ルノアール公爵は安心したような様子で自室に戻ると、不安そうな夫人に「大丈夫だ」と告げる。
 ジェラルドから王が聞いた内容をそのまま伝えてもらったことを言う。
 つまり、「自分がクラリスを好きすぎて婚約破棄してしまったと」。
 王はこれを聞き、ただの痴話げんかだと判断したそうで王子には内緒で婚約は引き続き行っておくとのことだった。

「私も聞いて安心したというか、なんというか」
「じゃあ、つまり二人とも素直になれなくてすれ違ってるだけなの?」
「そうらしい。いつかは復縁したくなるだろうと、家どおしの契約はそのままにしておくのだそうだ」
「まあ、よかったわ~」
「ああ」
「それにしてもこれからどうしましょう、クラリスはすっかり自分が殿下の邪魔になっていると思い込んでいるわよ」
「それは当人たち同士にまかせるしかない」
「そうね……」

 そういって、二人はソファに座ってメイドの持ってきた紅茶を飲んだ。



◇◆◇



 一方、宮殿では第二王子であるエドガール・ド・カリエが密かに暗躍を開始していた。

(まさか、あの兄上に「邪魔になっているのはクラリス」と言っただけで、本当に婚約破棄を言い渡すとは)

 エドガールは宮殿の廊下を歩きながらにやりと微笑んでいる。
 その足は宮殿の外に向かっており、やがてエドガール専用の馬車が玄関につけられているのを確認して乗り込む。

「ふ、フハハハハハ! あのバカ兄貴め!! まんまとハメられて婚約破棄したわ」

 馬車がゆっくりと走り出すと、エドガールは足を組んで深く座ったままのけぞる。

(これでクラリスは私のものだ。あの兄貴が昔から気にくわなかったんだ! あいつのもの全て奪ってやる)

 エドガールを乗せた馬車はルノアール公爵邸へとまっすぐに進んでいく──