「どうしたの、ジェイド」
「いえ……お嬢様の笑ったお顔を見るのは初めてだったので。とても可愛らしい、天使のような笑顔ですね」
「天使? アリアが? へへ、天使かぁ」

 まさか私がそんな比喩を受けるとは。本物の天使(の血筋)なら、いるんですけどね、この世界。

「……。お嬢様がそんなに明るい性格だったことにも、僕は今まで気づきませんでした」

 元の私は塞ぎがちなところがあって、記憶が蘇る前はジェイドを呼ぶほど活動的でもなかった。
 今こうして人前で堂々と笑顔を見せることもまずなかったので、驚いているようだ。
 たしかにシェリーもほかのメイドも最初はびっくりしてたっけ。

「アリア、雪に落ちて元気になったみたい」
「いや……とても危険な状態だったはずですが」

 冗談だよ、冗談。
 でも、雪に落ちたのがきっかけで、前とは雰囲気が違ったっていうなら、ある意味間違ってはないかもしれない。

 物は言いようだ。

「ジェイド、ほんとにほんとにお父様に会えないの?」
「申し訳ございません。お会いできるかどうかをすぐにお答えすることができませので、一度公爵様に確認してもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった」

 はなから無理ですと言われるよりはよっぽどいい。
 可能性は低いかもしれないけれど、ジェイドとコンタクトが取れたのは思いもよらない収穫だった。

「あ、ジェイド! これ、お父様に渡して!」
「これは、お手紙ですか?」
「そう、絵も描いたよ」
「えっ、お嬢様……いつの間に文字をお覚えになったのですか!?」

 後ろで様子を窺っていたシェリーが驚きの声をあげた。
 そうだった。今の私は5歳児。
 いくらこの世界の文字が理解できるからといって、習ってもいないのに書けるのはおかしい。

「え、絵本に書いてあったでしょ? おひさまは今日も元気です、うさぎさんはお父さんと一緒って! だから"お父様元気ですか?"って書いてみたの。合ってる?」
「ええ、合っていますよ」

 手紙を確認したジェイドが目を見開いて頷く。
 でも、ほとんど絵だけで埋め尽くされた手紙なので、5歳児が見よう見まねに頑張って書いたのだろうと二人とも納得してくれた。

「こちらは必ず公爵様にお渡しいたします」
「うん! ジェイド、ありがとう〜」

 お礼と、鏡の前で練習した愛らしい笑顔を向けるのも忘れない。少しでも周囲の人に好感を持ってもらうため、愛嬌は振り撒きまくる。

「お願い聞いてくれたジェイドに、これもあげるね」

 非常食として貯めていた飴玉もあげちゃう。

「よろしいのですか?」
「うん、どうぞ。つかれたときは甘いものがいいんだって」
「ありがとうございます、アリアお嬢様」

 ジェイドはほわっと表情を緩めたあと、手紙を持って部屋を出ていった。

(……ふう、とりあえず手紙は渡せた)

 クリストファーが物語通りの感情をアリアに抱いていたとしても、まずは何かしら行動を起こして反応を見てみたい。

 がむしゃらにでも動いていれば、どこかで流れが変わるかもしれないから。