到着したのは、先ほど飲んでいた居酒屋近くのビルの地下。
 薄暗い階段はやけに急で、先に歩いていた睦合くんが振り返って私に手を出した。

「ん?」

 訳が分からず首を傾げると、彼は小さくため息をついて、私の手を取る。

「転びますよ。さっきからフラフラしてますし」
「あ、ありがとう……」

 ごく自然にエスコートを受け、羞恥で顔が熱くなる。こんな年下の彼に気を遣わせた挙句、まったく気付かないだなんて……。これじゃあどちらが年上かわからない。
 情けない気持ちで店内に入ると、そこはジャズが流れる雰囲気の良いバーだった。

「お、いらっしゃい」

 店主と思われる男性は、睦合くんを見るや否や、親密気な表情を浮かべる。

「奥、空いてる?」
「ああ、どうぞ」

 一言会話をした後で、店の奥へと進んでいく。壁で行き止まりかと思ったが、次の瞬間何の変哲もない壁が開き、中にソファセットが見えた。
 中に入ると個室のようで、二人掛けのソファに腰を下ろす。

「え? ここ部屋なの?」
「店主の好みらしいですよ。シークレットバー的な」

 スピークイージー、かつてアメリカで禁酒法が施行されていた際に、お酒の密売する場所のことで、それをヒントに作られたバーらしい。どうやら睦合くんはここの常連らしく、よく来ているのだとか。
 あまりお酒を飲んでるイメージもない彼が、さらりとこういう知識を話すことにも、こんなお洒落なバーの店主と顔見知りだということにも驚かされた。
 そして――

「……そんなに避けなくても大丈夫ですよ。僕、気にしないんで。このソファ狭いですし」

 二人掛けのソファは思ったよりも狭く、大人が二人座ると体が触れそうになってしまう距離だ。
 なるべく離れようとひじ掛けギリギリまで体を寄せていたけれど、居心地が悪く、彼の言葉に甘えて所定の位置まで戻る。
 案の定服がこすれる程度の距離に気まずさを覚えながら、メニューを受け取った。
 この雰囲気と距離の近さ……完全に部下との飲み会ではない。半ば強引ではあったものの、早々に切り上げて帰るべきだ。
 そう思いながら、適当にお酒を注文した。