「……好きなんです。美佳さんのこと。だから抱きました」
「え……!?」
高級ホテルの一室で、脱ぎかけのドレスに密着した体、そして隣にある大きなベッド。雰囲気だけでいえば、色っぽい状況なのに、私は驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまう。
「美佳さんって鈍いですよね。わかりやすくアピールしてたつもりなんですけど」
「いやいや、全然気づかないし……」
言われてみれば、以前赤沼さんからもそんなことを言われたような。睦合くんは、私にだけ懐いている、と。
「でも、どうして私? 私なんて、睦合くんより十も年上だし……」
「年齢関係あります? 前も言いましたけど、美佳さんは上司としても人としても尊敬できるので。それに、仕事はできるのにプライベートはすぐテンパっちゃうところとか、案外ウブなところも可愛くて」
それは、褒められているのだろうか……?
「年齢なんて、わかんないくらい綺麗ですし」
言いながら、つうっと空いたデコルテをなぞる。
「っ、そ、それは見た目は多少若作りしてるけど、いろんなところにガタが来てて……」
「それはホテルでも言ってました。だから、電気消してくれって」
「えっ!」
さすがにそこまで覚えていない……。
「まあ、全然そんなことないですよ。ちゃんと興奮しましたし」
「こ、興奮って……」
「ていうか、今も。ずっとキスしたいなって思ってました」
言いながら首筋に口づけを落とすと、ゆっくりとドレスを肩から下ろしていく。
その仕草に合わせて、首筋から肩、腕へと唇が這うように降りていくと、無意識に吐息交じりの声が漏れた。
「美佳さん全然気付かないし、僕のことなんて眼中にもないから。既成事実作っちゃった方が早いかなって」
「ぁっ……」
「そしたら嫌でも意識するだろうし。美佳さんのことだから、罪悪感で僕のことでいっぱいになればいいと思ったんですけど」
口づけをしながら、恐ろしいことを喋る。彼の吐息と唇が這って、熱のこもった刺激に全身が粟立つ。
耳元辺りまで戻ってきた彼の顔が近づいてキスを交わす寸前、私の中の理性が彼を突き放していた。
「これ以上は、ダメ……」
「……どうして」
「どうしてって、私たちその、付き合ってるわけでもないし……」
この歳になって馬鹿みたいだけれど、そういうところはしっかりとしたい。
そもそも、私たちは上司と部下で、これ以上彼と気まずくはなりたくないのだ。
「それなら、僕と付き合ってください。順番は間違えちゃいましたけど」
「はい?」
「さっきも言いましたけど、僕、美佳さんのこと好きなので。それなら、いいですか?」
「い、いやいや良くないでしょ。睦合くんと私は年齢的にも釣り合わないし……」
「また年齢の話ですか? 十個くらい、関係ないでしょ」
彼はまったく気にしていないようだが、まったくそんなことはない。
万が一職場に私たちの関係がバレてしまったら、それこそ居づらくなってしまう。
それに――
「み、身分も違い過ぎるから……」
「身分?」
今日知った、彼が御曹司であること。
たまたまパートナーとして出席することにはなったけれど、あんな煌びやかな世界に、私は似合わない。
「睦合くんとは住む世界が違い過ぎるというか、私は庶民だから、さ……。合わないと思うんだ」
素直な気持ちを伝えると、それまで私に触れていた手がぴたりと止まる。
そして彼は一気に冷たい表情になり、大きくため息をついた。
「……そういうこと言うんですね」
「え……」
「美佳さんは、そういう見た目とか肩書で人を判断する人じゃないと思ってたのに。ちょっと幻滅しました」
「っ……」
「幻滅っていうか、僕が思い違いしてただけですかね」
声は冷たいのに、睦合くんの表情はどこか切なげで、胸が締め付けられる思いだ。
「ホテル、今日は宿泊でとってるんで。よかったら泊まってってください」
「あ、あの……」
「それと、この間のことは誰にも言わないから。安心してください」
それだけ告げると、足早に彼が部屋を出て行く。
入口のオートロックが閉まる音が聞こえると、部屋の中に静寂が訪れる。
彼が傷つくようなことを言ってしまった自覚はあったけれど、どうすることもできず。しばらくの間、そこから動けずにいた。