一日たったの二、三分。
それでも多忙を極めるクリストファーにとっては貴重な数分である。
最初は見向きもしなかったはずなのに、いつの間にかその短い無駄な時間を放置していた。
『お父様、お稽古頑張ってね――!』
約二週間。
煩わしく毎日あったはずの声が途絶えた。
「……閣下?」
「行くぞ」
ようやく時間の動きは正常に戻るというのに、クリストファーは今朝もまた、数分その場に立ち止まったあとで訓練場へ向かった。
「アリアお嬢様ですが……どうやら風邪を引かれたようで、昨日から高熱が続いていると報告を受けました」
そうジェイドから聞かされたのは、クリストファーが朝食代わりの珈琲に口を付けていたときだった。
アリアは昨日、クリストファーとの挨拶を終えたあとに体調を崩してそのまま寝込んでいるらしい。
「あれに関する報告義務はないはずだ」
冷たい言葉を言い放ち、クリストファーはカップをソーサーに戻す。
「……ですが、アリアお嬢様とは近ごろ交流がありましたでしょう」
「あれが交流だって?」
アリアが窓から顔を出してクリストファーに毎朝話しかけているという話は、すでに公爵邸中に広まっていた。
もちろんジェイドも把握しており、彼を含めて誰もが二人の親子の進展具合には注目していたのだ。
「公爵様がどうでもいいことに一分以上時間を割くことはありません。ですからアリアお嬢様との時間は立派な交流だと思いますけど」
「それで、お前はなにが言いたい?」
回りくどいジェイドの発言にうんざりと眉をひそめる。
この屋敷でクリストファーに臆することなくいれる数少ない人間であるジェイドは、真剣な表情で続けた。
「……アリアお嬢様のこと、心配ではないのですか?」