頭でゼノのことを考えながら本棚の間を進んでいく。
真ん中あたりに来たところで、私は一度立ち止まった。
「どんな本をお探しですか?」
「悪魔の本」
「え、悪魔?」
想像していない返答だったようで、ゼノは素っ頓狂な声を出す。あまりにも直球だっただろうか。
「リデルの歌声」の物語が始まるまでは、この世界で悪魔や天使というのは空想上の存在である。
ゼノも私がおとぎ話が載っている本や、絵本を探していると勘違いしたようで、その類の書物が置かれた本棚に視線を向けていた。
「神話や空想上の物語、絵が多く描かれた本は、あちらの棚にあります」
「悪魔の本、あるかな」
「あるといいですね」
ゼノが案内してくれたのは、二列ずれたところにある本棚。何冊が抜き取って「これはどうですか?」と見せてくれるのだが、私の探している本ではなかった。
「ちょっとちがう」
「それでは、この辺りの……」
私が首を振ると、ゼノは少し右にずれて本棚を眺め始める。
真剣に探させてしまって申し訳ないと思いながら、私はゼノからこっそり離れた。
私が書庫に来た理由は、ただ適当に悪魔関連の本を探しにきたわけじゃない。
本当に思いつきで、あるかもわからない。
でも、あるかもしれない。そんな期待があった。
(リデルみたいに、歌うことはできないけど)
私は意を決して、あのメロディを鼻歌にして響かせる。
リデルが物語の中で口ずさんでいた古の種族である天使が残した歌。
歌にはいくつか種類があって、これは「ラファエルの歌」という曲名が付けられていた。
物語プレイ中、ノベルゲームということもあり音は常にあった。そしてリデルが歌う場面で一番流れていたBGMがこれである。
(物は試し!)
私は記憶を頼りにリデルが歌うメロディを音にして呼び起こした。
(今の私には、なんの力もない。だからもっと深く話せる味方が必要なの。だから、あのキャラクターが釣れれば……)
鼻歌を続けるけれど、特に変化はない。
ゼノに聞かれないように極力潜めて音を出していたので、鼻歌にすらなっていなかったのかもしれない。
(はあ、だめだ。やっぱりないよね、本なんてこの書庫以外にもいくらでも――)
私はくるりとゼノがいる方向に進路を戻す。鼻歌を止めて、都合のいい期待を拭いさろうとしたときだった
『聞こえたぞ、古の歌が』
背後から囁くような声が頭に響いて、前に踏み出した足がそのままぴたりと動きを止める。
『ラファエルの歌か。しかし、なぜ旋律だけなんだ?』
(来た――!)
ドキドキと心臓の動きが加速して、全身に鳥肌が立つ。
逸る気持ちを無理やり押さえ込んで、勢いのまま振り返る――その途端、視界がぐにゃりと歪んだ。
(うっ、なに、これ)
今までにない吐き気に体の力が抜けていく。
暗がりの中、最後に見えたのは、黄金の光を纏わせた一冊の古びた本だった。