」
「もちろん第一志望は最後の人。だから、早くローズ渡してくれていいんだよ。ほら、ほら」
 みらいは右手を差し出す。

「なんか、そんな感じじゃ渡せないなー」
「けちー」
 健とみらいは顔を見合わせて笑った。

「なつかしいね、この感じ」
「うん、自然に話せるこの感じ。貴重な関係だね」
 カメラマンの佐久間先生が時計を指差している。そろそろデートは終了ということだ。

「ねぇ、最後にたけちゃんに一言伝えたい」
 みらいは健をじっと見つめる。



「もう一度、わたしを好きになってくれないかな」




 お互いが見つめあったまま、しばらく沈黙が続いた。そして、ゆっくりと健が口を開いた。
「ちょっと待ってて」
 健はレストランに戻りテーブルの花瓶に刺さった一輪のローズを手にして戻ってきた。

「もう一度、みらいの事を好きになるかは、まだわからない。だから、これから一緒に旅を続けていきたいと思っている。みらい、ローズを受け取ってくれませんか?」
「はい、喜んで」

 みらいは差し出されたローズを笑顔で受け取り、健にハグをした。