『吉野には教えてやろうと思ってな』

『まあ、約束ですもんね』

『天気悪いのにここに来るほど気になってるらしいからな』

『いや、自習の授業は合法でサボれる時間なので昼寝しに来たんですけど』

『へえ、まあ一番奥のベッド行ってもいいぞ?可愛い莉子センパイ専用ベッドになってるけど吉野が使うには許してくれるだろうよ』

『それは遠慮する』


浦野が結婚した。どうせいつか彼女の耳に届く話だと思っていたし、そのときもどうせ先輩は素直におめでとうと笑って伝えるのだろう。そんな未来が目に見える。
ただ、浦野はまだ伝えていない様子だった。センパイの兄貴は、浦野が自分で伝えるまで口を割らないらしい。



「……先生も大概、悪い男っすよね」

「ん?」

「センパイに一番に伝えてあげないとか、ずるいいなあって」

「最近天気悪いからアイツも相当調子がいいんだろうな。ここに来ないのが一番なんだよ、広瀬が元気なら何よりだ」

「…なんではっきり振ってないんですか?わかってますよね、相手の気持ち」

「一度も伝えられたことはないからな」

「………」

「勝手にわかったふりをして、俺が先に拒否するのは違うだろ?」


知らないふりして何年もそばにいるほうが酷いんじゃねえの?
なんて、彼女が望んでそばにいることに対してどう口出ししても俺には当然関係のない話だ。


「明日の夜、広瀬の兄貴と会う約束してるから。その帰りに家寄って伝えるつもりだよ」


莉子は夜の方が元気だからな、
こういうときばっかり友人の妹の目線で彼女の話をする。俺の知らない先輩を可愛がってる兄の態度で。


それなのに、センパイは浦野の結婚の話を噂から知ったのだ。
この学校で誰よりも浦野のそばにいて、おそらく誰よりも好きで、誰よりも慕っている。それなのに彼女は、ただでさえ聞きたくもない報告を、本人の口から聞けなかったのだ。