「クラリス・ルノアール! 貴様とは婚約破棄する!」

「理由はなんでしょうか?」

「お前が好きすぎるからだっ!」

 高らかに婚約破棄を宣言したのはこの国の第一王子であるジェラルド・ル・カリエである。
 そしてたった今婚約破棄されたクラリスは公爵令嬢であるが、そのあまりにも冷たい表情や態度から【氷雪令嬢】と呼ばれていた。

 第一王子の自室でありながら質素で慎ましやかな部屋に響き渡った婚約破棄宣言のあと、しんとした空気が流れている。

「私には好き(イコール)婚約破棄となる殿下の思考がわかりません」
「俺はもっと公務を一生懸命しなければならない立場なのだ!」
「はい、それはもちろんでございます」
「だ・か・らっ! お前がいて気が散るのだ!!」
「私が邪魔だとおっしゃりたいのでしょうか?」
「違うっ!」

 ジェラルドは書類でいっぱいに広げた執務机をバンッと叩いて反論する。
 その顔は唇をかみ、うまく言いたいことが言えない苦悶の表情を浮かべていた。

「お前のことが頭から離れず、一向に公務が片付かん!」
「それはやはり、私は殿下の邪魔になっておりますね」
「そうかもしれん!」

 さっきとは矛盾した答えを言ってしまう天然王子の意図を汲み、クラリスは冷静に言葉を紡ぐ。

「わかりました。婚約破棄を受け入れますわ。私はこれより殿下に会いに来ませんし、静かに実家にて暮らすことにいたします」
「ありがたい! では婚約破棄の件を私から父上を通して両家に伝えておく」
「かしこまりました、よろしくお願いいたします」

 こうしてクラリスはジェラルドの部屋を去り、馬車に乗り込んだ。
 クラリスの足取りは重く、階段をいつもの倍の時間かかって上った。

(はあ……なぜ、好きなのに婚約破棄されるのでしょうか。私のことをほんとは好きじゃなくて邪魔なだけなのよね。殿下のためには婚約破棄を受け入れるのが一番)

 御者はドアを閉めると、ゆっくりと馬車が動き出した。

 第一王子ジェラルドが天然であれば、氷雪令嬢はジェラルドが好きな鈍感な少女だった──