ティアは角笛を持ったまま、ドラゴンに手を伸ばした。イディオスはティアから角笛を受け取り、ドラゴンを手渡す。
ティアはドラゴンをギュッと抱きしめた。
「ありがとう。あなたは命の恩人ね」
「キュア?」
「下僕は無理だけど……私の相棒にならない?」
「キュ?」
「淋しくなったら呼んで良い?」
「キュア!!」
イディオスがクスリと笑った。
「相棒か……」
「キュア!!」
「そうね、名前ね」
ティアは考える。
瑠璃のように美しいドラゴン。キュアと可愛らしく鳴く子。
「……キュアノス。なんて、どうかしら?」
「キュア!!」
ドラゴンは嬉しそうに羽をパタパタとさせた。
「いにしえの言葉でラピスラズリと言う意味か」
イディオスは笑い、「生意気な名前を付けてもらったな」とキュアノスの頭を撫でる。
「こんな古い言葉、今時、聖女でなければ知らない。やはり、あなたは女神か聖女か」
イディオスに言われ、ギクリとする。
「違います! たまたまです」
イディオスは値踏みするようにティアを見た。そして崖上に見える白樺の結界を見て、意味深に笑う。
「そういうことにしておこう。あの結界に傷一つ付けず出てきたのだろう? ドラゴンの主には相応しい」
「主じゃないです!」
「ああ、相棒か」
イディオスは自分の首にさげていたペンダントをとると、革紐(かわひも)をブチリとちぎった。ペンダントトップを無造作にポケットにしまい、キュアノスの角笛に革紐をくくりつける。
「キュアノスを呼ぶときは、この角笛を吹け。コイツは水系の魔法が使える。きっとなにかの役に立つ」
そして、それをティアの首にかけてやると、大きな手をティアの頭に乗せ、グリグリと撫(な)でまわす。
ブーゲンビリアのような髪がワシワシと咲き乱れた。
「……?」
ティアは意味がわからずイディオスを上目遣いで見た。
イディオスははにかんで、「ティア」と噛みしめるように名前を呼んだ。
キュアノスが不満げにイディオスを威嚇する。
「できたら、キュアノスにティアの魔力を定期的にわけてやってくれ。ドラゴンにとって主の魔力は最上の餌になる」
そう言って、イディオスは自身の魔力を手のひらでまとめると白いドラゴンに投げてやる。イディオスは人に対しては冷たいが、ドラゴンに対してはとても優しい。
ドラゴンは嬉しそうにそれを飲み込み、ペロリと舌なめずりをした。
「はい!」
ティアはイディオスを真似て、魔力を丸める。小さい魔力の固まりが出来た。
「まだ、神聖力がたまってないからこれだけだけど……」
キュアノスの口元に手を寄せると、キュアノスはティアの手首までがっぷりと口に入れた。
イディオスはギョッとした。
「なにをする!!」
「くすぐったいよ、キュアノス」
口の中でティアの手を舐めるキュアノスに、思わず笑う。キュアノスは愛おしそうにティアの手をしゃぶっている。
ティアはキャッキャと喜んだ。
イチャイチャとするふたりのやりとりに、イディオスは呆れて肩をすくめた。
ティアの手をしっかりしゃぶってから、キュアノスはゴクリと魔力を飲み込んだ。
ブルリと震えて、翼を羽ばたかせ、うっとりとため息を吐く。
「きゅあぁぁん」
するとキュアノスはキラキラと光り、怪我の跡がスッキリと消えた。
「!? キュアノス!?」
「とんでもない魔力だな。あの大きさで、ここまでこの子の体力を完全に戻すとは……」
「元気になったってことですか?」
「ああ。まだ幼体だからこのサイズだが、大人になればホワイトドラゴンほどのサイズになるはずだ」
「格好いいね、キュアノス!」
キュアノスは嬉しそうにティアの頬へスリスリとする。
「この子はドラゴンの中でも凶悪なんだ。仲間ドラゴンの言うことも聞かないで、放浪していた一匹狼なのに、すっかり懐いたな」
イディオスは苦笑いをする。
「一旦、この子はエリシオンに連れて帰る。この子に主ができたことを報告しなければならないからな。用事があったら、キュアノスのことは角笛で呼べ」
そういうと、イディオスは白いドラゴンに跨がり飛び立った。
キュアノスはそれを追いかける。
ドラゴンたちは瞬く間に見えなくなった。
同時に暗雲が晴れてくる。
澄み渡った月光が降ってきて、ティアは我に返った。
どうしよう……。悪の化身が相棒だなんて……。
ティアはギュッと拳を握る。
まるで本当の悪女みたいじゃない!! それに、イディオスは思ったほど怖い人じゃなさそう! 乙女の楽園から追い出されたら、キュアノスと一緒にエリシオンに逃げよう!
やったー! と拳を空に突き上げ、ピョンと飛び跳ねる。
サクッと足もとの草が乾いた悲鳴を上げる。
ドラゴンの毒が落ち、荒れ果ててしまったのだ。
ティアは地面にひざまずくと神聖力を込めて、ドラゴンの毒が回った地面をヨシヨシと撫でる。
ドラゴンの毒を浄化する。
「ごめんね。許してね。浄化≪カルタス≫」
すると右手から桃色の光りが溢(あふ)れでる。
光りが撫でたところから、草花が生き生きと輝き出す。
キュアノスがいた焼けた木からも、小さな新芽が芽吹きだした。
ティアは小さく笑った。
クラリと目眩がする。
ドラゴンの毒を受けたばかりで、神聖力を使いすぎたのだ。
「……ちょっと、疲れちゃったな……」
ティアは大きくため息を吐いた。首に掛かった角笛を、エプロンバッグにしまった。
そろそろ乙女の楽園に戻らなくっちゃ……。
びちゃびちゃに濡れ、服は破れている。
これは……怒られるわね……。
そう思いつつ、ティアはヨロヨロと白樺の結界を抜けた。
ティアがその場を去ると、土の中からひとりの幼女が現れた。
褐色の肌に、黒いおかっぱ髪。ネコのようなつり目に、耳は少し尖っている。褐色の肌の幼女は土の精霊王だ。
幼女はティアが浄化した土をつまむと口に入れた。
「……ああ、甘い。浄化されてる」
そして小さく笑う。
「ドラゴンを従える大聖女か……おもしろい」
ティアが消えていった白樺の先を土の精霊王は見つめた。