「しいちゃん」


その日の放課後、いつものようにガレージに来てしいちゃんを撫でる。

今日はいいことがあった。
そのことを話そうと口を開いた瞬間、ガタンと奥で物音がした。


「え……」


まさかと思って覗くと、そこには桐谷くんが気まずそうな顔をしてソファーに座っていた。


「お前今日も来んのかよ……」

「そ、それは私のセリフだよ!」

「俺はここのガレージのじいちゃんに好きなように使っていいって言われてんの」

「えっ、そうなの?」


まさかそんな事情があるとは思わず驚く。


「ま、だからといって俺のもんなわけじゃねーし、早坂も好きにしたらいいと思うけど」


桐谷くんはそう言って、私の方へ近づいてくる。


「けど、愚痴やらなんやら話す前に周り見るようにしろよ。俺はもういいとして、誰がいるかなんてわかんねーんだから」

「う、うん。ごめんね」


確かに彼の言う通り、また同じことをやってしまうところだった。
今日話そうと思っていたのは愚痴じゃないけど、本人に聞かれるのも恥ずかしい。

なんだかいたたまれなくて俯いていると、桐谷くんが私の横に座る。


「こいつの名前、しいっていうの」
「え、うん。みんなしいちゃんって呼んでるよ」
「ふーん」


返事は素っ気ないのに、しいちゃんを撫でる手は優しい。
桐谷くんと猫というのはなんだかアンバランスで、少しおかしかった。


「……ふふ」
「なんだよ」
「ううん、桐谷くんも猫撫でたりするんだなあって」
「お前それバカにしてるだろ」





こうして私たちふたりと一匹のヘンテコな関係が始まった。