馬車に揺られ揺られてクラリスは実家であるルノアール邸に到着した。
 御者にドアを開けられると、そっとスカートの裾を持って階段を降りる。
 そのまま玄関に足を踏み入れて、そのまま右に曲がったほぼ突き当りにある自室へと向かう。

「あら、クラリス。早かったじゃない。今日は殿下のところでしょ?」
「ええ、ただいま、お母様。今日は早めに帰ったの」

 母親であるルノアール公爵夫人から声をかけられて会話するクラリスは、「あ」と付け加えたように言う。

「そうだわ、ジェラルド殿下から婚約破棄を言い渡されたの。また後日、王を通して手紙が届くそうよ」
「……は?」

 娘の唐突な報告と突飛圧しもない内容に驚く間もなくきょとんとしてしまう公爵夫人。
 唖然とした後、急に時が動いたかのようにあたふたと慌てふためく。

「婚約破棄!? 理由は聞いたの?」
「私が邪魔なんだそうです。公務に集中できないと」
「まあ! なんて失礼なこと! すぐに確認するわっ!」

 そういって公爵夫人は夫の執務室に慌てて向かって行く。
 その様子を見届けたクラリスはさっさと自室へと急いだ。
 もうその目尻には涙がにじみ出ていた──


「はあ……」

 クラリスはベッドに飛び込むと、大きなため息を吐き出す。

(ジェラルド殿下と婚約して5年。長いようで短かったわ)

 クラリスはごろんと仰向けになると、今までのジェラルドとの思い出を振り返っていた。
 抑えていた感情がぶわっとあふれ出し、氷雪令嬢と呼ばれる彼女の年相応な様子を今は誰も見ていない。

(殿下はいつも私に優しくしてくださった。贈り物も頻繁にくださったし、二人でお茶会もよくした。それに私の趣味である本にも付き合ってくださった。だから……)

 クラリスの心はぎゅっと締め付けられて苦しかった。
 好きな人の邪魔になってしまったという罪悪感が募り、あの時はそのまま婚約破棄を受け入れてしまった。

(殿下のお傍にいられなくても、私はずっと想い続けてここで暮らします)

 そう思いながら瞼が重くなる感覚に陥り、クラリスはそっとそれにゆだねた──



◇◆◇



「大変なのっ! あなたっ!」
「どうしたんだ、アリエル」

 夫の執務室に息を切らしながら入る公爵夫人は、そのまま夫のいる執務机まで直行してバンッと机を叩く。

「殿下から婚約破棄されたって、クラリスがっ!」
「なんだとっ?! なにがあった?!」
「なんでも殿下に『邪魔』だと言われたらしくて」
「うちの可愛い娘が『邪魔』だと?! ふざけるなっ! すぐに王に謁見してくる」
「頼んだわよ、あなた!」

 そういって上着を手に取ると、すぐに馬車に乗り込んで宮殿へと向かうルノアール公爵。

 ルノアール公爵が事の次第を王から告げられて戻ったのは、翌朝だった──