別館に到着したクリストファーは、歩く速度を落とすことなくアリアの部屋へと進んでいく。

 やがて部屋の前にたどり着くと、ちょうど盥を抱えたシェリーと出くわした。

「公爵、様……?」

 初め誰が来たのかわからず警戒を強めていたシェリーは、相手がクリストファーだとわかると信じられない形相を浮かべた。

 廊下に灯された光に照らされ、シェリーの表情はくっきりと見える。
 相手がクリストファーだとわかっても、その警戒はあまり緩んでいないようだ。

「公爵様に挨拶申し上げます。無礼を承知でお聞きしますが、どのようなご要件でこちらにいらしたのでしょうか」
「……あれは」

 そう言いかけて、不意にとまる。
 一度シェリーの後ろにある扉に目をやり、クリストファーは再び口を開いた。

「あの子は、まだ熱が下がらないのか?」
「そ、れは……アリア……お嬢様のことで、しょうか」
「ほかに誰がいる」

 あからさまに不快感をあらわにしたクリストファーだが、それだけ彼の発言にシェリーはド肝を抜かれたのだろう。

 何せアリアがベランダから雪の中に落ち、凍傷になりかけて寝込んでいたときも、クリストファーは一度だって様子を見に来たことはなかったのだ。

 それなのに今夜、突然として現れた彼は、感情が読めないもののアリアを気にかけていた。

 こんなこと、シェリーが知る中では初めてのことである。