僕は他人をそういう風には愛せないから、琴子さんを異性として怖がらせることはないだろうと確信していた。
 二人暮らし。上手くやってきたじゃないか、なのに今更なんで。
 愛がわからないなんて言いながら、琴子さんのことが気になって仕方がない。
 最近は特に、琴子さん一緒に暮らしているのが奇跡だと感じている。
 仕事中、自分の左手の薬指に嵌められた結婚指輪を見て、口元が緩む。
 最初はぼんやりとしていた琴子さんの輪郭が、日に日にはっきりしていく。
 困ったように見える下がり眉、大きな瞳、寒い空気にあてられて、ほんのり赤くなっている頬。
 セミロングの髪は今日はおろされて、さらさらと華奢な背中で揺れている。
 いまはコートの下で見えない白い細腕で、職場では何十キロもある小麦粉の袋を扱っているのを、改めて驚く。
 火傷も沢山するんですよと、前に一度見せてくれたことがあった。
 小さい火傷が跡になって、腕にいくつも点々と残っている。
 琴子さんはそれでも、お菓子を作るのが大好きだと言っていた。
「今晩のご飯は、あったかいものが良いかな」
「えっ、ああ、うん」
 声を掛けられて、飛んでいた意識が戻ってきた。
 周りを見渡すと、平日にしてはやはり人が多い。家族連れや夫婦に、不思議と目がいってしまう。
 琴子さんくらいの女性の隣には、同年代くらいの男性が並んでいる。若い夫婦だろうか、二人でお喋りをしながら商品を手に取って楽しんでいる。
 旦那さんと思われる男性の、肌の色艶なんかをつい自分と比べてしまう。
 当然あちらの方が若々しくて、僕は年相応だ。
 僕たちは、周りからどう見える?
 琴子さんは、僕と離婚したあと。
 夢だった自分の店を持って。
 それからは?
 それから、同年代の男性と今度はきちんとした結婚を前提とした恋をするのだろうか。