あれから一週間が経った。睦合くんとはその後、仕事で最低限の会話をしただけで、以前関係を持ったことなど忘れてしまいそうなほど何もない日々を過ごしていた。それどころか……。

「睦合くん、何だか足田さんに冷たくなりましたよね」
「えっ?」
「前まで柔らか~い感じだったのに。犬みたいに懐かれてましたし」

 一緒にランチを食べていた赤沼さんに、そんなことまで言われてしまう始末だ。確かにここ最近、彼は冷たい。

「反抗期ですかね」
「あはは、どうだろ~」

 もちろん社内のみんなは私たちに何かあったとは夢にも思わないわけで。平然を装うと、彼女は思い出したように口を開いた。

「そう言えば、睦合くんの噂知ってます?」
「噂って?」
「親会社の御曹司らしいですよ、彼!」
「ごほっ……」

 噂どころか事実を突きつけられて、含んだお茶でむせてしまう。

「しかも、素顔はとんでもないイケメンだとか」
「げほっ……!」

 ああ、なんだろうこのデジャヴ。気管に入ったお茶と格闘してると、赤沼さんが心配しながらも噂の出所について教えてくれる。
 どうやら彼と同じ大学だった社員から流れたものらしく、既に確証があるものとして一部に出回っているそうだった。

「さすがに驚きましたけど、ちょっと納得ですよね。睦合くんって結構肝座ってますし」
「うーん、でも噂でしょ」
「いえいえ、こんな写真まで出回ってるんだから本当だと思いますよ」

 言いながら赤沼さんは、彼の学生時代の写真を見せてくれる。
 まったく、この会社にプライバシーというものはないのだろうか。コンプライアンスに違反しているといっても過言ではない。
 けれど私の口から本当のこと言うことはできず、赤沼さんの話に耳を傾けると、彼女は興味深そうに「一波乱ありそうですね」とパスタを口に運んだ。

「一波乱って?」
「社内にイケメン御曹司がいるんですよ? 絶対モテるじゃないですか~。私たちには関係ないですけど」

 今までみんな、彼を邪険に扱ってきたのだ。そんな手のひらを返したようなことがあるだろうか。いや、さすがにないだろう。
 さらに彼が身分を隠して仕事している以上、変な噂で平穏を脅かされるのは何だか許せない。
 私にはどうすることもできないのだけど、それだけが気がかりで、残りのご飯をかきこんだ。