満足してくれたのか、桐谷くんの手が私から離れていく。
やっと呼吸ができた気がして少し大きく息を吸った。

桐谷くんは私と目を合わせないし、私も何を言ったらいいのかわからなかった。
なんだか変な空気だ。
居心地が悪い。

悪い、はず……なのに、ここにいたいと思ってしまう。


桐谷くんとは今の私では考えられないほど、心の奥にしまっていたことを話したし伝えた。
言い合いのような雰囲気にも何度かなった。

だけどそれで離れることはなくて、それどころかまた一歩距離が近づいた気すらする。


不思議だ。
彼に嫌われたくないと焦ってドキドキして、彼の魅力にあてられてドキドキして、こんなに苦しいのに桐谷くんの隣は息がしやすい。


ふわりと夜風が吹く。


「わ」


髪の毛が揺れて、その拍子に髪が口に入ってしまった。


「んん、気持ち悪い……」
「は? おい、大丈夫か」
「髪の毛、口に入っちゃった」


彼の前で指を口の中に突っ込むのは行儀が悪いかと思い、どうやって取ろうかと悩む。
舌でなんとかならないかなと動かしていると、桐谷くんがぐっと目の前まで近づいてくる。


「ほら口開けて」
「えっ」


キスでもしそうな距離に心臓がドキッと跳ねる。
自分の顔は一瞬でこんなに熱くなってしまったのに、目と鼻の先の彼は全くそんなことはなさそうで。


「じ、自分で取れるから大丈夫っ、ありがとう!」


耐えられなくなって彼と距離をとるために素早く立ちあがった。


「え、えっと、桐谷くんしいちゃんと話すよね、私邪魔になっちゃうと思うから、今日は先に帰るね! それじゃあまた明日!」
「は? おい!」


桐谷くんの声は無視して、ばいばいと手を振って家まで早歩きで帰る。
口の中の髪の毛が取れても心臓のドキドキはしばらく鳴りやまなかった。