自宅に帰ったのは、朝の八時前。急いで出社の準備を終えると、九時前には出社した。
 オフィスに到着すると、睦合くんは昨日とは違う服装で、涼しい顔で業務をしており、やっぱり今朝の彼は見間違いだったのではないかと思った。

 それなら、今朝一緒にいた彼は一体誰……?
 生まれて初めて、彼氏でもない人と一夜を過ごしてしまった。しかも、十年ぶりのセックスはほとんど記憶がないときた。
 集中しないといけないのに、頭の中にいろんな雑念が巡ってしまい、ひとまずコーヒーを淹れに給湯室に向かう。
 コーヒーメーカーにカップをセットすると、大きくため息をついた。
 昨日のことちゃんと整理しなきゃ――

「どうして先帰ったんですか?」
「ひゃっ!?」

 振り返れば、不機嫌そうな睦合くんがこちらを見ている。まったく足音もしないものだから、気付かなかった。

「先って、ええと……昨日の夜?」
「そうじゃなくて、朝ですよ」
「朝って……」
「だから、ホテルで――」
「わー!」

 ここには誰もいないことはわかっているけれど、万が一誰かに聞かれたらと思い、彼の口を塞ぐ。

「えっと、やっぱり私昨日、睦合くんと……」
「しましたよ。何を今更。あとこれも返しますね、昨日は僕が誘ったので」
「あ……」

 そう言って、今朝私がホテルへ置いて帰ったであろう一万円札を握らされる。
 その際に手が触れ合って、昨夜の情事が一瞬フラッシュバックしてきた。

「ていうか、し、したって……! だって、その、全然違くない!?」

 今朝、ベッドの上にいた彼と、今目の前に立っている彼。
 あまりの雰囲気の違いに驚いていると、彼はマスクと眼鏡をとって近づいてきた。

「これで信じます?」

 素顔になった彼は、息を呑むほど整った顔立ちをしている。そして、今朝隣で寝ていた彼と同一人物であることは明らかだった。

「な、なんで……」
「ああ、僕アレルギーなんですよね。年中、花粉症とかハウスダストとか」

 だから マスクを着用しているのだと、彼は涼しい顔で話す。

「そ、それもだけど」
「あとは単純に朝整えるの面倒なだけです」
「そうじゃなくて……!」

 彼の容姿についてはわかった。いや、納得はしていないけれど、一旦置いておいて。