「ねえ、シェリー。アリアね、お父様に会いたい」
「公爵閣下に……ですか?」


 記憶が蘇る前と同じような口調で、私はシェリーにねだる。
 シェリーはわかりやすく表情を引き攣らせ、口ごもっていた。

 予想通りの反応。なんたってクリストファーは私を避けているのだ。そう簡単に会うことはできない。
 だから「アリア」も、雪の中に飛び込むなんて無茶なアピールをしたのかもしれない。

「お父様にありがとうって言いたいの。アリアのこと、助けてくれたから」

 そう、雪中ダイブをした私を助けてくれたのは、何を隠そうクリストファーである。
 というか、私が窓の外にいるクリストファーを見かけて、どうにか話しかけたくてベランダから落ちたところを気づかれたんだけど。

「……わたくしでは対処しかねますので、少々お待ちくださいませ」

 私の頼みを聞いたシェリーは、代わりのメイドを部屋に残して誰かに確認を取りに行く。
 しばらくして戻ってきたシェリーは、何となく見覚えのある灰色髪の男性を連れてきた。

「アリアお嬢様にご挨拶申し上げます」
「ジェイドー」

 ジェイドはクリストファーの補佐を務める人。
 ちょうど別館に用があったらしく、鉢合わせたシェリーの話を聞いてわざわざ訪ねてくれたようだ。

「お嬢様、あれからお加減はいかがですか?」
「うん、元気だよ」
「お元気になられてよかったです。それで、公爵様にお会いしたいとのことですが……」

 そう言ったジェイドの顔は微妙に曇っている。

「お父様に会えないの?」
「……そうですね。公爵様は、とてもお忙しい方なので」
「ふうん……」

 補佐役のジェイドでも躊躇うということは、やっぱりクリストファーは私を遠ざけたいのだろう。
 困った、せめて悪魔と契約済みかどうかだけでも知りたいんだけど。

「ねえ、ジェイド。お父様、元気?」
「え……?」
「アリアみたいに、ぐっすり眠れてるかなぁ。目は変な感じじゃない?」

 悪魔の影響を受け始めると、睡眠不足になったり、目が虚ろになったりする。それは悪魔が精神に語りかけているせいで発生する一番最初の変化のようなもの。

 ちなみに契約済みの場合、時おり瞳孔が縦に細くなるんだけど。
 これもヒロイン補正なのか、天使の血が反映されているからなのか、リデルばっかり気づくんだよね。

「…………目は、わかりませんが。ぐっすり眠れているかと言われると、あまり眠れていないように感じますね」
「そうなんだー」

 やっぱりこれぐらいの情報じゃわかりようがない。
 そうだ、契約済みを見抜くもう一つの方法があった。

「ねえジェイド、お父様って、体にマークついてる?」
「マーク?」

 悪魔の印と呼ばれるそれは、契約を結んだとき、体のどこかに浮かび上がる。

「どうでしょう……普段公爵様は、お支度も一人でされますし。僕は見たことはありませんね。しかし、なぜそのようなことをお聞きに?」

 ジェイドの不思議そうな視線に、私はにっこりと笑って返す。

「なんでもなーい。お父様も、アリアみたいにマークを描いて遊ぶのかなって」

 私は手の甲に描いていたハート型の模様を見せる。
 備えあれば憂いなしだ。私の些細な質問も、ただの無邪気で片付けられる。

 けれど、ジェイドは何か別のことに気を取られているようで、私の顔をじっと見つめていた。