恋愛リアリティショー『バチェラー』
 全てを兼ね備えた独身男性(バチェラー)と結婚を前提にお付き合いするべく
 七人の女子高生が恋のサバイバルに挑む




 プライム高校の校舎入り口には大きな掲示板がある。
「今年も甲子園出場! 君も野球部に来ないか?」「チアリーダー部! GO! FIGHT! WIN!」など、さまざまな部活に勧誘するポスターが貼られている。しかし、それらの存在を打ち消すかのように「バチェラー部」のポスターが掲示板の中心に大きく貼ってあった。

「バチェラー部開催! だって」
「今年は開催するんだね。去年と一昨年には開催しなかったから、二年ぶりだね」

 二人の女子高生が掲示板の前で足を止めて、ポスターを指さした。

「なかなかバチェラーにふさわしい男子が見つからなかったらしいよ」
「でも、学園祭のミスターコンテストでかっこいい人はいっぱいいたじゃない?」
「バチェラーの選抜基準は基本的にミスターコンテストの出場者なんだけど、顔がいいだけじゃダメで文武両道じゃないとバチェラーには選ばれないの」
「顔がいいだけでも、私はいいけどなぁ」
「あなたが良くても、バチェラーの規定はダメなの。選ばれたハイスペック男子は一年生の山戸健(やまとたける)って子。ほら、この写真の」

 一人の女子がポスターを指さして言った。

「かっこいいー。若手俳優っぽいかんじだね。ぜんぜん十五歳には見えない」
「中学生で起業したみたいだし、社会経験あるから大人っぽくみえるのかな。初代バチェラーもそうだったし。それに、顔だけじゃないよ。ほら、この経歴」
「剣道で全国大会出場、全国模試100位。家は六本木ヒルズ。これぞ全てを兼ね備えたバチェラーって感じね」
「はぁ……。なんかため息出ちゃう。こういう人と一度お付き合いしてみたいなぁ」
「じゃあ、出たらいいんじゃない?」
「無理無理。私みたいな地味な一般人には絶対無理。そもそも参加者募集も終わってるし」
「じゃあ、放送部が配信する動画を一緒に見よう」
「うん、そうしよう。こういうのって、動画を見ながら、あーだこーだ言うのが楽しいのよね」
「そうそう。あっ、あれ……」

 二人の目線は掲示板の横を通り過ぎた一人の女子生徒に向いた。

「あれ、湊(みなと)みらいちゃんじゃない?」
「もしかして、この子?」

 ポスターの中の一人を指さして言った。

「そう。今回のバチェラーの最有力候補らしいよ」
「どおりで可愛いわけだ。それにオーラもある」
「それにね、あの子も一年生。噂ではバチェラーと幼なじみらしいよ」
「えー! それってなんかずるくない?」
「ずるいかどうかはさておき、バチェラーの出身中学校は男子校だから、同じ中学校じゃないはず。だから、幼馴染っていっても、小学校とか幼稚園とかが一緒とかじゃないかしら」
「そっかぁ。たとえ幼馴染だったとしても、バチェラーが始まったらどうなるかはわからないけどね」
「めっちゃ楽しみになってきた」
 二人の女子学生はウキウキしながら、掲示板の前から去っていった。



 バチェラーの収録は夏休み初日の夜から始まった。
 蝉が鳴く夏真っ盛りの夜、山戸健は制服を着て、イルミネーションで彩られた宿泊施設のプールの前に敷かれた赤い絨毯の前で立っていた。周囲にはたくさんのキャンドルが置かれ、中央にあるプールに光が反射して煌めいている。
 指定された場所に立ち、もう五分が過ぎている。
 カメラを向けられながらリムジンがくるのが今か今かと待つ間、健の心拍数は高いままで、いくら深呼吸をしても下がることはない。
 もう一度、自分の立ち位置が正しいか、足下の印を確認し顔を上げると、真っ白なリムジンが目の前に止まった。

「ついに、一人目」

 ゆっくりとリムジンのドアが開く。
 制服姿の女子はスリムな脚を揃えてリムジンから出ると、凛とした姿でレッドカーペットを歩いてくる。
 その様子はまるでランウェイを歩くモデルのようだ。
 彼女は笑顔で健をじっと見つめながら、少しずつ近づいてくる。
 ミキは右手をふり、今まで以上の笑顔を浮かべた。健も応えるように右手を上げたけれど、ミキの笑顔に圧倒され、手を下ろすのを忘れて見入ってしまった。それを見たミキは健の右手叩いた。

「High five! I’m MIKI.I’m from LA. Nice to meet you. 」
「Oh! I‘m TAKERU.Nice to meet you too!」

 健は英語に一瞬戸惑ったが、ゆっくりと英語で返事をした。

「ワタシ、十歳までLAにいたの。帰国子女だからこんなノリだけど、これからよろしくね」
「よ、よろしく」
「もしかして、緊張してる?」
「ちょっとね」
 健の額には汗が浮かんでいる。
「大丈夫、安心して。チアリーダー部エースのワタシがエールを送ってあげるから。タケルがこのバチェラーで運命の人に出会えるように!」
 ミキは両足を肩幅に開いて、手を腰に当てた。

「いくよ、見てて。GO!FIGHT!WIN!」
 ミキは右手と左膝を上げてジャンプをした。

「すごい、チアリーダーみたい」
「だって、チアリーダーだもん」

 健とミキは顔を見合わせて笑った。

「少し、リラックスできたかな?」
「うん、できた。ありがとう」

 健の顔は強ばった表情から笑顔に変わっていた。

「ところで、なんて呼んだらいい? ファーストネームのタケルでいいかな?」
「いいよ」
「じゃあ、ワタシのことはミキって呼んで」
「わかった、ミキ」
「呼んでくれて、ありがと。タケル」

 健の後ろには放送部顧問でカメラマンの佐久間先生がいて、人差し指を立てた。最初の挨拶は一分以内と決められていて、一分が経過したというサインだ。

「じゃあ、タケル。また後で話をしようね」
「うん、また後で」

 ミキはひらひらと手を振って、去っていった。タケルは手を振って後ろ姿を見送った。

「ふぅ……」

 ミキの笑顔が眩しすぎた。全身から溢れてくる明るいオーラに飲み込まれそうだった。
 チアリーダーとして応援してくれた姿はキラキラしていて、一人目にしてこんなに圧倒的な美人がやってくるのかと驚いた。

 額の汗をハンカチで拭って正面を向くと、次の女子を乗せたリムジンが到着した。
 リムジンから降りてきたのは、胸まである茶色でウェーブのかかった髪の女子で、車を降りて髪の毛をかきあげると、ニコッと笑ってウインクし、あっという間にレッドカーペットを歩いて健の元にたどり着いた。

「あたし、赤城伊香保(あかぎいかほ)。君に会えて嬉しい」
 伊香保は右手を差し出した。健は握手だと思い、右手を握るとグッと引っ張られ、そのまま軽くハグをされた。伊香保の大きな胸が健にあたる。
「今日は会えるのを楽しみにしてた」
 伊香保は耳元で囁くように言うと、ゆっくりと体を離した。健は驚いた表情のまま硬直している。

「健って呼んでいい?」
「いいよ。じゃあ、伊香保さんって呼べばいいかな?」
「年上だからって、そんなによそよそしくしないで。伊香保でいいよ」
「じゃあ、伊香保で」
 伊香保は笑顔を浮かべ、大きく頷いた。

「今日は地元の温泉まんじゅうを持ってきたの。よかったら食べてくれない?」
「もちろん」
 伊香保はバッグから温泉まんじゅうを一つ取りだし、健は受け取ると包みをはがし、口に入れた。
「おいしい」
「きっと緊張してるから、甘いものを食べるとリラックスできると思って持ってきたの」
「ありがとう。だいぶ緊張が解けた気がする」

 カメラの後ろで佐久間先生が指を立てた。一分が過ぎたようだ。

「じゃあ、また後で話しようね」

 伊香保は別室へ向かっていった。健はその姿を見送った。
 いきなりハグをされるとは思っていなかったため、心拍数が上がっていたけれど、温泉まんじゅうを食べたら少し肩の力が抜けた気がした。
 ふっと一息を吐くとすぐに次のリムジンが止まった。
 出てきた女子は、長身で片手にバレーボールを持っていた。
 そのバレーボールを右手でつきながら、レッドカーペットを歩いて来る。

「こんにちは。私、浦和美園(うらわみその)って言います。バレーボールをやってて、少しでも私のことを覚えてもらいたくてボールを持ってきました」
「覚えました。バレー部の浦和美園さん」
「美園って呼んでほしいな。チームメイトからもそう呼ばれてるの。たけるって呼んでいい?」
「もちろん」
「ところで、たけるはバレーボールをやったことありますか?」
「体育で、くらいかな」
「できたら、トスをあげてくれませんか?」
「トス?」
「このへんに投げるだけでもいいです」

 美園は頭上を指さす。ここにボールをトスしろということだろう。

「わかった、やってみる」
 健は頷いた。

「ちょっと待ってね」
 美園はその場で数回ジャンプをして右腕を振る。

「じゃあ、お願いします」
「はい」

 健は体育でやったことを思い出しながら、両手でトスを上げると、美園がジャンプをして思い切りよくスパイクを打った。
 ボールはバチーンという音とともに、壁にぶつかり美園の元に戻ってきて、小さくガッツポーズをして、足元に転がってきたボールを抱えた。

「たける、ナイストス」
 二人はハイタッチをした。

「私、スポーツが好きだから、これから一緒に汗を流せたらいいな」
 健は笑顔で頷いた。

「たける、またあとでね」

 美園はバレーボールを持って、去っていった。
 トスをあげてくれと言われた時には、少し戸惑った。きっと自分を覚えて欲しくてやったことなのだろう。
 ちょっと不思議な感じがしたけど、さわやかな笑顔に好感が持てた。

 そして、次のリムジンが止まった。
 リムジンから出てきたのは、小柄な女の子だった。
 美園は長身だったため、余計に小さく感じる。ちょこちょこと小動物が餌を求めるように小走りで駆けてくる。

「はじめまして。小山苺(おやまいちご)です」
「はじめまして、山戸健です」
「あの、緊張しちゃって話せないと思ったので、手紙を書いてきました。読んでもいいですか?」
「もちろん」

 苺は肩にかけていたピンクのパーティバッグから便箋を取り出した。

「たけるくん、はじめまして。緊張しちゃうと思ったので、手紙を書いてきました。あっ、さっき言ったよね。えっと、今回参加したのは、たけるくんを見て、優しそうな人だなぁって、あと、かっこいいなって思ったからです。こんな人と話をしてみたいなって思って応募しました。わたしがたけるくんの運命の人だったら、嬉しいです」

 苺は便箋を二つに折り、ピンク色の封筒に入れると健の目の前に出した。

「受け取ってください」
「ありがとう。受け取っておくよ」
「やったぁ!」

 えへへと苺は体を揺らして喜んでいる。

「じゃあ、これからよろしくお願いします」
 苺は小さく頭を下げると、チョコチョコとした足取りで去って行った。

 可愛らしい見た目に加えて、手紙を書いてきてくれた。
 あまり手紙はもらった事がなかったので嬉しかった。

「あと三人か」
 視線を正面に戻すと、リムジンが止まり次の女の子が出て来た。
 この女の子はどこかで見たことがある。
 近づいてくるまでに思い出そうと、記憶を掘り起こす。

「あっ、クラスメイトから見せてもらった週刊誌の表紙に載っていた子だ」
 ハッと思い出し、顔をあげると目の前に彼女は立っていた。

「常盤日立(ときわひたち)です。よろしくお願いします」
「雑誌で拝見したことがあります。たしか、汐汲坂21に所属していませんか?」
「えー、知っててくれたんですか? 嬉しい!」

 日立は健の両手を取り、ぴょんぴょんとジャンプをした。

「四月から汐汲坂に入ったばっかりなんです。それでも知ってくれてるなんて嬉しいです」

 日立はニコッと微笑むと健をじっと見つめて、目も手も離さない。

「わたしのことは日立って呼んで。やまちゃんって呼んで良い?」
「いいよ」
「やったぁ。じゃあ、やまちゃんはわたしのことを、いつ知ってくれたの?」
「えっと……、クラスメイトが雑誌をみせてきて、その時にかな」
「えー、そうなんだ。ってことは、今年の四月に週刊エンタじゃない?」
「たぶん、そうだったと思う」
「わたしね、その雑誌で初めて雑誌にのったんだ。知っていてくれたなんて、なんだか運命感じちゃう。それでね、」

 日立は健の手を包み込むように握って離さない。その後ろで、佐久間先生がカンペで「そろそろ次へ!」と出した。

「お話をしたいのやまやまなのですが、またあとで、お話しをしましょう」
「はい、待ってるね。やまちゃん」
 日立はやっと手を離してウインクをして去っていった。

「まさか、現役アイドルが来るとは思わなかった。握手会に来た気分だったな……」
 健は自分の手を見つめる。手にはまだ日立の手の温もりが残っていた。

「あと、二人」

 視線を手元から正面に向けると、新たなリムジンが止まった。出てきたのは小麦色の肌でピンクのリップ、金髪は盛りに盛っている。つまり、ギャルだ。

「やばっ、かっこいい」

 手のひらを口元にあてて、スイスイと歩いてきて、そのまま健に軽くハグをした。

「はじめまして、わたし渋谷(しぶや)ヒカリ」
「ヒカリさん」
「ううん、ひかりんって呼んで」
「ひかりん」
 健は恥ずかしくて口元が緩む。

「うん、それでおっけー」
 ヒカリは頬の近くで親指と人差し指で丸を作った。

「ギャルは好き?」
「うーん……」
「ギャルは初めて?」
「初めて」
 健はギャル特有の距離感の無さに戸惑っていた。

「なんて呼べばいい?」
「えーっと、なんて呼びたい?」
「じゃぁ、たけるん」
「たけるん……」
「たけるんとひかりん。仲良しっぽくない?」
 健は少し恥ずかしいニックネームをつけられて、つい苦笑してしまった。

「たけるん、安心して。わたし、いいギャルだから。じゃあ、あとでいっぱい話そうね」
 そう言うと、また軽くハグをして去っていった。

「ふぅ、これは大変だぞ」
 ヒカリの調子についていけるだろうかと不安がよぎる。ヒカリが見えなくなったことを確認して、大きく息を吐き出した。
 
 残された参加者はあと一人。
「きっと来てくれる」
 健は目の前をみつめる。
「参加したという噂は聞いた。でも、参加者が誰かという事を知らされていない以上、ただの噂だったということもありえるし、参加しようと思ってたけれど、直前になってやめたということもあるだろう。でも、俺は信じたい。みらいが来てくれる事を」

 七台目のリムジンが止まり、ドアが開く。
 最後の一人は、車から出るとゆっくりと健に向かって歩いてくる。
 途中で顔を上げて目が合うと、同時に視線をそらした。

「湊(みなと)みらいです」
「山戸健です」

 二人はぷっと吹き出した。

「たけちゃん、久しぶり」
「ひさしぶり」
「なんだか恥ずかしいね」
 健とみらいはなかなか目を合わせる事ができなかった。
「たけちゃんと話したいことはたくさんあるんだけど、今は時間がないからあとでゆっくり話そう」

 そう言うと、一分を待たずにみらいは行ってしまった。
 そして、健の目の前にはバチェラー部の顧問である坂西(バンザイ)先生がやって来た。

「バチェラー、以上七名を迎え入れました。これからウエルカムパーティが始まります。そこでお互いの理解を深めていきましょう」
「はい」
「それでは中へ」

 バンザイ先生が先に進みパーティ会場の扉を開けて入った。
「みなさま、バチェラー部にご参加いただきありがとうございます。早速ですが、バチェラーの登場です」
 健がパーティ会場に入ると、黄色い声とともに視線が一斉に健に集まる。

「これからウエルカムパーティが始まるのですが、その前にルールを確認しましょう」
 バンザイ先生は花瓶に生けられたローズを一本引き抜く。
「このバチェラー部では、ローズを受け取った女性は残り、受け取れなかった女性はこの場を去ります。最後に残った女性がバチェラーと結婚を前提にお付き合いすることとなります」
 バンザイ先生は一同を見つめて言った。

「最初のローズセレモニーは後日になりますが、本日はバチェラーに、ファーストインプレッションで、このパーティ中、誰か一人にローズを渡していただきます。そして、選ばれた女性は明日、ツーショットデートに出かけていただきます。よろしいですね?」
 バンザイ先生は健に視線を向けると、健は頷いた。

「それでは、バチェラー、パーティを始めるにあたって、一言いただけますか?」
「最高の夜にしましょう。乾杯」

 健は台本通りのセリフを言ってグラスを掲げると、全員同時にグラスを掲げた。
 グラスから一口ジンジャエールを含んで、飲み込もうとする前にヒカリがやってきて健の腕を掴んだ。

「たけるん、こっち」
 七人が座っていたソファーの中心に二人分の席が空いていた。ヒカリは健と一緒にそこに座った。

「たけるん、元気? もしかして、もう疲れてる」
「大丈夫、大丈夫」

 なんて口では言ったものの、健の顔には少しだけ疲労感が漂っている。

「健はなんでも食べれる?」
「食べられるよ」
「わかった」

 伊香保は健の取り皿にサーモンのカルパッチョやローストビーフ、ピクルスなどを次々とのせていく。
 その隣でヒカリは健のグラスが少しだけ減っているのに気づいて、テーブルにあったジンジャエールの瓶からグラスに足していく。

「あの、私、たけると二人で話がしたい」
 浦和美園が立ち上がり、言った。

「えっ、もう? 早くない?」
 ヒカリが即座に言った。

「まだ五分も経っていないのに」
 伊香保はまだ健の皿に食事を取りきれていない。

「たける、お願い!」
 美園は両手を合わせ、祈るように健を見ている。

「いいよ」

 他の女子からの視線が突き刺さる。でも、勇気を出して誘ってくれた美園の気持ちに応えることにした。
 座っていた席を立ち、健と美園は一緒にテラスに出ていき、ソファーをみつけ二人は腰を下ろした。

「たける、いきなり誘っちゃってごめんね」
「ううん、全然」
「じゃあ、よかった。私の事を誰よりも早く覚えてもらいたくて誘ったの。見て。手が震えてる。すごく緊張した。みんなの視線が怖かった。でも、これくらいやらないと私はみんなに敵わない。みんなすごく可愛いし、素敵な人ばかりだから」
 美園はハンカチを取り出し、汗を拭った。

「実はね、僕も少し手が震えてるし、手も汗びっしょり。やっぱり緊張するよね」
 健は自分の手を開いてみせた。

「よかった、緊張しているのは私だけじゃないんだ。ねぇ、たける。私、バレーやっているから手が大きいんだけど、ちょっと比べてみていい?」
「いいよ」
 美園は健の手に自分の手を重ねた。美園の手の温もりを感じる。

「やっぱり、男の人の手は大きいね」
 関節一つ分大きい健の手を見て言うと、美園は手を離し、ドリンクを一気に飲み干した。

「ちょっと喉乾いちゃったから飲み物取ってくるね。たけるは何か飲む?」
「じゃあ、コーラを」
「わかった」

 美園はいつの間にか空になった二人のグラスを持って席を外した。
 あたりを見回すと、目の前にはイルミネーションで照らされたプールがあり、その周りは色とりどりの花々で飾られている。
 現実とは別世界。テレビの中の世界に自分がいる。
 ありえないような美しい環境でバチェラーという日常生活ではありえないことが始まっているのだ。

「やまちゃん、お話しよっ」
 美園が戻ってきたのかと思って、声の方向を見るとグラスを二つ持った日立が立っていた。

「あっ、その……。美園が……」
 
 日立は健の返事を待たずに、隣に座り「かんぱーい」と言って、健とグラスを合わせた。
 その瞬間、美園が戻ってきた。二人の様子を見た美園は、何も言わずに踵を返して部屋に戻ってしまった。
 健が美園を追おうと立ち上がろうとした瞬間、日立は健の腕を掴んだ。

「ねぇ、やまちゃんはどんな人がタイプなの?」
 日立はまっすぐ健の目を見て、聞いてきた。

「え、笑顔が素敵な人かな」
 すぐに答えて、美園の姿を目で追ったけれど、完全に健の視界から外れてしまった。

「やまちゃん、こっちみて」
 日立は握った健の手を離さない。

「私の笑顔はどう?」
 日立は全力で笑顔を作った。それは雑誌の表紙で見た完璧な笑顔だった。

「可愛い、と思うよ」
 そう言って健は視線を外した。

「ところで、やまちゃんはもう気になってる人いる?」
「うーん、まぁ。いる、かな」
「えー、それは誰?」
「えーっと……」
 健は顔を覗き込んでくる日立から顔を逸らした。

「ねえー、たけるーん。みんなで喋ろうよ」
 ヒカリが外に出てきて大きな声で言った。

「そうだね、ちょっと戻ろうか」
 健は内心、助かったと思っていた。日立と二人きりだとなんだかドギマギしてしまう自分に戸惑っていた。

「たけるー、はやくー」
 ヒカリの後ろから伊香保が言った。
 健が席を立って日立をみると、ソファーに座ったまま口を尖らせ、不満そうな顔をしている。

「いこう」

 健が手を差し伸べると、日立はその手を取り、立ち上がった。
 屋内に戻って時計を見ると、夜七時から始まったパーティはすでに三十分を過ぎていた。
 パーティの時間は一時間と決まっているため、半分が過ぎたことになる。
 ソファーに戻ると右に伊香保、左にヒカリとミキが座り、一番端にみらいが座った。

「じゃあ、とりあえず、もっかい乾杯しよー」
 ヒカリの掛け声にみんなジンジャエールの入ったシャンパングラスを掲げる。

「かんぱーい」

 健がまだ二人で話をしていないのは、ヒカリとミキと、みらいの三人。

「ねぇ、たけるん。もうファーストインプレッション決めた?」
「うーん、まだかな」
「じゃあ、ひかりんにローズちょうだい」

 ヒカリは右手を差し出す。

「ちょっと、アンタ何してるの。そんな簡単にもらえるはずないじゃない」
 すかさず伊香保がツッコミを入れる。
「タケルはどんな女の子がタイプなの?」
 ミキが尋ねる。

「笑顔が素敵な人かな」
 その言葉に、女子の顔が急に笑顔に変わった。みらい一人を除いて。

「じゃあ、デートはどこ行きたい?」
「うーん、遊園地とか水族館とか」
「お休みの日は何してるの?」
「ちょっと走ったりとか、アプリ作ってたりとか、本読んだり、あとは、のんびりしたりとかかな」

 他愛もない質問が続いていく。
 パーティ終了まで、あと五分。

「みらい、ちょっと二人でしゃべらない?」
 健は席を立ち上がって言った。

「うん、いいよ」

 みらいがすっと立ち上がり、一人でテラスへ向かっていく。
 あたりに沈黙が訪れた。重苦しい雰囲気が漂い、美園の時以上に視線が健に集まる。
 健はみらいを追うようにテラスに出ると、みらいはプールの端で水面を見つめていた。

「みらい、お待たせ」
「たけちゃん、プール綺麗だね」
「あぁ」
「ちゃんと話すのは、小学生以来かな」
「そうだな」
「小学校の頃、一緒に市民プールに行ったよね。プールの後、売店で焼きそば食べたり、ラムネ飲んだりして、楽しかったね」
「あぁ、楽しかった」

 健が何かを感じて振り向くと、ヒカリとミキと伊香保が窓に張り付くように二人を見ている。

「みらい、うしろ見て。すごい視線」
「見なくてもわかる。だって、今日たけちゃんから誘った女の子はわたしだけでしょ? みんな気になるよ」
「みらいは気にならないの?」
「気にしてもしょうがないじゃない」

 ガラッと、ドアが開いた音がして振り向くとバンザイ先生が立っていた。

「バチェラー、そろそろお時間になります」
「わかりました」
 バンザイ先生のいる方向へ一歩踏み出した。

「たけちゃん、待って。一言だけ伝えてもいい?」
 健はみらいの声に振り向いた。

「また会えてよかった」
 一瞬、時が止まったかのように健とみらいは見つめ合っていた。

「バチェラー、こちらです」
 バンザイ先生はそれを察してか、健へ近づき控え室へ誘導する。
 健は一度、後ろを振り向き、みんなに手を振り、控え室に進んでいった。控室では放送部顧問の佐久間先生が待ち受けていた。

「バチェラー、こちらへ」
 用意された椅子に座ると、目の前にカメラと照明があり、一呼吸してから撮影が始まった。

「ここからは、それぞれの第一印象について伺っていきます」
 佐久間先生が、健の目の前に座った。

「ミキさんはいかがでしたか?」
 佐久間先生が健に尋ねた。
「最初にスムーズな英語で挨拶されたときは驚きました。英会話を勉強しておいてよかったなって思いました」
 健は言葉を選びながら、ゆっくりと答えた。

「美園さんの印象はどうでしたか?」
「バレー部の元気な女の子で、積極的で一生懸命な女の子だと感じました」

「ミキさんがリムジンから降りてきた時にはどのように感じましたか?」
「レッドカーペットを歩くモデルかと思いました」

「ヒカリさんのようなギャルはいかがですか?」
「ギャルは初めてなので、少し戸惑いました。でも、話をしてみると普通の女の子なんだなぁって思って安心しました」

「伊香保さんはいかがでしたか?」
「僕が席につくと、すぐに料理をとりわけてくれたし、挨拶でいただいたおまんじゅうは、すごくリラックスさせてくれました」

「日立さんのようなアイドルはいかがですか?」
「挨拶の時に感じたのですが、僕が握手会に来たんじゃないかって思っちゃいました」

「苺さんの手紙での挨拶はいかがでしたか?」
「非常に可愛らしかったのと、僕に会うために準備をしてきてくれたのが嬉しかったです」

「最後にみらいさんを誘っていましたが、どうしてですか?」
「みらいとは唯一きちんと話ができていなかったので、僕の方から誘いました」

 など、それぞれの女の子の第一印象について質問され答えていく。
 一通り質問に答えた後、三十分間の休憩に入った。
 しかし、その時間に誰にファーストインプレッションローズを渡すかを考えなければならず、実質休憩はない。
 テーブルには女の子を選びやすいように、七人の顔写真入りのパネルが置かれている。
 元気な笑顔のミキか、バレー部の美園か、温泉まんじゅうをくれた伊香保か、アイドルの日立か、可愛らしい見た目の苺か、ギャルという新ジャンルのヒカリか、幼なじみのみらいか。
 みらいを誘ったけど、ちゃんとした話ができなかった。そもそも、どの子ともきちんと話せていない。こんな状況でファーストインプレッションローズを渡さなければいけないのか。

「バチェラー、お時間になりました。行きましょう」

 バンザイ先生から声がかかり後を追う。
 誰にファーストローズを渡すか、悩んだけれど結論は出なかった。
 その場で決めるしかない。

「それではみなさん、ローズセレモニーの時間になりました。今回のローズセレモニーでは、この場を去る方はいません。ファーストインプレッションローズを受け取った方が明日のツーショットデートのお相手となります」

 バンザイ先生の言葉にその場にいる女子の顔つきが一気に緊張感のある表情に変わる。

「では、バチェラー。ローズをお渡しする女性の名前をお呼びください」

 左から右に視線を移す。見栄えを良くするため、前列を低身長。後列を高身長に並べていて、前列左から苺、みらい、ヒカリ、日立。後列は伊香保、美園、ミキの順番で並んでいた。

「…………」
 
 沈黙が続く。
 演出上、すぐに名前を呼んではいけないと言われている。
 その沈黙で、女子たちの顔がどんどんこわばっていく。





「ファーストローズは…………」