幼少のころから、いつも私の隣で君は優しく微笑んでいた。
仲良く無邪気に遊んでいたのは小学生まで。
お互い高校生になった時から、私のことを名前で呼ぶようになった。
でも、君は私より一つ年下だよね。
生意気だなんて思ってないよ。
逆に、ちょっとうれしいかも……
身も心も大人に近づいた私たち。
放課後の制服デートで楽しく過ごすのも悪くない。
背が高くて素敵なイケメン男子に成長した君。
でも、私たちには超えることができない壁がある。
傷ついた私の心を、先生は優しく受け止めてくれた。
両親と同じ年の先生のことを、どうしてこんなにも……
月明かりが差し込む部屋で、大好きな先生の胸に顔を埋めてると
私の心は、満たされていく……
私、矢島 美優は朝から憂鬱だった。
「ねえ優介、一緒に学校いこうよ~」
自宅の前で制服を着崩した茶髪の女子高生が立っている。
短いスカートに素足、胸元まで開いたブラウスで目のやりばに困るほど。
話しかたも語尾を伸ばす、私が苦手な今時の女の子。
私より一歳年下の弟、矢島 優介が目当で家の前に待ち伏せしてるのは明白だ。
濃いメイクの顔で視線を向け、背中を丸めた脱力姿勢で手を振ってくる。
弟の優介は、あまり気にしてない様子。
「なんだよ、朝から騒がしい奴だな」
「ええっ、沙也香うるさくしてないしぃ~」
これでも弟と同級生の幼なじみなんだから困ってしまう。
小学生のころは明るくて活発的な普通の女の子だったのに、中学生でなぜか派手な格好に目覚め、そのまま高校生に。
毎日遅刻もしないで律儀に顔を見せる姿勢はほめてもいいけど、弟の優介が目当てなのよね。
「お姉ちゃん、相変わらず清楚な見た目ですねぇ~」
笑顔でヘラヘラしながら言ってくるから、ムカッときたけど本人には言えない。
私の外見は長くて艶やかな黒髪に細身の体形、制服も整えてスカートも膝丈なので見た目は普通の女子高生なのだから。
溜息を吐いて肩を落とし、朝から憂鬱な気分で言う。
「私はアナタの姉じゃないのだけど……」
歩きながら小声で言った言葉が聞こえたらしい。
いきなり沙也加が私に背後から抱き付き大声で反論してきた。
「沙也香は、お姉ちゃんの妹だって思ってるしぃ~」
自分のことを名前で呼ぶ子は苦手だ。
それに、つきあいが長くて弟と幼なじみでも、アナタを妹だなんて思ったことは一度もない。
まさか、弟の優介と将来結婚して、私が姉で沙也加が妹に……
いや、そんなことあり得ない。
幼い頃から顔見知りで、居心地がいいかもしれないけど優介にアノ子は似合わないよ。
昔から適当で発言が無責任なのは変わらないし、何でも軽く考えてる。
ちょっと不機嫌な表情で通学路を歩き始めた私に、弟の優介が話しかけてきた。
「美優は何でも難しく考えすぎなんじゃね?」
優介はめんどくさそうに、また細かいこと言ってる、ぐらいな気持ちなのだろう。
そんなことより、自分の姉を呼び捨てにするってどういうこと?
私たちは姉と弟。
姉の私が弟のことを、優介と呼んでも別に普通。
でも、弟が姉のことを彼女みたいに呼び捨てって……
ちょっと嬉しいかも……
いやいや、そんなことは間違っても口にしてはいけない。
心の中で思っても、言葉にして伝えたら見えない何か崩れ壊れてしまいそうで……
学校に向かう通学路を歩きながら、私は頭の中で考え込んでいた。
高校三年の秋、進路は既に決めている。
でも、その道を進むと。
弟の優介と離ればなれになってしまう……
「俺と沙也香、コンビニよってから学校に行くけど」
「私は別に、買うものないから」
「そっか、じゃあな」
「うん、遅刻しないでよ」
「おう」
考え事をしながら歩いてたので、優介に話しかけられて驚いてしまった。
私は笑顔で二人に手を振り、学校へ向かって歩き始める。
「お姉ちゃん、牛乳もって教室に届けるねぇ~」
私の背中に向かって沙也加が大声で叫んでる。
細身の体形なので、牛乳を飲んで成長しろと……
「いらないわよ!」
すぐに振り返って大声で叫んでしまった。
通学路を歩く学校生徒がクスクスと笑ってる。
私は周りの視線に気づいて、すぐに体を反転させ学校へ向かった。
「おはよう、矢島さん!」
「おはようございます」
生徒玄関でクラスメイトの女子生徒と顔を合わせたので挨拶をする。
その直後、よく言われる言葉が返ってきた。
「いつも思うけど、矢島さんて同級生にも礼儀正しくて見た目も清楚だよね」
「そうかしら?」
顔は笑顔だけど、心の中は憂鬱。
見た目とちがって、私の胸の内はモヤモヤして気分は良くない。
「あっ、今度のコンクール頑張ってね」
「ありがとう、できるだけやってみる」
クラスメイトの子から、不意に言われて私は我に返る。
「コンクールか……」
小声で呟きながら、廊下を歩いて教室へ向かう。
高校三年生の私は、秋に大切なコンクールを控えてる。
その結果しだいで、進路の行方が決まってしまう。
「すいません、矢島先輩ですよね」
「えっ!はい、そうですけど……」
考え事をしながら廊下を歩いてると、知らない女子生徒に声を掛けられた。
「これ、弟の矢島くんに……」
女の子は頬を赤く染めて、恥ずかしそうに手紙を差し出してくる。
制服の胸のリボンが青だから、私より年下の二年生だろう。
ということは、なんとなく予想ができてしまう……
「私から優介に渡せばいいのかしら?」
「突然ゴメンなさい!お姉さん、お願いします!」
一方的に私へ言い放った後、女子生徒は小走りでその場を立ち去っていく。
心の中で「私はアナタのお姉さんでははいのよ」と言葉に出さず呟いた。