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「相澤さんって、そんなキャラだったんだー」

 四人でお弁当を突いていると、その中の一人、佐伯さんがウインナーを頬張りながら呟いた。

 私はびくっと体を揺らしつつ、佐伯さんを見返した。

 ぱっつん前髪、ベリーショートの佐伯さん。髪色は毎月のようにイメチェンしてるから、私はその奇抜さに、何度見ても萎縮してしまう。

 お昼休み。私たちは井上さんと私の席の周りに集まって、ご飯を食べていた。

 井上さんといつも一緒にいる、佐伯さんと笠原さん。今度から四人で食べようと井上さんに提案されて、緊張するからと断った私だったけれど、それでも無理やり四人で食べさせられているうちに今では少しだけ話せるようになった。

 でも、いつも明るくて賑やかで、髪色だって派手な三人なのに。そこに私が混ざるなんて、完全に浮いている。

 でも三人はそんなことを気にもせず、私とでも話せそうな話題を見つけては盛り上がった。

「キャ……キャラって、なに?」

「相澤さん、もっと大人しい子だと思ってた。でもさ、話してみると結構喋るし、おっとり系でカワイイよね」

 佐伯さんは私をそう分析した。

 私って、そういうイメージなんだ。

 修ちゃんにも昔、そんなことを言われたことはあるけど……。

 笠原さんが、口の中をご飯でいっぱいにしたまま口を挟む。

「いや、中学の頃からこんな感じだったよね? 私、中一の時同クラだったけど、そういうイメージだったよ。まぁ、あの頃はあんまり喋る機会なかったけど」

「そうなんだー。もっと早く話せばよかった」

「まぁまぁ。今が楽しければすべてよし、よ」

 井上さんがケラケラと笑う。佐伯さんと笠原さんにはまだ緊張してしまう私だけれど、井上さんの笑顔を見ているとほっと心が穏やかになる。

 二人とも、私が高校に上がってからの一年間、みんなに不自然に冷たい態度を取っていたことは指摘したりはしなかった。

 その優しさがうれしくもあり、苦しくもあった。きっと、私がした突き放すような態度に傷ついた人もいただろう。親切にしてあげたのに嫌な反応をされて、腹が立った人もいただろう。

 クラスの中でも、何人か思い当たる人はいる。

 そういう人には今後謝っていかなきゃと思うし、いま目の前にいる佐伯さんと笠原さんにも、いろいろなことを告白していくつもりだ。ずっと友達を作らないようにしていたこと。そのせいで、みんなにつらく当たっていたこと。二人にも嫌な思いはさせなかったか、聞かなきゃいけない。

 そしていつか、修ちゃんの話題になることがあれば、私はきっとすべてを話すだろう。

 全部を認めて、さらけ出すのだろう。

 うそのない、私を。

 もう、うやむやにして逃げ出すことはやめたい、と思う。

「なんか、中学の頃に戻ったみたい」

 笠原さんが呟く。

 井上さんも、口をもごもごさせながら答えた。

「何が?」

「相澤さんさ。中学の頃の相澤さんみたいだなーと思って。最近笑顔が多いし、勉強でわかんないことあるとそっと聞きにくるし、とりあえず、かわいい」

「へ? かわいいは前からじゃない?」

 キャハハと三人が笑う。その中で私は一人、箸の動きが止まっていた。

 やっと、わかった。

 私の〝秘密〟……。

〝本当はみんなと仲よくしたいのに、わざと嫌われるように振舞ってる〟

〝本当は聞いてほしいのに、自分の本当の気持ちを話さない〟

〝本当は笑いたいのに、笑顔の作り方がわからない〟

〝本当はつらくてたまらないのに、人に頼ることができない〟

〝幼馴染が亡くなってしまったことを、ずっと引きずってる〟

 ——あれは全部、修ちゃんが亡くなってから、私が変わってしまった部分だったんだ。

 修ちゃんが亡くなってから、私は別人のようになってしまった。

 笑うことがなくなって。人を避けるようになって。自分のことを話すことも、誰かを頼ることもなくなった。

 でも今は少しずつ、元の自分に戻ろうとしている。

〝秘密が秘密じゃなくなったら、本当の芽依ちゃんに会える気がするんだ〟

 蓮くんは、前の私に戻ってほしかったんだ。

 修ちゃんが亡くなる前の私。きっと、修ちゃんが何度も話したであろう、中学生の頃の私。

 ——蓮くんは、〝本当の私〟に会いたかったんだ。

「……うわっ。相澤さん、どうしたの?」

「ごめん、私なんか変なこと言った?」

 私は泣いていた。何の前触れもなく涙をボロボロと溢し出す私に、佐伯さんと笠原さんが慌てて私の背中をさすったり、頭を撫でたりしている。

 大丈夫、なんでもないの、と言いながら、私はそれでも泣き続けた。

 ごめんね、修ちゃん。

 私、今、修ちゃんがなれなかった高校生として、人生を楽しんでいる。

 修ちゃんもなりたかったはずなのに。

 私には、楽しむ資格なんかないのに。

 でも、本当の私は、みんなと仲よくしたくて。笑顔で、いろんな話をしたいと思ってる。生きていくのに、やっぱりこの感情は取り払えない。

 ごめんね。

 ごめんね。

 私、修ちゃんとも、楽しい高校生活を送りたかった。

「思春期だもん、こんなこともあるさー。ね、芽依ちゃんっ」

 井上さんが私の涙を適当に流して肩を抱く。

 本当はそこにはいろいろな意味があるのを知っているのだろうけど、努めて軽く振る舞う。それが、井上さんの生き方。

 そしてそれが、私の心をほんの少しだけ軽くしてくれるんだ。

「ほら、そこー。もう本鈴鳴ってるぞ。席に戻れ」

「あ、はぁーい」

 いつのまにか鳴っていたチャイムに、私たちは解散して自分の席に座った。

 そしていつものように始まる授業。私はバレないように涙を拭きながら、それでもまだ気持ちが静まらず、ぼんやりとしていた。

 暗号のような言葉を発し続けている先生。それを真剣に聞いて、大事なことをノートに書き留める生徒たち。

 右肘を顎に乗せて、早くも眠そうにゆらゆらと揺れている井上さん。

 その井上さんの机に掛けられている鞄に、タコのキーホルダーが揺れているのが見えた。

 修ちゃんとの、横浜の思い出。そのキーホルダーが〝元彼〟からのプレゼントだということは、長谷くんには話してあるという。

 そしてその彼は、もう亡くなっているということも。

 長谷くんが、前に話してくれた。

〝この前の、あの……ダブルデート、の日さ。葉月、自分が俺に告白したって言ってただろ。あれ、うそだよ。本当は俺から告白したんだ。高校に上がってさ、体育館の中に見える葉月のバレーしてる姿が格好よくてさ。一目惚れだったのかもしれない。でも告白したら、今そういう気持ちにはなれないからって何度か振られて。でも、亡くなった恋人のことを引きずってるんだって呟く葉月が放っておけなくて……。……ダブルデートの日、俺から告白したなんて広めてほしくないだろうなって思って、葉月はうそをついてくれたんだ。まぁ、いいやつだよ。あいつは〟

 いつも笑っている井上さんが、時々、切なそうな目をして窓の外を眺めているのを知っている。

 蓮くんも、同じ。壊れてしまいそうな視線で、屋上からぼんやりと高い空を見上げているのを知っている。

 みんな、答えを見つけたようで、見つけられていない。

 そうして、ずっと悩んでいくのかもしれない。

 見つからない、どこにもない、答えを探し求めて。