なにが“莉子”だよ。プライベートと使い分けてるんじゃねえよ。
浦野が出て行った扉を見て思わず舌打ちをする。
何年も好きで、じゃあどうやったら諦めんの?
あの人以上に好きになれる人なんか、センパイの前に現れんの?
その相手はどうせ俺じゃないんだろ。振り回しておいて所詮はコーハイ。センパイが恋をするのはもっと余裕のある大人だろう。
「……莉子センパイ、起きてますか」
保健室、一番奥のカーテン。
その前に立って声をかけてみる。いきなりカーテンを開くのは莉子センパイくらいしかやらないだろう。
返事は来なかった。
カーテンを開く開かないの葛藤をした結果、しぶしぶ少しだけ覗くことにする。
寝顔を見て後からヘンタイと言われるのも完全に俺で、そんなことはもう承知の上で、なぜか心配が勝ってしまった。
ゆっくりとカーテンを開く。ちゃんと申し訳なさそうな顔を用意して。
「――――……」
先輩はこちらのほうを向いてすやすやと眠っていた。本当に心配損だと思うほどぐっすり。
顔色はやっぱりあまりよくなかった。枕元に置かれているセンパイを守る薬屋ら日傘を見て、顔を歪める。
先輩がどれだけつらいかなんてわからない。
俺は冬より夏のほうが好きだし、外で運動するのも好きだ。けどセンパイにはそれができない。夏は嫌いだろうし、体育すらできない。
彼女にとっての唯一のよりどころがここで、あの人で、それ以上にないことだってわかっている。センパイが頑張って学校に来る理由はひとつだ。
気づかないふりをしてくれる大人に甘えて隠している恋心が、何年も抱えた気持ちを相手に伝えないままでいるメンタルの強さが、俺にはわからない。
涙が伝った跡が頬に残っていた。
目元を濡らして、声も出さずに一人で泣いていたのだろうか。